十二話 へぇ、悪くないわね

「お嬢様、本日の昼食ランチはどうしますか?」


「いつも通り、簡単な軽食をお願いするわ」


 昼食時、私とメアは食堂カフェテリアにいた。と言っても、可能な限り人目を避ける為にテラスにいるのだけど。

 どうしてもメアが昼食を摂れとうるさいから。


「了解です! それじゃ、持ってきますね」


「ええ」


 今朝、アメリナから不吉な事を聞いたけれど、今のところ特に変わった様子はない。教室に入っても何も変わらず、教員から呼び出されもせず。てっきり何かしらの事象イベントが起こるかと危惧していたのに。


「それにしても、たまにはテラスここで休むのも悪くないわね」


 しみじみとそう思う私。八回目の転生からというもの、人目を避けて生活していた。それは全ての人達との関わりを絶つ為に。

 そんな私が今、このテラスにいるだなんて。

 余裕を持った等間隔に設けられているガーデンテーブル。その一つ一つにご令嬢が鎮座し、使用人が紅茶を注ぐ。互いの領域を侵さぬよう、背の低い花壇がテーブルを包む。

 初めの頃の私は、この一時がとても好きだったわね。


「アンスリアお嬢様、本日はこちらでお過ごしでしたか」


 そう声をかけてきたのは、リヒトだった。強くなり始めた陽射しが、彼の茶色い髪を明るく照らす。ほんのりと浮かべたその笑顔は、なぜだか安心を与えてくれる。

 それもそのはずだわ。他の人達が私に見せる笑顔は、ほとんどが偽りなのだから。


「ここ最近、四阿ガゼボでお見かけ致しませんでしたが、まさか食堂カフェテリアにいらしたとは」


「何処にいようが私の勝手よ。貴方こそ、アメリナの給仕はどうしたの?」


「……あー、その……」


 明後日の方向を見つめ、頬を掻くリヒト。

 この反応、もしかして聞いてはいけなかったのだろうか。でも、間違いなく何か隠しているわね。


「リヒト、答えなさい。主人の命令よ」


 席に座ったまま、身体ごとリヒトに向ける。


「……アメリナお嬢様は今、闘技場アリーナにいらっしゃいます」


闘技場アリーナ? どうしてこんな時間に?」


 闘技場アリーナとは、剣術の稽古をする為の施設。言ってみれば体育館のようなものね。まぁ、私は魔術の講義を選んでいるから行った事はないけれど。


「……オーウェン様にお会いする為です」


 よほど言いづらいのか、今にも吐き出しそうなほど苦しむリヒト。アメリナの専属執事として、主を裏切りたくないのだろう。かと言って私の命にも背けない。

 少し意地悪しすぎたわね。

 それにしても、問題なのはアメリナの行動だわ。放課後はジュリアン様でお昼はオーウェン様。おまけに学園の外ではリヒトか。


「ところでアンスリアお嬢様、まだ紅茶の準備がされておりませんが?」


「ええ、仕方がないわ。メアったら、昼食の手配に手間取っているみたいだから」


 ガラス越しから見えるカウンターで、あたふたと駆け回るメアの姿。トレイ片手に栄養配分を考え、メニューを揃えている。

 長年私に付き添ってくれているから、ああ見えても仕事はきっちりこなしてくれるんだ。


「でしたらメアに代わり、俺がお淹れしても?」


「そうね。貴方の技量を測る為にも、ちょうど良い機会だわ」


「かしこまりました。すぐに準備致します」


 言葉の通り、すぐさま支度にかかるミストは、テーブルに並ぶ数種類の茶葉を嗅ぎ分ける。どうやら茶葉を決めたみたいね。

 次に湯で温めたポットに厳選した茶葉を数杯入れる。そしてまた、違う茶葉も。リヒトはすぐに熱湯を注ぎ、蓋をした。その三分の沈黙の中、リヒトはニコニコと笑顔を絶やさない。

 どうやら、二種の茶葉をブレンドしているみたいね。それにいつも思うけれど、ここから茶葉を蒸らす僅かな時間が待ち遠しいわ。


「アンスリアお嬢様、どうぞ」


「え、ええ、ありがとう」


 ようやく差し出されたのは、スプーンでゆっくりと掻き回され、濃度を均一にされたその紅茶。甘い香りが立ち上ぼり、気分を高めてくれる。

 しかし同時に、幾つもの疑問が芽生えてしまった。それは砂糖の量やミルクの配分。なぜリヒトは私の好みを把握しているのか。


「こちらはフォートナム領で生産されたモルティーアッサムと、隣国のグラウン領から仕入れたゴールデンフラワリーペコの茶葉になります」


「そう。……!」


 ほんの一口だけでわかる。ほのかな蜂蜜のような風味と花の香りが口どけを滑らかにするこの調和。それと、やはり私の好みに合致している甘味。

 なるほど、アメリナの専属執事に選ばれるだけあるわね。


「お待たせしましたー! あれ? どうしてリヒト君が?」


 ちょうど昼食をカートで運んできたメアが小首を傾げる。なぜメアはこんなに遅れてしまったのか。それは……。


「さあ、お嬢様、食べましょう!」


「ええ、頂くわ」


「いやいやいや! 何でお前も席に座って食べてんだよ!」


 思わずリヒトの指摘が入る。

 そう。メアは私と自分用・・・の昼食を用意していた。普通の主従関係では、まずあり得ない光景。ましてや使用人が主と共に席に座るなど以ての外。


「大丈夫よ、植木で周りからは見えないもの」


「ま、まぁ、そうですが……」


 リヒトの困惑する顔は何度見ても面白い。それに彼ならアメリナに報告なんてしないだろうし。


「貴方もご一緒する?」


「い、いえ、とんでもございません。俺はこのままで」


「そう、残念ね」


「あっ、リヒト君、私も紅茶」


「自分で注げ」


 どうしてだろう。この三人でいる一時が、なんだか楽しい。もし私がヴェロニカ家を出ると言ったら、二人は付いてきてくれるかしら。

 いいえ、それは無理ね。家名を失ったら、私には何も残らないもの。


 ━放課後・教室━


 帰宅の準備をする夕暮れ。既にほとんどの生徒達が教室を後にしていた。


「あの、アンスリア様」


 早く私も帰りたかったのに、怯えた顔の一人の女生徒に呼び止められてしまう。それは隣の教室の生徒、リリアン・ソニーレ。確か資産家の娘だ。

 おまけにもう一つ。


「私、何かご無礼を働きましたでしょうか」


「いいえ、何も。貴女の言いたい事はわかるわ。でも誤解よ」


 先日の魔法講義の時、私が突き飛ばした子だ。聞くところによると、彼女があの魔法で怪我をした生徒らしいのだけど。


「あの時はごめんなさいね。私が未熟なばかりに、怪我をさせてしまったみたいで」


「い、いえ、とんでもございません! 軽い火傷でしたし、すぐに治癒魔法を施してもらえたんです」


 そう言いながら、リリアンさんは袖を捲る。晒されたその腕は、滑らかな肌で華奢な綺麗な腕だった。本当に怪我をしたのか疑ってしまうほどに。


「そう、良かったわ」


「はい、私も、安心しました」


 よほど勇気を振り絞っての行動だったのね。今にも泣き出しそうな顔で、よく頑張ったわ。むしろ謝りに行くのは私の方だったかしら。


「もう陽も沈むわ。正門までご一緒しない?」


「……はい!」


 ほんの僅かな帰り道、リリアンさんはとても楽しそうに自分の事を話してくれた。優しい両親の事、酒造の手伝いをしている事。

 そして……。


「そう、好きな殿方がいるの。添い遂げられると良いわね」


 数週間前のある日、その男性に街で突然声をかけられたらしい。知的で温厚で、それでいて歳上の紳士。何でも、とても大切に扱ってくれるんだそう。

 私にとっては、歳上の殿方に良い思い出はない。誰かは言うまでも無いけれど。

 そういえば、リヒトは何歳なのかしら。


「それで、アンスリア様にご相談なんですが」


「え、ええ、何かしら?」


 いけない。私ったら会話中に他の事を考えてしまうだなんて。


「今週末、夜会にお誘いをされまして。私、そんなの初めてで、ドレスもどんなものを用意したらいいのか……」


「そう、夜会に合うドレスを……」


 ……何か引っ掛かる。とてつもなく悪い予感もするわ。つい最近、夜会の話をしている人物がいたはず。


「ところで、同伴エスコートして下さる方のお名前、お聞きしても?」


「えっ? あっ、はい。ガーランド侯爵家のご令息、ジェラルド・ガーランド様です。ご存知ですか?」


「ジェラルド……ガーランド」


 ……やっぱり、あいつだ。

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