第41話 鷲獅子グリフォン
鷲の上半身に獅子の下半身を持つ魔物は翼をはためかせながら様子を窺っているようだった。その大きな嘴には獣の亡骸が咥えられている。
「グリフォンか……厄介な」
フィリベルトが険しい表情を見せる。グリフォンは中級魔物に分類される非常に獰猛な肉食獣だ。空を飛び、獲物を狙うことを得意としているだけでなく、地上での戦いもできる。
「グリフォンは確か、特に馬を好むんだったか」
シグルドの言葉にクラウスは「馬に気づかれては厄介だ」と返す。肉食であるグリフォンは特に馬を好むため、馬がいると分かれば必ず狙ってくるだろう。人間を襲うこともあるが、腹が満たされている時は好んで狙ってはこない。
グリフォンの嘴にはすでに狩っている獲物がいる。このまま気づくことなく立ち去ってくれれば戦いは避けれるはず、それはクラウスだけでなくフィリベルトも考えていることだった。ほかのメンバーたちに「静かに」と指示を出す。
じろりとグリフォンはクラウスたちを見下ろす、周囲を見渡しながら。がさりと茂みが揺れて僅かな息遣いが聞こえた――グリフォンの瞳の色が変わる。
「ギュキェエェェエェェッ!」
鳴き声を上げてグリフォンは咥えていた獲物を地面に落とすと、茂みのほうへ突っ込んでいく。突っ込んできたグリフォンを光のベールが弾き返す。ぐぇっと呻いてグリフォンは茂みから離れて首を振った。
馬がいるということにグリフォンは気づいているようで、鳴きながら茂みを見つめている。それは獲物を捕らえているようだ。戦うほかないと判断したフィリベルトが剣を抜いたのを合図にクラウスは姿勢を低くし、二刀の短刀を構えた。
「空中にいられては面倒だ、翼を狙え!」
フィリベルトの指示にアロイはクロスボウで翼を狙う。射られた矢がグリフォンを狙い撃ち、翼に傷をつける。怯んだ隙を狙ってシグルドが鞭のような剣をしならせた。
閃光のように打たれる鞭のような剣の刃に羽根が散り、グリフォンは翼を畳む。痛みに鳴き、怒りを燃やすとグリフォンはシグルドのほうへと突進する、それを大楯が受け止めた。
フィリベルトの剣がグリフォンの翼を切り裂く。悲鳴を上げて後ろへと下がったグリフォンにランが拳を向けた。特殊な籠手に殴られてよろめくのをシュンシュが短剣で追撃する。
グリフォンは傷つく翼を羽ばたかせようとするも、複数の狼のぬいぐるみが噛みつき思うように動かせない。さらにチャーチグリムが獅子の足に噛みつき、動きを制限させる。
ぬいぐるみに襲われ、シュンシュとランの連携にグリフォンは空を飛ぶことができず、逃れようと暴れるその隙にクラウスは飛んだ。背後を取り、首根に短刀を突きつける。深く刺さった刃にグリフォンは振り払おうと首を身体を動かす。
不安定なグリフォンの背にクラウスはしがみつこうとするも振り落とされてしまう。地面を転がりながら態勢を整えて立ち上がるとグリフォンの獅子の爪が迫っていた。身体を逸らして爪を避けながらその足に短刀を突き刺す。
「ギュキャアァァァァアァ!」
痛みに鳴き、グリフォンはクラウスを蹴飛ばすと距離を取る。蹴り飛ばされたクラウスは爪を掠り、頬に一つ切り傷を作った。そのまま突進しようとするグリフォンの邪魔をするようにぬいぐるみたちが視界を覆う。
嘴でぬいぐるみを咥えては放り投げてグリフォンは抵抗するも、ランが身体を狙い殴り、シュンシュが短剣で斬りつける。
クロスボウの矢が足を捉え、グリフォンの下半身は血で汚れていた。足に力を入れるたびに血がにじみ出ている。痛みに呻りながらもグリフォンは抵抗するのを止めない。その足でシュンシュを蹴飛ばし、翼を広げてランの弾いた。
暴れる力はまだあるようで足爪や嘴を向けてくる。噛みつくチャーチグリムを振り払ってグリフォンはぬいぐるみを咥えると投げつけた。叩きつけられたぬいぐるみが地面に落ち、踏み潰される。
ぎろりとグリフォンは狙う、たっと走り出した先はルールエだった。突っ込んでくるグリフォンにルールエが避けようとすれば、前にシグルドが立って鞭のような剣でグリフォンの身体をいなし切り裂く。
空を飛ばずともグリフォンの動きは激しいもので、止まれば相手が仕掛けてくるのも理解しているようだ。動きを少しの間、抑えることができればとクラウスはグリフォンの動きを見極めながら思考する。
「少しでいい、動きを止められないか」
「……オレがやろう」
返事をしたのはシグルドだった。彼は「フィリベルト、次の突進を受け止めてくれ」と頼むと鞭のような剣を構える。フィリベルトは大楯を構えて前へ出た。
グリフォンの動きは相変わらず激しく、シュンシュもランもけん制するので精一杯のようだ。ぬいぐるみたちがグリフォンの前に立って挑発するように動く。目の前をちょろちょろと動き回り攻撃をしてくるぬいぐるみにグリフォンは怒りの声を上げて駆けだした。
すかさず大楯がグリフォンを受け止めると、鞭のような剣がグリフォンの首に巻き付いた。ぐっと力を入れてシグルドが引くと刃が肉に食い込んでいく。
クラウスは動きの止まった瞬間を逃さず、再びグリフォンの背に跨り二刀の短刀をその目玉に突き刺した。
イメージするは雷、身体を駆け巡るような貫き――指輪の深紅の魔法石が鈍く光る。グリフォンの全身を雷が駆け巡って体内を焼く。
声無き声で鳴くとグリフォンは力なく倒れた。ぶわりと黒いオーラが溢れて指輪へと吸い込まれていく。クラウスははぁっと息を吸って目に刺した短刀を引き抜いた。
「助かった」
「これぐらい問題はない」
シグルドに礼を言えば、彼はそう言って鞭のような剣を腰に巻く。クラウスはシュンシュとランにも同じように伝えると二人は「こっちこそ助かったよ」と返される。
「おれたちじゃ倒せなかっただろうから助かったよ」
「ありがとうございます」
礼を言ってぺこりとランが頭を下げた。彼らの動きは悪くなく、動きを一定化させてくれていたので十分に助かったことをクラウスは言って、アロイたちを見る。
アロイは馬たちを守っていたブリュンヒルトに声をかけている様子に怪我はないようだ。
「フィリベルト、助かった」
「気にするな。シグルドに助けられたものだからな」
「お兄ちゃんたち大丈夫?」
「ルールエ、お前もよくやった」
駆け寄ってきたルールエにクラウスは褒める、ぬいぐるみを囮にしたことを。褒められるとは思っていなかったようでルールエは目をぱちぱちと瞬かせている。
もちろん、無茶はよくないが今回はそんなことをしたわけではない。ぬいぐるみを使ってグリフォンをおびき寄せるという行為は悪くなかった。
フィリベルトが大楯でグリフォンを受け止めなければ、シグルドが動くことはできなかったのだ。ルールエの行動は悪くはなかったので、クラウスは褒めた。ルールエはやっと褒められたことを受け止めたのか、嬉しそうにうへへと笑みを見せている。
「無茶はよくないが今の動きは悪くなかった」
「あたしだってできるんだもん!」
「あぁ。ただ、あまり前にはでないように」
「はい」
少し前に出てしまいグリフォンに狙われてしまったことは反省しているようで、ルールエは気を付けますと素直に返事をする。
「シグルドに礼を言っておけ」
「そうだった! シグルドお兄ちゃーん!」
クラウスに言われてルールエはそうだったとシグルドのほうへと駆けていく。名前を呼ばれて駆け寄ってくるルールエの姿に彼は表情には出さないが嬉しそうに尻尾を振っていた。
「クラウスさん、頬!」
「……あぁ、これか。問題は……」
「怪我は怪我です!」
やってきたブリュンヒルトに言われて頬を傷つけたことをクラウスは思い出す。これぐらいならばとブリュンヒルトは肩掛けカバンからガーゼを取り出して消毒をしようと「しゃがんでください」と背伸びをした。
そこまで酷くはないのだがとクラウスは思ったけれど、ブリュンヒルトにじとりと見られて仕方ないと屈んだ。
消毒液が少しばかりしみたけれどすぐに引く。手当てをしたことで満足したのか、ブリュンヒルトは「もう大丈夫ですよ」と微笑む。
「ありがとう、ヒルデ」
「怪我したらいつでも言ってください。治療は私が得意とすることですから!」
胸を張るブリュンヒルトにクラウスは小さく口元を緩ませて「分かった」と頷く。
クラウスが空を見上げれば月は傾き、白み始めて朝を告げようとしていた。
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