消えた民の伝承

 医務室に向かう途中で豊崎先生に出会った。


「おぉ、阿佐見さん、よかった」


 余談だけれど、艦内にいる乗員乗客の位置は、艦内測位情報提供システムIPISっていうしくみで管理されているの。使う人のアクセスレベルにもよるけれど、IPISに問い合わせれば誰が艦内のどこにいるのか、すぐに分かるようになっているわけ。

豊崎先生も、私の位置を問い合わせてここに来たのだろうな。狭いようで結構広い艦内だから、ウロウロ歩き回っても出会うことは難しいと思う。だから、豊崎先生とここで会ったのは、偶然ではなく私に何か用があってシステムを使ったってことでしょう。


「何かありましたか?」

「うん、少し奇妙なことが。これを見てくれるかな」


 そういって、豊崎先生は手に持っていたタブレットを私に差し出した。そこには、ベッドから半身を起こしたグ・エンと、吟遊詩人ニブラムの姿が映っていた。あれ? これって動画? 画面の中で、グ・エンは手を振り回して、何かジェスチャーしているみたい。


「先生、音声は?」

「それがなぁ、音が入ってないんだよ、口は動いているのに」


 確かに、グ・エンの口は動いているから、何か話しているようだ。ニブラム、あんにゃろ。楽器演奏に使っていた、風属性の魔法を使っているな。ヴァレリーズさんたちみたいに、ランクを公表していないから、どのくらい使えるのか知らないけど。こうやってわざわざ音を消すってことは、後ろめたい何かがあるのだろう。


「分かりました。私が処理します」

「私としては、患者に害がなければ良いだけなんだけどね」


 いえ、今回はガツンと言ってやりますとも。豊崎先生と別れて、近くの端末に近付く。普段は艦内案内図が表示されている画面に左腕を近づけると、メニュー画面が表示される。IPISを呼び出して、吟遊詩人の名前を入力。一瞬ののち、再び艦内の地図が表示される。


「食堂か。食事中かな?」


□□□


 食堂に入る前から、ハープが奏でる旋律が聞こえてきた。正確に言えば、異界こっちの世界で吟遊詩人が使う、ハープに似た楽器だ。


「ちょっと、ニブラムさん!」


 食堂の入り口を潜りながら詰め寄ろうとする私に、吟遊詩人はにっこり微笑みを返した。


「ちょうどよかった。貴女にも聞いて欲しい詩があるんですよ」

「あのね、詩は後にして――「いいから。聞けば分かりますよ」


 かぶせ気味にそう言った吟遊詩人は、腕の中に抱えた楽器に指を滑らせる。ポロン、涼やかな音が響き、緩やかな旋律を描く言葉がニブラムの唇から紡ぎ出された。


□□□


それは遠い 遠い昔の物語

彼方より来たりし 人々の物語


かの人々は 大きく 力強く そして心優しく

山の麓で静かに暮らす


かの人々は 大きく しかし籠を持つ者少なく

工夫しながら静かに暮らす


ある時北の部族 かの人々を欺き

奪い 攫い 迫害した


かの人々は 悩み 苦しみ そして助けを求め

精霊達に助けを求めた


かの人々は ある日 一夜で かき消えた

足跡も残さず消え去った


かの人々は 消えて なくなり そして忘れ去られ

何処いずこかで静かに暮らす


□□□


 吟遊詩人の詩は、食堂を静寂に包み込んで静かに終わった。食堂にいた海自隊員は、しばし当然としたのち、起ち上がって拍手を送った。

 たしかに、心を揺さぶられる歌だった。でも、私は誤魔化されないわよ。


「ニブラム。一緒に来て」

「はい。お望みとあらば」


 私は彼を連れて、艦長室に向かった。あそこなら静かに話せる。


「わざわざ、あの詩を私に聞かせたのはなぜ?」

「貴女が知るべきことだったから」


 意味分からん。 

 そうこうしているうちに、艦橋のすぐ下にある艦長室の前まで来た。


 <らいこう>艦長室――艦長室という名前だけれど、それほど広くない。私は艦長室に入りアポ無しで訪れた非礼を詫びた上で、簡単な説明を行い、ついでに豊崎先生を呼び出してもらった。

部屋の中は、三島艦長と私、豊崎先生、それに吟遊詩人ニブラムの四人が入ると、やや手狭に感じる。豊崎先生が、口火を切ってニブラムを問い質した。


「ニブラム君、なぜ勝手に患者から話を聞き出したのかね」

「いけませんでしたか? 私は吟遊詩人です。人から話を聞き、それを詩にして旋律とともにみなに伝える。それが仕事です」

「どんな話を?」

「トヨサキさん、“守秘義務”です……と言いたいところですが、なぁに、彼女の親兄弟について少し聞いただけです」

「私が聞いても話してくれなかったのに……」


 豊崎先生が、がっくりと肩を落とす。豊崎先生からバトンタッチする形で、今度は三島艦長がニブラムに質問を投げかける。


「食堂で歌ったという話だが、グ・エンから聞いた話を元に作ったということかな?」

「えぇ、もちろん」


 確かに吟遊詩人なら、グ・エンは格好のネタだろう。でも、ニブラムの場合、それだけじゃないような気がするのよねぇ。


「阿佐見さん、その詩とやらはどんなものだったのかね」

「それが、お恥ずかしい話、さっぱりでした」


 三島艦長の質問に、私は正直に答える。艦長は眉を顰め、ニブラムに向き直った。


「ニブラム君。申し訳ないが、我々にも理解できるよう簡単に話してもらえないだろうか」


「やれやれ、想いを込めて歌ったのに、サクラさんには届いていませんでしたか。まぁ、仕方ありませんね。では、簡単に説明しましょう。

グ・エンは、遙か昔、大陸に突如現れすぐに消えたとされる民の子孫ってことですよ」

「遙かって、どのくらいなの?」

「さぁ? 大陸に残っているのは、伝承というかお伽噺みたいなもので、誰も信じてはいませんよ。私もグ・エンと話してみて、消えた民族なんじゃないかと思ったわけです。もしかしたら、間違っているかも知れませんがね」


淡々と語る吟遊詩人の言葉からは、嘘は感じられない。感じられないけれど、何か隠しているという気がしてならない。


「親兄弟の話だけで、良く伝説の民だと分かったね?」


 おお、三島艦長ナイスつっこみ。


「そこは、職業上の秘伝ということで」

「……まぁ、いいわ。少なくともルートのように、他の世界から来たって訳じゃないのね」

「えぇ、彼女・・は、この世界で生まれ育った女性ですよ」


 ニブラムの言い方が少し引っかかったけれど、今は他のことが気になるのよ。


「彼女がその、消えた民だとして、何が問題になるのかしら?」

「それは彼女が皇帝に伝えようとしている話の内容によるでしょうね。あ、それに関しては私も聞いていませんよ」


 やはり、皇帝……は不安だから、エバ皇后に早く会わせた方がいいようね。

 艦長室での話はそこで終わり。結局、ニブラムを注意することもできず(後から思い出したの)、私は関係部署への連絡に追われた。


□□□


 グ・エンには、<らいこう>の医務室から一般乗客用の個室に移ってもらった。部屋が空いていて良かった。


「あと二日で大陸に着くから、それまでここで我慢してね」

「船の中ですから、狭い部屋なのは当然です。寝床があれば十分です。が、この四角い板はなんですか? 鏡にしては写りが悪いようですが」


 彼女が指さしたのは、艦内標準装備のモニターディスプレイだ。


「これは、モニターといって、風景とかいろいろなものを映すためのものよ。そうね、艦首カメラの画像を表示するようにしておきましょうか」


 そのくらいなら問題はないだろう。私がリモコンを操作すると、モニターに海原の風景が映った。まだ大陸は見えない。


「な、なんの魔法ですかっ!」

「魔法じゃないわ。私たちの技術よ」


 あ、この反応久しぶりだわ。最近、王国の人も帝国の人も、私たちの技術にあまり驚かなくなっているからなぁ。

 ほかにも、給湯器とか洗面台とか操作をざっと説明して、帆彼の者には触らないように注意をした。なんで海自の女性隊員とかにやってもらわないのかといえば、単純に人手不足だから。それにグ・エンが、私と豊崎先生、それにニブラムとしか話そうとしないからだ。やれやれ。私も暇って訳じゃないんだけどね。


「港に着いたら、医学的なチェックを受けてもらって、それが済んだら帝国の人と会ってもらうわ。上手く行けば、十日以内にエバ皇后と対面できるはず」

「わかりました。ご助力感謝します。……ところで、この船はいつ出航するのですか?」

「え? もう港に向かっているわよ?」


 私の言葉に、彼女は驚いた表情を見せた。


「蒸気機関の音が聞こえないので、てっきり風任せで浮いているだけなのかと」

「いやねぇ。<らいこう>は帆船じゃないわよ」


□□□


 テシュバートに着いたのは、二日後の昼前だった。予定よりも六時間早い。三島艦長以下、乗員が頑張ってくれたようだ。


「サクラ。久しぶりだね」

「あら、随分変わったわね」


 私たちを出迎えたのはルートだった。あのでっかいボディじゃなくてコアの方ね。でも、前はなかった車輪が付いているし。


「移動用二輪車を構築してみた。整地された場所なら、車輪の方が早く移動できるからね」

「ふぅん。便利そうね」


 でも、人間、歩いた方が健康にいいのよ。ちゃんと運動しないと。そう、健康のためよ。決して最近お腹周りが気になってきたからじゃないわよ。


「き、機械が喋ってるっ!」


 私の後ろから、叫び声が聞こえた。グ・エンだ。


「えっと、グ・エン、こちらルート。ルート、こちらグ・エンよ」

「やぁ、グ・エン。ルートだ。遭難したと聞いている。大変だったね」

「あ……あ……、ど、どうも……」


 いつの間にか、ルートが人間みたいな挨拶している。


「怖がらないで、グ・エン。ルートは貴女に危害を加えたりしないわ」

「肯定。私が君に危害を加えることに利点はない」


 あぁ、あまり変わっていないわ。


「じゃぁ、グ・エンは豊崎先生と病院に向かってね。そこで検査するから」

「わかった」

「後で私も行くから」


 豊崎先生と数人の海自隊員に囲まれて、グ・エンはテシュバートの病院に向かった。あそこには、CTとかfMRIとか最新の医療設備がある。


「で、ルート。わざわざ出迎えてくれたのは、彼女に会うため?」

「肯定。サクラ、君は時として鋭い観察眼を発揮するね」


 “時として”は余計よ。私に会うだけなら、テシュバートにある私のオフィスで待っていればいいこと。それをわざわざ港まで来たってことは、理由があるはずでしょ。


「サコタから聞いて、興味を持った」

「吟遊詩人によると、過去に“消えた民”らしいわよ」

「伝承というものは、長い時間の経過で歪められるものだ。仮に彼女がこの大陸から去った民族の末裔だったとして、伝承が生まれたころとは大きく変化しているだろう」

「で、自分のセンサーで計測してみて、どうだったの?」


 ルートは、その場でくるりと回転してみせた。喜んでいる、のかな?


「成果はあった」

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