第2話
「孝弘さん、お聞きしたいことがあります」
とある休日の午後、自宅にて、アオイは孝弘に切り出した。
「どうしたんだい?」
「なぜ、孝弘さんは私に“孝弘さん”と呼ばせるのでしょうか。通常、私達は主人のことをマスターと呼びます。しかし孝弘さんは、孝弘さんと呼ぶように命令しました」
「嫌……かな?」
「そのようなことではなく、疑問に思ったので」
「…………」
孝弘は言葉に詰まっていた。
それは彼のわがままだった。女々しくも儚い、彼の小さな抵抗だった。だがそれをアオイに伝えることは憚られる。
孝弘は、小さく唾を飲み込んだ。
「……僕は、君を家族として迎えたいんだ。道具ではなく、一人の人間として」
「人間、ですか……。しかし、私は――」
「わかっている。だが、それはあくまでも君の体の構造でしかない。……ねえアオイ。人と絡繰りの違いって、何だと思う?」
「無論、生物か人工物かにあると」
「確かにそうだね。だが君は、僕の呼び方について疑問に思い、それを伝えてきた。君は自分で考え、行動したんだ。生身の人であっても、疑問を抱いて行動に移すことをしない者もいる。では、君とそんな人たち、どちらが機械的だろうか」
「それは……」
少し意地悪が過ぎた、と。
孝弘は反省をした。
「……僕が言いたいのはね、君がどんな存在なのかを決めるのは、君に接する人次第だということなんだよ。少なくとも僕は、君を人として認識している。どれほど馬鹿にされようとも、変人と揶揄されようとも、それを否定できやしない。僕の認識がある限り、アオイ、君は確かに人間なんだ」
「私は……人間……」
アオイは、自分の体を見つめながら復唱する。
(よくも舌が回るものだな……)
孝弘は、自分の卑怯さに落胆をかげらせた。
崇高ではない。高尚ではない。
ことはより単純で、明確だった。
しかしこの言葉が、少なからずアオイの思考を鈍らせていく。
鮮明であった行動指針に、少しずつノイズを起こしていく。
じわじわと彼女のうちに広がるそれを、彼女自身が決して口にすることはなかった。
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