番の押し売りはほどほどにお願いします
病
プロローグ
1
「失くしたぁっ?! う、嘘だろぉ……いつ? いつ失くしたのさっ!」
ここは、とある何処か。
遥か上空にある、どこを見ても白ばかりの世界。
大きな積乱雲の中に隠されるようにして存在する白亜の城の中は、突如としてとある事実が明るみに出たことにより、一同が騒然としていた。
中央に大きな球体が浮かぶ円卓を囲んだ男女数人。その中でもとりわけ若い、少年ほどの見た目をした人物が、円卓を両の手で叩きながら立ち上がり、声を荒げる。
「んー……この間地球で女子会した時だと思うからぁ……たぶん二百年くらい前かなぁ?」
「に……にひゃくねん……」
「そりゃあお前、流石にまずいだろ」
目覚めるような美女が小首を傾げながら気まずげにそういうと、少年がへなへなと椅子に崩れ落ちる。その隣にいた青年もまた、彼女の言葉を聞いて渋い顔をしながらため息を吐いた。
「そもそも、なんでお前がアレを持ってたんだよ」
「そうだよ! なんであんたが持ってるのさ?!アレは今、この【
「えっとぉ……前に見た時にね、物凄く綺麗だったから、つい……出来心でぇ、ちょちょっとね♡」
「も、もしかして」
「え、えへへ」
「ちょろまかしたんだな……」
少年の顔は美女のきまり悪そうな笑みを見て、一気に絶望一色となり、次の言葉を口にすることなく
青年はそんな少年の肩を摩りながら、彼女に厳しい視線を向けた。
「お前さ、いっくらキラキラしたものが好きだからってなぁ、これはさすがにねぇよ。アレはお前にとって宝石ぐらいの価値しかないとしても、他の奴にとってはそれ以上どころか、何にも代えられない大事なもんなんだぜ? しかも、よりによってなんでこの【箱庭】からパクるんだよ……ありえねぇ」
「私だって、すぐ返すつもりだったのよぉ? でもあんまりにも綺麗でしょう? ちょーっと地球の
「おい、いつもんとこって、もしかしなくても……」
「えぇ! ここよ!」
美女がそう言いながら自信満々に指さしたのは、自身の胸の谷間である。
「もぅこいつ馬鹿すぎぃっ! もうやだぁ! 誰かこいつ追放してぇっ! 誰だよこんな奴サポートとして寄こしたやつぅぅぅっ!」
「残念ながら、お前の親だな……」
ついに少年は円卓を拳でドンドン叩きながらヒステリックに泣き喚き始めた。
そんな心からの叫びに、青年も思わず同調して頷きそうになるが、まぁ落ち着けとばかりに情緒不安定になる少年を
「ヌロノス爺、これ……収拾つきますかねぇ?」
「ちょっと、話かけんでくれる? 寝たふりしとるんじゃから」
「いやいや、諦めてくださいよ。んで? どうなんすか、これ」
「いやー……無理じゃろ」
「そうっすよね」
青年の呼びかけに嫌々応じた
「ここ最近【箱庭】が軋み始めた原因は、間違いなくコレじゃのう。このままでは【外】の生物がこの【箱庭】に紛れ込んでしまいかねん。【外来種】はちと駆除が面倒じゃし……キモイのが居ついたらどうしよう。儂……触りたくない」
「いやだぁ……何でこんなことにぃ……一万回目の新婚旅行に行ってくるって万年新婚夫婦にお勉強名目で仕事を押し付けられてから、この数百年毎日毎日一生懸命頑張って、必死に【箱庭】を維持してたのにぃ……こんな馬鹿一人のせいで全部ダメになっちゃう……うっ……パパ、ママ、早く帰ってきてぇ……」
「おい、幼児返りし始めたぞ……泣くな泣くな! ほら、飴やるから、な?」
「私からもこの間神友に送って貰ったグミあげるから、ねぇ機嫌治してぇ?」
「馬鹿女! てめぇの施しだけは絶っ対に受けないから!」
「見事に情緒が崩壊しとるのぅ」
えぐえぐと少年が泣き伏す姿に、青年はどうにかあやそうと飴を山積みし、美女は火に油を注ぐように、見るからに体に悪そうな色のグミを谷間から取り出し投げては激昂した少年に投げ返されている。
「それで? いったいどうするつもりじゃ? もし二百年前に地球に落としてきたというなら、アレはすでにあちらに組み込まれてしまっておるはず。今更無理やり引きはがして持ってくるなんぞできんわい」
「そこなんだよなぁ。もっと早い段階で気づいていればどうにでもなったんだけど」
「じゃ、じゃあ僕たちができることってもうなんにも無いじゃん……」
皆が一斉にため息をついて途方に暮れる中、すべての原因である美女は指を唇に当てて首をかしげると、心底不思議そうにしながら口を開く。
「そんなに大変なことなの? たかが二百年ぽっちこの【箱庭】から離れただけじゃない」
「だからお前は馬鹿なんだよ。肝心な栄養が全部胸にでも行っちまったか? この状況がお前にとってどれだけの危機か、本当にわかってないのか?」
そんな彼女に対し、青年は思わず苛立ち紛れに舌打ちすると、頭を掻きむしりながら悪態をつく。
「何よひどぉい! ここには愛と欲望が詰まってるの! 馬鹿にしないで!」
「あぁ、はいはいそういうのはいいから。いいか、よく聞けよ。アレはな……ある種族の先祖返りのために、今回特別にわざわざ用意した代物なんだよ。恋愛脳なお前なら知ってるだろ? 前に散々奴らの人生のぞき込んできゃあきゃあ言ってたじゃねぇか。なんだっけ? やんでれがどうのこうのって……」
神妙な面持ちのままそういった青年に、美女は視線を斜め上に向けながら思案する。
【箱庭】観察が仕事の一環であり、そして趣味でもある美女は、数ある覗き見経験を脳内検索し、ようやく思い当たることがあったのか、両手をぱちりと胸の前で合わせてうんうんと頷く。
「あぁ! あのヤンデレ製造一族ね! あそこの子はどの子もすごいのよねぇ。どんな手段を使っても欲しいものは絶対に手に入れて、手に入れたら逃げだす口実も与えないまま心も体もでろっでろにしちゃうの。とにかく嫉妬深いけどぉ、物凄く一途なのよねぇ。やっぱり祖先が祖先だけにホントにスパダリばかりでって……ん? 特別に用意したって……」
美女の言葉が不自然に途切れると、次第に顔色が悪くなっていく。血の気が引いていくような音でも聞こえそうなその姿に、ようやく状況を把握したかとばかりに青年はため息をついた。
「そうだよ。アレはそのヤンデレ製造一族とやらから出た先祖返りの為の【番】だよ! 先祖返りが生まれてからもう三百年経つ。 普通なら奴らの種族の性質上、百歳で成人してからすぐに目当てのもんを見つけて囲い込むんだ。でも、奴の半身はもう二百年以上も見つかってない。奴がそのことにしびれを切らして強硬手段を取り始めてるから【箱庭】が軋んでるんだ。見つかるはずねぇよな、だってここに居ねぇんだもん。誰かさんのせいで」
そうして一斉に批判の視線を向けられ、美女は言い訳のしようもなくグッと口を
もし、万が一、この話が本当であるならば、ヤバいどころの騒ぎではない。
そもそもかの種族、【龍神族】が【番】と呼ばれるものを求めるのは、彼らを生み出した創造神により、そう定められているからだ。
これは種族としての当然の本能であり、それがあるからこそ、彼らは彼ららしくできる。どこまでも【番】に一途な種族は、永い時の中で血が薄まっていても、その性質だけは多かれ少なかれ着実に受け継ぎ、今もなお存在し続けている。
けれども、先祖返りである彼は種族の元になった存在の影響が強く、その【番】は特別製なければならなかった。そんな彼を支える半身が、誰かさんのせいでこの【箱庭】に存在しないとなれば、彼に待つのは破滅のみ。
【箱庭】にいれば必ず出会えるはずのものに出会えないという苦しみは、彼の種族としての本能を真っ向から否定しているも同然であり、このままでは理性を失くし、先祖返りゆえの壮絶な力でもって【箱庭】を崩壊しかねない。
「……ど、どうしよーっっ!」
「そもそも、この【箱庭】から勝手に魂持ち出すなんて信じらんない! ここがどういう場所が知ってるはずでしょ?! ホント神様としてどうかと思う!」
机に伏していた少年は、美女の叫びにガバリと顔を勢いよく上げて猛抗議する。
自分の犯した罪をようやく理解し、両手で頬を挟んで顔面蒼白になっている美女は、元々慣れない仕事をすることになった少年のために、サポートとしてつけられていた人物の内一人であるが、そんなサポート係がこれほどまでに考えなしだなんて誰が想像できようか。
その天性の美貌ゆえに周囲から褒めそやされ、自身が考えなくとも周囲が勝手にフォローしてくれるという環境で育ってきたせいか、自分にだいぶ甘く他人に無神経なところがあるとはいえ、仕事に関しては非常に熱心であったため、今回少年の初仕事を支える役目を任されたわけであるが、まさか気に入ったからといって、周囲の目を盗んでこっそり胸元に
たかが二百年という彼女の言葉も、命の限りがほとんど無い神としての視点であり、定命の者からすれば途方もない時間である。
いくら神とはいえ、もちろんやっていいことと悪いことがある。今回に関しては、どの神が見ても確実にアウトな出来事であった。
「先祖返りに見合う魂を流転させてることは、サポートを任された時に聞かされてたはずだぜ? それをまともに聞いてなかったお前が悪い」
「……何よっ! ちょっと借りただけじゃない! そんなみんなして怒らなくても……」
「まだ言うか、この阿呆たれ。これが
「わっわかってるわよぅ……。そうだっ! 要はバレる前に回収しちゃえばいいんじゃない。失くした場所はわかってるんだから、どこにいるかを調べて連れてくれば……」
「だーかーらー! 無理に決まってんだろーが! そんなことしたら魂が傷ついて二度と奴に添わせることができなくなっちまう。そんなことになってみろ? 【箱庭】どころかありとあらゆるところが崩壊するぞ。そうなったら俺たちも無事じゃ済まねぇ」
「だったらどうすればいいのよ!」
やけくそ気味にそう言って頭を抱え始めた美女に、同情の視線は一つもない。
しかしこのままというわけにもいかず、またしても皆が口を噤み、円卓に重い沈黙が広がった。
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