第三百七十五話 特大のバースデーケーキ

「それでは皆様、お待ちどおさまでした! 只今より、パトリシアお嬢様の成人記念ケーキが披露されます。いつもより、特大のケーキをご用意させていただきました。お嬢様の入刀式の後、皆様にお配りしますのでご賞味下さいませ!」


 パティのフィエスタ・デ・キンセスは中盤に差し掛かろうとしていた。

 ここで特大のケーキが用意されると、司会役のフェルナンドさんから案内があった。

 当の本人よりも、可愛いドレスを着ているアムとアイミがフォークを持ってワクワクしながら待ちかねている。


『つ、ついにヤツが出てくるのか。アイミ、戦闘態勢はいいか?』

『うむ。いつでも来るがいい』


 あいつら、ケーキを何だと思っているんだ?

 ケーキを配る前に全部食われたらたまらん。

 そのケーキは、ガルシア家で御用達の菓子店で作ってもらい、こちらで若干の装飾をしてこのホールへ持ち運ばれる。


 ――ホールのドアが開く。

 すると、メイド服姿のビビアナ、ジュリアさん、エルミラさん、スサナさんが四人がかりで、巨大なケーキを台車に乗せてゴロゴロと動かして持って来た。

 で、でけぇ…… いつもの大きさの数倍はある。

 かなり高めに作ってあるホールのドアの高さスレスレだから、台車の高さを引いても二メートルを超えている。

 七段重ねで、一番下の段の直径は一.五メートルくらいだろうか。

 ホワイトクリームが塗られ、オレンジやイチゴ、メロンなど色とりどりの果物で装飾されており、鮮やかだ。

 日本の披露宴じゃ、入刀用のウェディングケーキは切る部分だけ本物のケーキで後は模造品の物が多いようだが、これは全て本物のケーキだそうだ。

 ケーキの下が重さでよく潰れないなと感心する。


『どひゃああああ! アレ、全部食えるのか!』

『そうだ! 全部食ってやる! 行くぞアム!』

『おおう!』


 うわっ!?

 アムとアイミが巨大ケーキに飛び込もうとしている。

 後で切って配るって言ってたんだから、そんなことはさせない。


「待て待てい! おまえら!」


 私は二人の首根っこを捕まえて引き止めた。

 こいつらは神なのでただ捕まえるだけでは力不足になるから、グラヴィティを掛けて二人の体重を重くする。


『何をするうぅぅぅ!?』

『くそぅ! マヤか!』

「切り分けて配るって言ってたろ。どうせ余るんだからそれから食ってくれ」

『うううっ! 敵前逃亡するわけにはいかぬうう!』

『強大な敵を我々が成敗するのだあああ!』

「おまえら何と戦ってんだよ……」


 取りあえず、ケーキ入刀して配られるまで二人を捕まえておく。

 ああ、面倒臭い……

 そうしているうちにビビアナたち四人は、巨大ケーキを載せた台車をホールの真ん中へ設置した。


「お待たせしました! これよりパトリシアお嬢様のケーキ入刀式を行います!」


 フェルナンドさんの合図でパティが巨大ケーキの前に立つ。

 ビビアナから、ナイフをパティへ手渡された。

 結婚式ではないので、一人で切ることになる。

 さっきからエリカさんがケーキの周りをうろうろしているのは、念写式の写真を撮っているようだ。

 使える人が僅かな上級魔法で、目で見た物をホログラムのように浮かび上がらせることが出来る。

 魔力燃費が悪くて滅多に使うことが無いそうだが、今日は特別な日だ。

 紙に転写することも出来るのだが、特殊なインク薬が必要でけっこう手間らしい。


「それでは! パトリシア様十五歳成人のお誕生日、おめでとうございます!」


 ――ジャーンジャジャジャンジャーンジャーン


 フェルナンドさんの掛け声と楽器の演奏で、パティが巨大ケーキの一番下の段にサックリとナイフを入れた。

 私が彼女の立場だとしたら、大袈裟でちょっと恥ずかしい。

 でも彼女は真剣で、切った勢いでケーキが倒れないかとハラハラしていたような、そんな表情だった。


 ――パチパチパチパチパチパチパチパチッッ


「「「「おめでとう!!」」」」

「「「「おめでとうございますう!」」」」

「「「「パティおめでとー!」」」」


 皆からの拍手喝采とお祝いの言葉で、パティはニッコリと笑う。

 ああっ 彼女のあどけない笑顔はいつ見ても天使だな。

 こんな可愛い子と私が間もなく結婚なんて、未だに実感が無い。


「ありがとうございます! こんな素敵な十五歳の誕生日、ずっと思い出に残します!」


 パティはお礼の言葉を言うと、皆に向かって深くお辞儀をする。


「皆様、パトリシア様に盛大な拍手を!」


 フェルナンドさんの言葉で、先ほどよりさらなる大きな拍手が送られ、ケーキ入刀式は終了した。

 エリカさんは、良い写真が撮れたのかな?


『おい、まだなのか?』

「上から綺麗に切らなきゃ崩れるだろ」


 首根っこを捕まえたまま、アイミが煽る。うるさい。

 早速ケーキの切り分けが始まる。

 まず、ジュリアさんがグラヴィティで浮かび上がり、上の三段をさらにグラヴィティを使い切り離し、下のテーブルに用意していた大皿に下ろす。

 彼女もグラヴィティの魔法デュアル発動が上手くなったなあ。

 で、巨大ケーキの完全体が披露されていたのは僅か十数分と、なんとも儚(はかな)いものだった。

 ありゃー、ジュリアさんのぱんつが下から覗かれてしまいそう。でも、下にビビアナたちがいるので覗けないか。

 ジュリアさんのぱんつは頼めば見せてくれるのだが、スカートの下から覗くぱんつというのはロマンだよなあ。

 あのロングスカートの中に身体ごと入ってみたい。

 あー…… 脚が長いエルミラさんじゃないとダメかな。

 テーブルで、ケーキを切り分ける準備をしているビビアナに声を掛けてみる。


「おーいビビアナ。ケーキの一番下を全部もらっていいか? アイミたちが早く食いたいってさ」

「ああ、いいニャ。でもどうするんだニャ?」

「こうするんだよ」


 私はグラヴィティで巨大ケーキを浮かせ、だるま落としのよう同じくグラヴィティで最下段だけ抜いて、四つに切る。

 そして、予めテーブルに用意してあった空いている大皿にドカドカッと載せていった。

 すると、それを見た招待客から拍手と歓声があがる。


「あー、どうもどうも。アハハッ」


 思わぬショーになってしまったので、取りあえず愛想良くお辞儀をしておいた。

 闇属性魔法は珍しいからねえ。


「よーしっ アム、アイミ! アレを好きなだけ食ってくれ!」

『おおおおっ!』

『突撃だぁぁぁぁ!』


 二人に掛けたグラヴィティを解くと、一目散にケーキの方へ向かって行った。

 七段目だった高さが三十センチくらいあって、半径が七十五センチの四つ切りだ。

 あんなの日本の大食い動画配信者でも食えないだろうに、大丈夫なのか?

 まあ、食わしておけばあいつらは集中して大人しいから、放っておこう。

 ケーキの断面、あれでもクリームとフルーツの層になってるんだ。すごっ

 私は上の段の、もっと美味しいところを頂こう。


---


 魔族もエルフ族も、甘い物が好きなのは変わりない。特に女の子は。

 マイ、オフェリア、マルヤッタさんも切り分けられたケーキを夢中で頬張っている。


『ううう モグモグモグ―― 美味しいですぅ! アスモディアへ帰りたくないですぅ!』

『あたしも帰りたくなくなったなあ。アスモディアにこんな美味いケーキは無いからなねえ。ふぁーっ モグモグ―― うまっ! こりゃ止まらないね』

『私はあと百年くらいここに居るつもりですからね。人間が食べる美味しい物をもっと研究しなければ』


 三人とも口の周りは生クリームだらけだ。

 マイたちが貰った休暇はあと何ヶ月だっけ。

 帰るまで存分に楽しんで欲しい。

 マルヤッタさん、本当に移動もしないでマカレーナに居るつもりなのだろうか。

 百年後には私がこの世に居ないから、孫、曾孫に受け継がせるとしよう。


 ――エリカさんが一人でモソモソとケーキを食べているので、声を掛けてみる。

 彼女はあの性格であんまり他の女の子とぺちゃくちゃおしゃべりをしたがらないので、私がかまってあげないと。


「エリカさんどう? 良い写真撮れた?」

「あっ マヤ君。良いよ良いよ! さっきのケーキ入刀の写真はこれね」


 エリカさんが、手前の何も無い空間に手をかざすと、五十センチ四方のスクリーンが現れて、パティがケーキにナイフを入れている様子が映っている。


「おおー 綺麗に映ってるなあ」

「最近術式を改良したのよ。ふふん」

「これね、動いているように記録出来ないの?」

「私も考えてみたけれど、頭の中がパンクしちゃうわ」


 この写真魔法、たしか見たままの、圧縮をしていないで記録をしているはず。

 それでは効率が悪いので、提案してみる。


「写真を圧縮してから記録するんだよ」

「あ、圧縮? なにそれ? どうするの?」

「理屈で言えば、aaaaa と bbb という並んだ8文字のデータがあるとするじゃない。それをa5b3にすると4文字に圧縮出来るんだよ。保存するときは圧縮、使う時は展開するって感じでね。写真だと同じ色が並んでいれば、そこが圧縮出来るし」

「な…… そ、そうか! マヤ君天才じゃないの!」


 エリカさんは私の両肩を掴んで興奮している。

 あの、鼻にクリームが付いてるよ。


「天才じゃないよ。前にいた世界の受け売りだし、技術者じゃないからそんなに詳しくないし」

「でもヒントになったわ! 今晩から早速魔法の改良に取りかかる!」

「ああ…… 根を詰めないように…… そうそう、今度の結婚式に間に合うと嬉しいんだけど……」

「勿論間に合わせるわ! これを使えば写真もたくさん記録出来て、たくさん覚えられる!」


 と、エリカさんは言いつつ、薄いピンクのドレス姿で私をギュッと抱きしめる。

 彼女からはクリームの匂いがした。


 ――次はパティの祖父母であるエンリケ男爵夫妻に声を掛けてみる。

 やはりケーキを食べているが、歳が歳なので両人とも少量である。


「あら、マヤさん。美味しいわね、このケーキ。オホホ」

「随分と立派なパーティーをやってもらって、孫の笑顔を見ていると私も嬉しくなるよ」

「参加出来なかった親友のバルラモン家ご令嬢から、協賛があったみたいですよ。私も少しばかりですが協力しました」

「おおっ そうかね! ありがとう! ご令嬢は、次期国王の王妃候補になられるお方だったかな。あの子もすごい友人を持ったものだ」

「パティはすでに陛下とも友人になってますよ。ふふふ」

「おおお…… 可愛い孫がどんどん遠い存在になっていくようだな……」

「そんなことないですよ。パティはお二人のことをずっと尊敬しています。ラフエルの街のこともよく気に掛けてますよ」

「そうだったか……」

「あなた、パティは優しくて気遣いが出来る子ですからそんな心配要りませんよ。うふふっ」


 孫が成長していくのは嬉しいことだが、環境が変わってだんだんジジババ離れしていくと寂しくなるということだ。


---


 地球の欧州と同じく、パーティー終了において日本のように締めの挨拶は無い。

 フェードアウトし、途中退出して行くのが一般的である。

 また、用意された個室で貴族家同士の会談をしたり、いつものメンバーで飲み明かす事が多い。

 さっきからパティやセレナさんの姿が見えなかったは、同級生たちと個室で同窓会をしていたようだ。

 それも終わり、ボチボチと解散していく。

 パーティー会場は静まりかえり…… そうでもないか。


『もう一年分は食べたけれど、まだまだ食べるぞお!』

『おうよ。食いだめをしておかねばな』


 なんとアムとアイミはあのケーキをほぼ食べ尽くし、残った料理を摘まんでいた。

 魔族のマイとオフェリアもよく食ってるなあ。

 この四人の食欲で、残飯処理の心配は無さそうだ。

 マルヤッタさんの食事量は人並みなのか、お腹いっぱいで動けなくなり隅の椅子で休んでいた。

 料理や配膳で忙しかったメイド服チームは料理やケーキを別に取り置きしてあり、片付けの前に厨房横の休憩室で食事中だ。


 私もお腹いっぱいなので、隅の椅子でちょいと休憩だ。

 しばらくするとパティがやってきて、声を掛けてきた。


「マヤ様、今日はいろいろありがとうございます」

「君の誕生日だからね。頑張っちゃうよ」

「――あの 行きませんか? いつもの場所へ……」

「うん」


 誕生パーティーの後はいつものようにパルコニーへ行き、二人っきりで踊る。

 さっき、セレナさんがぱんつ丸出しにして私がそこへサインを書いたんだけれどね。


 ――音楽が演奏されているつもりで、私はパティを軽く抱きしめチークダンスを踊る。

 ううう…… 何だか無性に心臓がドキドキしている。

 イイ匂い…… 私の胸に当たっている彼女の胸はふわふわ。

 パティとこうして踊るのは初めてじゃないのに、やっぱり正式に大人になった彼女だから意識してしまっているのだろうか。

 身体は随分立派になり、この国ではナニがナニしても良いことになっている。

 ちょっとお触りするだけならいいかな?

 いやいや、十五歳のだぞ。

 と言いつつ、ビビアナやモニカちゃんと初めてイイことをしたのは二人が十六の時だった……


「マヤ様のエッチ……」

「え? あ……」


 パティは恥じらいの表情でそう言う。

 ありゃ!? 私の左手は無意識に、彼女のお尻に当てていた。

 だが彼女は振りほどこうとしていない。

 ドレス越しだからはっきりとした感触はわからないけれど、まるっとした形でイイ感じだ。


「――マヤ様……」


 パティは目を瞑り、私にキスを求めている仕草をする。

 も、勿論するとも。

 でも、いつもより緊張する……

 私の左手はお尻に当てたまま……


 ――ムクムクッ


 い、いかん! こんなところで分身君が元気になってしまった。

 このままキスを始めると、際限なく止まらなくなってしまいそうだ……

 どうしよう……

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