第1章 ダンジョン攻略編
第6話 思いがけぬ出会い
「えぇ! じゃあ何の考えも無しに行こうとしてたの?」
見渡す限りの野原が広がる街道を歩いていると、シャルロッテは呆れたように肩をすくめた。
「当てがないわけじゃないよ。ほら、地図だってここに」
クロは腰のポーチから使い古されたボロ雑巾のような地図を取り出して広げた。
「グリンクロスの次に目指すのはメイトクリフだよね。メイトクリフにいけばなんとかなるかなー、なんて」
エンドテラ大陸の西端が描かれた地図。大陸の海沿いにある印を、クロは指差した。メイトクリフはここら辺一帯収めている、都市国家である。
「それが考えも無しっていうのよ。なんかこう、具体的な計画でもあるのかと思ったわ。それにメイトクリフまでは、馬でも2日掛かるんだよ? 歩きだと5日は掛かるのに、まさか歩きだなんて」
「でも馬を借りるお金はないし。考えても仕方ないから、取り敢えず気の向くまま冒険しようって思ってさ」
すると向こうに一台の幌馬車と、それを取り囲む集団が見える。遠目から見てもあまり穏やかそうには見えない。
「あれ、何かしら?」
「行ってみようか」
近づくと、幌馬車に乗った小太りの男。それを囲む男達は皆武装している。
「どうしたんですか?」
クロが声を掛けると、周りの男達が一斉に振り向く。その中の一人の男が前に出てきた。耳や唇にピアスをしている、人相の悪い男だ。
「通行税を取ってるのさ。あんたらも払わねぇとここは通せないぜ」
「通行税?」
クロはシャルロッテを見る。シャルロッテは、聞いたことないとでも言うようにかぶりを振った。
「あ、あの。そこを通していただきたいのですが」
小太りの男はそう怯えながら言う。すると人相の悪い男は凄んで睨みつけた。
「あぁ? ハンプスさんだっけ。通行税の意味分かってる? ここら辺は俺達『
シャルロッテはクロに耳打ちをする。
「富喰いの鯱って、聞いたことある。メイトクリフにいる自警団だって。かつては市民を守る本物の英雄達だったけど、治世が敷かれた近年は、役目が無くなって半ば野盗化してるって」
「そうなんだ……」
「こ、これは売り物です。お渡しできません!」
ハンプスと呼ばれた商人は、泣き縋るように、人相の悪い男に訴える。
「ならここは通せないね。モンスターがうようよいる獣道でも行くんだな」
「そ、そんな」
ハンプスは困り果ててため息を吐いた。クロは男達の前に出る。
「その通行税っていくらなんだい?」
「5万ポルツだ」
「5万!?」
5万ポルツあれば高級宿屋に2泊もできる。通行税でいくら何でも法外だ。そんな金額払えるわけがない。
「ねぇ、どうしよう。メイトクリフに行くにはこの街道を行くしかないわ。他に道なんてない」
またシャルロッテはクロに耳打ちをする。クロは困り果てた。
「名高いと謳われた自警団も、落ちぶれたもんだなぁ? 今や程度の低い。下賎な集団に変わり果てたわけだ」
突然聞こえてきたセリフ。いや、それは紛れもなく、クロの喉から出ている声だ。
「ちょ、ちょっとクロ?」
シャルロッテは慌ててクロ。
「んだとてめぇ!」
人相の悪い男は、クロを睨みつける。
「え? い、今のは僕じゃ――みっともない奴等だ。まぁ、どうせ実力もない雑魚なんだろうな。通行税? そんなもんは糞食らえだ。ここを通らせてもらうぜ」
ハンプスも驚いてクロを凝視している。
「言いやがったな! ならやってみやがれ! その背負った箱は冷凍箱だろ? 解体師のごときが、舐めた口聞いてくれるじゃねぇか!」
人相の悪い男に続いて、富喰いの鯱達は武器を抜く。
「えーと! こ、これは……。シリウス! なんてことしてくれたんだ!」
(何怖気付いてんだよ。あいつらをバラバラに解体してとっとと行くのが一番効率いいだろうが)
さらりと恐ろしいことを言うシリウス。悪魔の発想とはこういうものなのだろうか。
(それにあいつら、やる気満々だぜ)
「それは君が煽ったからだよ!」
「ど、どうするのよクロ!」
シャルロッテはクロに詰め寄ってくる。どうするも何ももはや戦いは避けられない。クロは人数を数える。相手は6人。皆それぞれ剣や槍を持っている。
「……僕に任せて」
「任せてって、あなた解体師なんだよ? 敵うわけ――」
「
青い光と共に、異形の大包丁がクロの左手に形成される。その光景に、その場の全員が驚きの表情をする。さらに脚が黒いヘドロに覆われるように、悪魔化した。
「あんなのはったりだ! おまえら、行くぞ!」
(人数が多いな。俺様の眼を貸してやる)
シリウスの力が、クロの目に青い光を宿す。その瞬間、全てがゆっくりと、緩慢になる。時の糸に縛られてる中で、クロだけが普通に動ける。そんな感覚になる。
「なんでも解体できるんだったよな?」
(基本的には、な。まぁあいつらが持ってる鉄屑なら余裕だなぁ)
「なら武器だけだ! 武器だけを壊す!」
クロは相手の武器に向かって
「へ?」
人相の悪い男は、あまりに予想外の出来事に素っ頓狂な声を上げた。
「こ、こいつはやべぇ! おまえらずらかるぞ!」
一目散に逃げていく。
「ふぅ。どうにかなったね」
(全く、甘いなお前。ムカつく奴等は全員解体すればいいだろ?)
「そういうわけにはいかない。相手は人間だ。穏便に解決するのが一番良いんだよ」
(そんなこと言ってるから刺されんだよ)
「う、うるさい。それとこれとは別だ」
「クロ。今のはどういうこと?」
シャルロッテはぽかんと、口を開けている。無理もない。非戦闘系、戦えないジョブだと思っていた人間が、目の前であの大立ち回りを演じれば、この表情にもなる。しかしそれは、クロ自身が一番驚いている。
「えーと、これは……」
「いやいや! 助けていただきありがとうございます!」
そう駆け寄って来て、クロ手を握り締めるように掴み上げるのはハンプスと呼ばれていた男だ。薄緑色の胴着とコートはパンパンで今にもボタンが弾けそうだ。卵のような頭には、赤茶色の立派な口髭と、これまた薄緑色のハットを被っている。
「これでメイトクリフに迎えます。しかし、その前に何かお礼をしなくてはなりませぬな」
「お礼なんて――」
そう言いかけたところで、シャルロッテが割って入ってくる。
「メイトクリフに行かれるんですか?」
「えぇ。そうです。もしかしてあなた方もですか?」
「はい! その、もしよろしければ私達も一緒に乗せてくれませんか? お礼はそれで」
「そんなので良いのであれば是非。こちらとしてもあなた方が一緒のほうが心強いです!」
(あのシャルロッテとかいう女、意外にちゃっかりしてるじゃないか)
全くシリウスの言う通りだ。
「私はハンプスと申します。行商をやっております」
ハットを取ってハンプスは丁寧にお辞儀をした。それに釣られるように、二人もお辞儀をする。
「私はシャルロッテ、こっちはクロ」
クロはどうも、と言いながら頭の後ろぽりぽりと掻く。
「それではささっ! 幌へどうぞ」
幌の中に入ると、商品だろうか。荷物がいくつも積まれていた。
「ラッキー! これで1野宿2日の旅路で済むわね!」
シャルロッテは足を手に入れて上機嫌だ。そのせいか、先程のことはそれ以上何も聞いてこなかった。旅は道連れ世は情け。こうして3人はメイトクリフを目指した。
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