墓石のライター
NORA介(珠扇キリン)
❶芥庭深乱
俺には昔から変な力があった。
物心付いた頃には、その力は使えた。
『植物を操る力』……しかし、その力を人前で使う事を俺はしなかった。
正確には二度とだ。
俺の力で他人を傷付けた……それ以来、俺は力を封印した。
俺は自分が周りとは違うと自覚していた。その力を除いても──まぁ、口で説明すると難しいのだが、空気が読めなかったり、落ち着きがなかったりとか他にも色々……
そんな俺、朱央進也も大学生3年生になっていた。
「おい進也、今日の講義終わり付き合えるか?」
友人の弘樹が声を掛けてくる。
この斎藤弘樹は俺が大学に入ってからの付き合いで、プライベートではあんまりだが、大学では一番つるんでいる。
「別に良いけど俺、今日昼までだぞ?」
「大丈夫、今日はオレも昼までだから!」
「大丈夫か?その分どっか忙しくなるぞ?」
「だよなぁ、オレもお前みたいに講義バンバン取っとくんだった」
正直、俺は暇だったから講義を仕方なく取ってただけだった。
家賃は父親が、仕送りは母親が入れてくれてた。ちなみに祖母からお小遣いをタンマリ貰ってるので一人暮らしだが、今まで1度もバイト知らずだ。
だからといって彼女もいないしプライベートでの付き合いも、あんまりないから勉学に勤しんだ結果──2年間は遊ぶ暇が無かったが、3年になった今は卒業に必要な単位も取り終え、遊び放題の退屈三昧だ。
「そしたらオレもお前みたいに遊び放題だったのに……」
「いや、特にする事もないから逆に暇過ぎて辛いぞ」
いや、そもそも「彼女が出来た〜♪」とか言って講義を入れずに遊び回ってた奴の自業自得だ。
「うぅ、彼女とは別れる事になるし最悪だ」
「で用事って、何なんだよ?」
「合コンすっから、お前も来いよ!」
合コン──上手くいけば、俺にも彼女ができるかも知れない集いの場!その手の誘いは今まで怖くて断ってきたが、流石に俺も彼女が欲しい!……だから、形振り構ってられん!
「行く、俺も前から行きたかったんだ!是非頼むよ」
「じゃあ決まり、目的地とか後で連絡するから!」
そう言って昼からの合コンの話や悲しい現実の話をしながらお互いそれぞれの受ける講義へ向かった。
俺が受けるのは語学の講義、いつも俺が座っている特等席に女子が座っている。
仕方なく別の席に座り、その女子を見る。
俺はあの子を知っている──といっても話した事はない。そもそも女子と話さないし、彼女は、この大鳳大学の有名人というか世間でも有名だ。
作家界に突如して現れた超新星、天才若手作家・芥庭深乱───その名を知らない奴はこの大鳳大学にいないだろう。
でも確か火曜に彼女は、この講義を、取っていなかった筈だが?……まぁ、恐らく見学だろう。
芥庭深乱──彼女の作品は自分も読ませてもらった。ファンという訳ではないが、ストーリーが好きで毎回読ませてもらっている。
それに何を隠そう俺も小説を書いている身として彼女の作品には良い刺激を貰っている──とは言え、俺のはネットの趣味で書いている25ptの紙切れ、いや文章だけど……
自身の作品には誇りを持っているし、面白いという自信もある。知名度が低いだけで、面白い筈なんだ……筈なんだ。
そんな事を内心で思いながら、一応真面目に講義を受けてから通知オフのRAIRUを確認した。
時間は2時から、場所は大学近くの喫茶店──俺が登校や帰宅の途中、休日などに好んで行く喫茶Alvinoという店だった。
大学近くでありながら、大学の連中が入り浸らない素晴らしい喫茶店なのだが、こりゃ困ったな。俺の安らぎの場が……
まぁ、それが脅かされる事もない程、後日はいつも通りの貸切なのだが、それはまた後の話だ。
俺は約束通りの時間にAlvinoに向かった。扉を開けると、そこには弘樹と化学の講義で一緒の山梨と木村がいた。
「おっ、来た来た!こっちこっち!」
いちいち言わなくても「客はテメェらしかいねぇよ!」とか言いそうになったけど、マスターがダメージを受けそうなので辞めた。
「すまん、少し遅れたか?」
「時間ピッタリだ、5分前行動は小学校で習わなかったか?」
ウケを狙ったのだろうがバッチリ外していく斎藤先生、なるほど、こりゃ彼女にフラれる訳だ。
相手の女子は、名前は知らないが凄く可愛い子達が並んで座っている。そして俺の前だけ空席の様だ。
もう1人が遅れている様で、そのまま自己紹介が始まり、合コン開催だ。
そして外から雨の音が聴こえ始める。
俺は雨が嫌いだ、それの齎す湿気はもっと嫌いだ。
全く女子の自己紹介が耳に入って来なかった。今も相手の話や友人達の話が頭に入って来ない、雨の音だけが響き渡る。
何となくだが、女子二人は俺の事など眼中に無いのだろうと分かった。態度もそうだが、俺に質問をして来ない、これは俺が話を聞いていないとかじゃなかった。
何故、自分はこんな所にいるのだろう。
「やっぱ帰るわ……」
「えっ?おい、朱央!?待てって!」
弘樹の静止の声を気に停めず外に出た。
店の外に出た途端、雨足は強まる。天気予報通りだと思い、持って来ていた傘を開こうとしたが──どうやら傘を店内に置いて来てしまったらしい。
弘樹も他の連中も傘を持って来てはくれなそうだ。
「はぁ、仕方ない……」
扉を少し開けると声が聴こえる。
「なに〜?さっきの人、全然話さないし、つまんな〜い!」
「彼奴、そいうとこあんだよ、気にせず楽しもうぜ?」
押した戸に閉めるフェイントをかけて勢い良く扉を開けた。
そして自分の席にスタスタと歩き、傘を手に取る。
「あっ、朱央く〜ん何処に行ってたのぉ〜?」
「お構いなく、つまらないでしょうし」俺はドヤ顔でそう言って再び店を出た。
背後から何か言われた気がしたが、気にならなかった。
俺は早歩きで扉を引いて店を出た。
扉の先は相変わらずの土砂降りだった。というか雨風、傘を差したら骨組みがヘシ折れて吹っ飛びそうだ。
「はぁ……」と溜息の後に左をチラりと見ると、黒いコートを着た女性が1人で立っていた。
「やっぱり、似合わない事をするものじゃないね?私も君も……」
そこにいたのは芥庭深乱だった。
何故、彼女はこんな所にいるのだろう?……
俺は彼女の言ってる意味が分からなかった──周りに誰も居ないのだから俺に話しかけているのは間違いなさそうなんだが……
「えっと、何がですか?」
「君も合コンとやらに参加していたんだろ?」
君も?……という事は芥庭深乱も、この合コンに参加していたという事なのか、彼女でも出会いを求めるものなのか。その答えは直ぐに彼女の口から語られた。
「まぁ、私は友人に数合わせで呼ばれてね、店に入ってないから参加した事にはならないんだけどね」
どうやら、遅れて来る女子の正体は大鳳大学の某若手作家だったらしい。
しかし、彼女に友達がいたとは驚きだ。いつも1人でいるから、てっきり孤高の天才作家みたいなイメージがあった。
彼女は表情一つ変えずに俺にペラペラと何かを喋っている。正直、話は全ては耳に入って来なかった。
最初はクールな人かと思ったけど良く喋る人で、何処と無くミステリアスな雰囲気を醸し出す。
そんな彼女の話が耳に入らないのには理由がある。一つは雨の音、俺の集中力の無さには定評がある。いや、低評だな……そして一番は、彼女が震えている事だ。
「寒いんですか?上着貸しますけど」
「はぁ、何処の誰とも知らない男の上着は要らないよ」
「いや震えてたんで、寒いのかと」
「そうだとしても、下心が見え見えだからお断りだね」
何だ此奴……と正直言うと思ったし、何処の誰とも分からない俺に話しかけているのはお前だろ……とも思った。
でも、それは置いといて彼女は寒いから震えている訳じゃない気がした。
気付くと雨も風も弱まってきていた。
これなら傘をさせるだろうと傘を開いた。どうやら彼女は手ぶらの様で、傘を持っているようには見えなかった。
「傘使いますか?俺、濡れても平気なんで使って下さい、雨も弱くなったんで」
言っておくが彼女に下心なんか抱いてない、それに彼女は有名人でかなりの美人として男子の話題に挙がる事も有少なくない。
そんな天才美少女作家に好かれるなんて思っちゃいない──しかし、何故だか放っては置けなかったのだ。
「こんな事しても見返りはないからね」
「いや、いらねぇし……」
つい本音が出てしまって内心、俺は焦った。
「ふっ、君って面白いね!」
「えっ…あ、そうですか?」
この人も「普通に笑うんだ……」と思ったのは俺が彼女の事を良く知らなかったからだろう。
「そうだ、君の名前は?」
「俺は、朱央進也です」
ちなみに、この即座な返答は本当に──下心しかなかった。何か知らんが天才作家にウケて、しかも名前も聞かれた。美少女と仲良くなれるかも!……っていう不純な気持ちしかなかった。
「私の名前は──」
「芥庭深乱……」
思わず先回りしてしまい、普通にミスったと思った。
「何故、君は私の名前を?」
「有名人だから!ほら、最優秀新人賞とった時と本能寺賞とった時にインタビュー受けてて──」
「あの時か、だから知ってたんだね」
「そう、学内じゃ知らない人はいないレベルで有名だからさ」
「ストーカーかと思ったよ」
この人、自分が有名人だと自覚していない?それとも自分が某有名作家の芥庭深乱だとバレてないってでも思っていたのか?
「どうやら、雨が止んだ様だね」
彼女がそう言い、空を見上げた時に気付いた。知らぬ間に雨も風もピタリと止み、青空と日差しが雲の間から挨拶をしていた。
「本当だ、気付かなかった」
「雨は嫌いでね、嫌な事を思い出すんだよ」
しかし彼女は、それをさっきまでの様にペラペラと話はしなかったし、俺もそれを無理に聞こうとはしなかった。
「えっと、俺じゃあ家こっちなんで!」
そう言って俺はその場を後にした──というより、空気に耐えれなくて逃げたというのが正しかった。
その翌日、俺はいつもの様に大学に向かった。
「おい、進也!」
「あっ弘樹、おはよう」
「おはようじゃねぇ、何で昨日は帰ったんだよ?」
着くなり弘樹に呼び止められ言われた。正直、察して欲しかったが無理そうだ。
「別に俺いなくても数足りるだろ?」
「そういう事じゃねぇ、シラケるだろ?」
何か説教が始まってる様だ。
正直、向こうの態度が悪いだろ……と思ったが、面倒だし言うのは辞めとこ。
「すまんすまん、もう行かないから」
「そういう問題じゃ……あぁ連絡先交換したけど返事来ないし失敗だな」
「ドンマイだな」
弘樹の合コンが上手くいかなかった話を聞きながら教室に向かい、俺は今日の講義を受けた。
「じゃあ、俺もう帰るからな」
「じゃあ、オレは今日一日だから……」
テンションの低い弘樹に「また明日な」と言い、校門に向かうと、見覚えのある女性が立っていた。
「やぁ朱央くん、今帰りかな?」
何と、それは芥庭深乱だった。
そりゃまぁちょっとした騒ぎにはなるだろう。他の連中がガヤガヤと普段、人と話してる姿を見ない芥庭深乱が男と話していると騒いでいる。
「話があるんだが、これから予定はないかい?」
「別に大丈夫ですけど……」
と連れて来られたのは昨日の喫茶店だった。てっきり、あの女子達が広めて大学の奴がいるかと思っていたが、いつも通りのスッカラカンで安心した。マスターは気が気でないだろうけど……
「さて君、小説を書いてるんだってね」
席に着くなり芥庭さんから予想外の質問──何故だ!?何で俺が小説を書いてる事を知っているんだ!?
「昨日の此処での集まりに参加してた友人から話を聞いてね」
あの中で俺が小説を書いてると知っているのは斎藤だけだ。彼奴、女子達に俺が小説を書いてるって話やがったな!
「それで、ご丁寧に君の名前を教えてくれたよ」
「書いてるって言っても、プロ目指してる訳じゃないですよ!趣味ですから!」
「見せてよ君の小説、どんな感じなのか」
「いや、あくまで趣味ですし、芥庭さんに見せる程でも──只、ネットに投稿してるだけの……」
しまった!つい言わなくて良い事まで!これは……
「君の活動名は?」
スマホ構えて、検索は準備万端だった。
「カツドウメイ?」
「ペンネームだよ、君のネット上で小説を書いてる名前だよ」
「てか何で、芥庭さんが俺の小説なんて気にするんですか?」
「嫌なのかい?読まれるの」
「いや、だって恥ずかしいじゃないですか……」
暫く、無言になった後に彼女は突然、口を開いてこう言った。
「それは違うな、君は自分の作品に心無い感想を言われるのが怖いだけだ」
身体が震え、目を見開いた─────図星だったからだ。
確かに、俺には何処かで自分の作品を否定されるかもという恐怖心があったんだ。
「そんなんじゃ上達しないぞ?教えてよ」
実際、自分でもそう思う。
知り合いに読ませて感想を聞く、これがどれだけ重要で、より良い作品作りに繋がるか。
「珠扇……だけで出ると思います」
どうせバレるのにペンネームのフルを言うのをひよった。
「文章構成が絶望的だな」
「なっ……」思わず、そんな声が出た。
「いや十分に読み安く書いてるよ、でも場面の接続と切り替え方が下手、ストーリーは独創的で賛否両論分かれるだろうけど、私は少なくとも嫌いじゃない」
俺の小説を彼女は否定しなかった。
彼女の捻くれた性格だから絶対バカにしてくると思ったけど、めっちゃ改善点を挙げてくれる。
「うん、5年前の作品より文章が良くなってるし、まぁまぁ頑張ったんだ」
「あの、芥庭さん……」
「えっ?何、改まって」
「俺を弟子に──」
「無理、絶対やだ」
でしょうね〜、分かってた、分かった上だったんだけど……
俺だって最初は本当に小説家を目指してた。誰かを幸せにできる様な、勇気づけれる様な、誰かを救える物語を書きたかった。
でも自分に才能が無いと知ってから、趣味で書いてきた。でも中々読み手も増えず、俺自身もスランプに陥っていたが──彼女の意見を聞くと自分には分からない改善点まで分かり、やる気が湧いてきた。
だから、つい「弟子にして下さい!」なんて口走ってしまったんだ。
「趣味なら別にコレでも問題ないでしょ?それに弟子って何?」
「これから、俺の書いたものにアドバイスとかくれたら嬉しいなぁって……」
「アドバイスくらいなら、いつでもするから弟子とかになる必要ないよ」
危なかった──危うく惚れるところだった。
「そうだ、スマホ出してよ、君の」
「俺のですか?何で……」
「RAIRU、これから定期的に会うんだからあった方が便利でしょ?」
「あっ、そうですね!QRコードは俺が出します」
こうして俺は初めて女子のRAIRUを手に入れたのであった。
「それで今から、私の仕事場に来ないか?」
「はい?仕事場?……」
それってつまり家?……だって小説家の仕事場なんて家か静かな店とかだよな?知らんけど!……まさか俺、誘われてる?いや、この発想はキモいだろ!落ち着け俺、冷静になれ……
「はい、是非とも見学させて下さい」
と、連れて来られたのは大きな屋敷だった。扉を開けると廊下の先には机と椅子、ソファや本棚がある私立探偵事務所の様な空間が広がっていた。
「ここが私の仕事場だ」
「もしかして芥庭さんって金持ち?」
「違う、これは父が遺してくれたら物だよ」
「て事は、ここはあくまで仕事場?」
「うん、家は別にあるよ」
うん、別に期待なんてしてなかったから別に気にしてないんだけど、本当に只の仕事場だったんだね。
「それより、君の色は何?」
彼女は突拍子も無い質問──いや、意味不明な質問をしてきた。
「何ですか急に──質問の意味が……」
「失礼、言い方を間違えた──君の能力は何かな?」
急に厨二病の様な問をする彼女に普通なら「何言ってんだ?能力って?」と返すのだろが……今の俺の頭の中は──何故、俺が能力者だと思った?という疑問で持ち切りだった。
「質問の意味が分からないんですが?能力って──そんな、アニメとかじゃないんですから……」
俺はあれ以来、他人に能力の事を話した覚えはない筈なんだ。
「見せた方が早いか……」
彼女がそう言うと、あちらこちらからカタカタと音がし始めた。
「なっ、人形が──」
目の前で信じられない事が起きていた!──無数の人形が一人手に動き始めたのだ。
「これが私の能力だよ、朱央進也くん?」
この出会いが、俺の人生を大きく変えてしまった。天才小説家、芥庭深乱という人間によって──俺の人生は変えられてしまったのだ。
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