広く孤独な場所に君はいる。
「ほへぇ~・・・。」
私は今、高層マンションという建物の前に立っている。どうやらここが今の冬美の家らしい。
「どうしたの?さぁ、入るわよ。」
冬美は慣れた手つきで入り口の長い箱型の機械にカードをスライドし、扉を開けた。え?何この機能・・・日本にこんなのあったっけ?
「冬美のとこって何階?」
「8階」
「8?4階とかじゃなくて?」
「あっちとは違うの。いちいち驚かないで。」
エレベーターに乗り込み、8階のボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと動き出した。昔からエレベーターの動き出すこの瞬間が嫌いだ。
2階を通過した辺りで後ろのガラスから外の風景が見渡せるようになっていた。改めて見渡すとやっぱり地元との違いに驚かされる。
どこを見ても建造物ばかりで緑が見えない。道には次々と行き交う人々が蠢いていて、息苦しさを覚えた。
「夢の街だと言われているが、東京ってのは随分息苦しい所だな。」
「夢の街なんて子供の勝手な妄想よ。実際は人のエゴと理不尽が埋め尽くしている。ねぇ夏樹、人間が一番求めている物って何だと思う?」
「自由かな?私はそう思っているけど。」
「自分を必要としてくれる場所よ。人は一人では生きていけない。どれだけ孤高を演じようが、その孤高を演じる自分は結局、誰かに自分を見てほしいから演じているだけ。外にいる人達もそうよ。過度に露出した服、汗を流しながら働く人、路上で演奏する人。その誰もが自分の為にやっていると思っているけど、結局は他人に自分を認識してほしいだけ。」
「それはお前の偏見だろ。誰もが他人の為に生きてるんじゃない。」
「・・・ええ、そうね。これは私の偏見。けどね、夏樹。」
手の平をガラスに当て、虚ろな瞳で外を歩く人々を見下ろしながら冬美は呟いた。
「みんなが一人になっちゃえば、みんな幸せになれると思うの。失う不安も無く、他人を妬む必要も無い・・・孤独な世界になれば・・・。」
そう呟く冬美の表情はどこか恐ろしかった。不安定で危機感があり、けど確固たる自信に満ち溢れた狂気じみた瞳。
私は妙な緊張感を感じていた。間違った言葉を選べば、冬美に殺されてしまう。そんな考えが頭をよぎっていた。
肯定するのも違う。かといって、否定するのも違う気がする。二人とも無言のまま、重苦しい空気がエレベーターの中に充満し、早くここから出たかった。
「ねぇ・・・夏樹。」
虚ろな瞳で見つめられながら名前を呼ばれ、思わずビクッと体が跳ねてしまった。
「あなたはどうして会いにきたの?」
「え?」
どうして会いにきた・・・会いに来いと言っておきながらおかしな質問だ。だけど、改めて聞かれると言葉が出てこない。
心配だから・・・いや違う。もっと別の何かの為にここに来たはず。それはとても大事な事のはずなのに、どうしても言葉に出せずにいた。自分の事のはずなのに理解できない。気持ちが悪い・・・自分が自分で無くなったみたいだ。
「それは・・・。」
言葉に詰まっていると、エレベーター内でポーンというこの場の空気に似合わない音が鳴った。エレベーターが8階に着いたようだ。
私はこの場から逃げるように一早くエレベーターから降りていった。
「冬美、どれがお前の部屋なんだ?」
冬美との空気をリセットするために、さっきまでの会話を無かったかのように振舞った。それに冬美は多少腹を立てると思っていたが、冬美は別に機嫌を損なう訳も無く、ポケットから出してきたカードキーを私に渡してきた。
「この番号よ。」
806。カードにはそう書かれてある。カードとドアに記されてある番号を交互に見ながら歩いていくと、806と記されてあるドアの前に辿り着いた。
「ここ?」
「そうよ。鍵開けてみてよ。」
「子ども扱いすんな。これも入り口の奴と同じで機械に・・・。」
無い。カードを読み込む機械が影も形も無い。
「どうしたの?ほら、早く開けてよ。」
私が焦っているのが分かっているのか、冬美は必死に笑うのを堪えながら促してくる。
昔からそうだったが、冬美は私が絶対に分からない問題を出しては、必死に悩む私の姿をニヤニヤと楽しそうに眺めてくる。私が諦めるまで何も言わずにただジッと。
「・・・冬美さん、申し訳ないんですが開けてもらってもよろしいでしょうか?」
深々と頭を下げながらカードを冬美に返した。すると、冬美は何も言わずにカードで鍵を開け、ドアを開けてくれた。
あれ?てっきり何か嫌味でも言うと思ったが、何も言わない?
「・・・ふっ。」
鼻で笑いやがった。嫌味を言われるよりも妙にイラっと来る。
「ほらいつまでも突っ立ってないで入ってよ。」
「・・・お邪魔します。」
靴を脱いで歩いていくと、開放的な広い空間が広がっていた。いや、広すぎる。それにデカいソファやデカいテレビまで置いてあり、デカいキッチンまで置いてあるときた。
マンションってもっとこじんまりとした物じゃなかったっけ?
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒーで。にしても、広いな。こっちにいた時も部屋がデカかったけど、こっちも中々・・・。」
ソファに座ると、丁度いいくらいの沈み具合だった。なるほど一つ欲しい。しばらく堪能していると、冬美がコーヒーと紅茶をガラス製のテーブルに置き、私の隣に座ってきた。
「広い部屋って良いよな。なんだか憧れるよ。」
「ただ広いだけよ。一人じゃ持て余しちゃうわ。」
「一人?おばさんと新しいお父さんは?」
「いないわよ。二人とも。」
私がそう言うと、冬美は紅茶が入ったカップを手に取り、口に運びながら淡白に答えた。
「いないって、どういう事?」
「言葉通り。あの二人は別の家に住んでる。」
「ちょ、ちょっと待てよ!わざわざ東京まで来させといてお前だけ別の場所で生活させてるのか?」
「そうよ・・・新しいお母さんの男が言うには、将来の為に身の回りの事が出来るように用意したそうよ。まぁ、十中八九厄介払いね。ちなみにお母さんも賛成したそうよ。」
私は酷く腹が立った。見知らぬ街に越して来させといて、適当な理由で冬美だけは別の場所で生活させている事に。
「昔はお母さんが好きだった。優しくて、美人で・・・でも今思えば、あの優しさには愛なんて無かった。ただただ、私に興味が無かっただけ。それでいて、周りには如何にも良い母親だと演じていたようだけど。」
「冬美・・・。」
「別に悲しくなんてないわ。むしろ本性を知れてホッとしてる。」
「・・・そうか。」
「そんな事より・・・夏樹、今日来てもらったのは・・・その、一つ聞いて欲しい事があって。」
「聞いて欲しい事?」
紅茶のカップをテーブルに置き、冬美が真剣な眼差しで私を見つめてくる。
「私、自分を見たの。私と瓜二つの私を。」
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