第37話 雪狼は小栗鼠に恋をする
「はー、しんどっ!」
アロイは首を擦りながらテーブル席に腰を下ろした。がやがやと騒がしいギルド内の奥の席にクラウスたちはいる。
依頼を終わらせてカプロスの素材を売ったところでその日は力尽きてしまった。今日、皆が起きたのは昼過ぎで、それほどに疲れていたのだ。
「害獣駆除やったあとに中級魔物を狩るってハード過ぎだぜ」
「疲れちゃいましたねぇ」
「素材は売れたけど割に合わないぐらいの疲労感」
ぐでっとアロイがテーブルに突っ伏す。クラウスも疲れがないわけではないので、今日は一日休息をとろうと提案した。それに皆、異論はないようでルールエは「貰った毛皮でぬいぐるみ量産する!」と毛皮を抱きしめていた。
カプロスの毛皮の一部をルールエのぬいぐるみの材料として渡したのだ。「これぐらいなら三体作れるなー」と嬉しそうににこにこしている。そんなルールエに「良かったですね」とブリュンヒルトが微笑んだ。
「カプロスの毛皮は頑丈だから強度は増すだろうな」
「フィリベルトおじさんありがとー」
「礼はクラウスに言え。多めに渡すことを決めたのは彼だ」
「クラウスお兄ちゃんありがと!」
「あぁ」
ルールエの元気良いお礼の言葉にクラウスは頬を掻く。そこまで嬉しそうにお礼を言われたのは初めてだったので、少しばかり照れ臭かった。
消費の激しいドールマスターの人形が少しでも頑丈になればと思ってのことだったのだが、ルールエにとっては仲間として認められたという認識のようだ。パーティに入れた以上は仲間として迎えているが、彼女は少なからず不安があったのだろう。
今までパーティにすら入れてもらえなかったのだから不安になるのも無理はない。信用されていないのではと考えてしまうことも。
(前のパーティでもそうだったな……)
クラウスは前のパーティではあまり信用はされているようではなかった。邪魔だと気味が悪いと酷い言われようだったのだから、信頼関係などなかったのだろうと今なら分かる。
クラウス自身は信頼していても、相手がそうではなかったのだから何を言っても無駄だった。だから、パーティを追い出されることを受け入れたのだ。
(そんな思いはさせたくない)
自分のようになってほしくないとクラウスは思う、仲間を大切にしようと。
「そこ、いいか」
「あれ、狼のお兄ちゃん?」
声をかけられてクラウスは意識を浮上させて振り返れば、銀狼の男が立っていた。どうかしただろうかと返事を返すと、「昨日は助かった」と礼を言われる。
「あいつらは逃げてしまったが、オレは礼を言おう」
「いや、こちらも助かった。動きを止めてくれたことで倒せたからな」
銀狼の男の礼にクラウスが答えれば、彼はふっと視線をルールエに向ける。目が合ったルールエは「どうしたの?」と首を傾げた。
「いや……」
「お兄ちゃん、パーティの人とどうなった?」
「追い出されたが?」
「えっ!」
銀狼の男の言葉にブリュンヒルトが声を上げる、どうしてと。銀狼の男は「オレが悪いのだと」と話した。
カプロスが逃げ出す前にお前があの時みたいに捕まえられれば倒せたはずだとリーダーの男に言われ、「あんなパーティの意見に同意しやがって! もうお前なんて要らない! 出てけ!」と言い捨てられたらしい。
「ベスティアはベスティア同士で仲良くしていろと言われて追い出されてな」
「あわわ……あたしのせいだ……」
「別にお前のせいではない」
「あたしが前に出て言っちゃったからそんなこと言われたんだよ」
ルールエは椅子の上に膝をついて身体を起こすと銀狼の男の頭を撫でた、ごめんなさいと。酷く言われたよねと、よしよしと優しく撫でられて銀狼の男は黙る。そんな彼の尻尾が大きく振られていることにクラウスは気づいてしまった。
「なんつーか、お兄さんも大変だねぇ。つか、よくあのリーダーの元に入れたもんだわ」
「……あいつというよりは他の三人に頼まれていただけだ」
銀狼の男に抜けられては困ると残りのメンバーは分かっていたようで、なんとかリーダーを宥めては彼をパーティに居座らせていた。
けれど、今回はそうはいかなかったようで追い出されたのだという。もともと、残りたいとも思っていなかったので特に気にはしていないと銀狼の男は言った。
クラウスたちの説教などあの男には響いていなかったのだ。それにはフィリベルトも「どうなっても知らんな」と呆れている。
「何があっても自業自得だ。それに私たちが関わる必要はない、放っておけ」
「それな。もうオレらは関係ないし」
「じゃあ、お兄ちゃんはどうするの?」
ルールエの問いに銀狼の男が彼女の手を取る。
「お前に着いていこう」
「……はぁ?」
銀狼の男の発言にアロイは呆けた声を出した。クラウスはあぁと眉間を擦る、尻尾を振っていた意味を理解したようだ。
ブリュンヒルトは分かっていないようで首を傾げているが、フィリベルトは察したようではぁと息を吐いて椅子の背もたれに腰を預けている。
「え、あたし?」
「お前が良ければ手を貸そう」
「え? なんで? あたしのせいで追い出されたんだよ?」
「むしろ、あのパーティから離脱できたのはお前のおかげだろう」
ルールエも何がなんだか分かっていないようで、小首を傾げながら銀狼の男を見つめている。男は男で彼女の手を握って距離を縮めるように顔を近づけていた。
「どーすんの、これ!」
「知らん」
「ちょ、おっさん投げないで! クラウスの兄さん!」
「俺に振らないでくれ……」
これの対処法など自分は知らないとクラウスはお手上げといったポーズを取った。暫く眺めていたブリュンヒルトはやっと理解したのか、「え、えっ!」と驚いた声を上げた。
「これってそういうやつですか!」
「気づくのが遅いぜ、ヒルデの嬢ちゃん」
「どうして、そうなって……」
「誰かを好きになるのに理由はないのだと思うぞ、ヒルデ」
フィリベルトの返しになるほどとブリュンヒルトは納得する。だが、ルールエはまだ気づいていない様子だ。鈍感すぎるだろというアロイの突っ込みが入るも、聞いてはいない。
「えー、えっと、あたしに決定権ないから、クラウスお兄ちゃーん」
「そうくるか……」
ルールエに助けを求められてクラウスは痛むこめかみを押さえた。銀狼の男の鋭い瞳が向けられて、圧が凄まじい。
「……名前を一先ずは教えてくれ」
「シグルドだ」
「ルールエは俺たちのパーティメンバーになる」
「知っている」
「……そうか」
「クラウスの兄さん、圧に負けないで!」
「負けてはないが、どうすればいいんだ。この男はルールエから離れる気がないぞ」
クラウスは銀狼の男、シグルドを指さした。彼はルールエから離れる気がないように隣に立って手を握っている。瞳の圧も強く、パーティのリーダーがクラウスであるのを把握したうえで見つめていた。
「……諦めるほか、ないだろう」
「おっさん!」
「少なくとも、そのベスティア……スノーウェル族の男の腕は悪くない」
カプロスの戦いで彼の動きは悪いものではなかった。戦い慣れているように動き、周囲の状況の把握ができている。ルールエやブリュンヒルトと違い、戦い方を魔物のことを知っている冒険者だ。
「仲間にすること自体は戦力的に問題はないだろうさ」
「それ以外のことで問題ありそうだけど?」
「それはルールエ次第だろう」
「え、あたし?」
ルールエは自分を指さしながら首を傾げた。鈍感にもほどがあるとおもうとクラウスは思ったけれど黙っておく。
「仲間になる以上は迷惑をかけないと約束してもらわねばならないがな」
「その点は受け入れよう」
「素直すぎない?」
「彼女と共にいれるのならば安いものだ」
シグルドの返しにアロイは「あーはい」ともう諦めてしまったようだ。クラウスはフィリベルトの意見には同意している。これ以上の初心者は申し訳ないが面倒見切れないけれど、シグルドという男はそうではない。
「……わかった」
クラウスは仕方ないとシグルドを受け入れることにした。そもそも、彼は勝手について来そうな気がしたのだ。クラウスの言葉に「迷惑をかける」とシグルドは返す。
「わー、お兄ちゃんよろしくねー!」
「シグルドと呼んでくれ」
「シグルドお兄ちゃん」
「お兄ちゃんは要らないのだが……」
そんなシグルドの言葉の意味も知らず、ルールエはよろしくねーと笑みを見せている。これは先が長いだろうなとクラウスだけでなく、フィリベルトたちも思った。
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