第187話 人間と人外

 

「なにを呑気なことを」

「あ?」

「カネス・ヴィナティキ皇帝家の女のしつこさ……一途さを知らんわけではないだろう?」

「あ」


 シズフさんが目を細めて、デュレオにそう言う。

 最初こそ「なに言ってんだ?」というような顔をしていたデュレオも、なにかを思い出したように顔を顰めた。


「…………。いやいや、まさかぁ? だって俺、人間と子どもなんて作れないもん」

「十年後、淑女になって見返してやればいい。どうせアレは歳を取らん」

「ちょっと待て、ホンット余計なこと言うなよお前! 人間なんて捕食対象なんだっつーの!」

「そういえばヒューバート・ルオートニス、お前のところにナルミがいるとか言っていたな?」

「はい? はい」


 いますね。

 と、シズフさんの問いに答えると、デュレオから潰れたような「ゑ」とかいう声が聞こえてきた。

 ……まさか?


「俺もナルミにはまた会いたい」

「あ、お兄さんの元婚約者、なんですっけ」

「そうだな」


 へえ、意外と仲がいいんだな。

 あのナルミさんに物怖じしない人は初めて見た。

 婚約者さん相手には意外と乙女だったんだろうか?

 ちょっとその辺の話、今度詳しく聞いてみようかな。

 別に「ナルミさんの弱みになるかもな」なんて思ってないよ、ちょっとしか。


「はぁーーーーー!? あの性悪女狐なんで生きてんの!? 体は人間だったじゃん!? 精神的なアレそれは到底人間とは思えないほどドス黒かったけど!」


 デュレオにここまで言われるナルミさん相当すぎん?


「可動式人型量子演算処理システム、ヒューマノイドの体に人格データをダウンロードして、今うちの国で現代の情報収集してるんですよ。ナルミさん」

「げ、げぇ……ヒューマノイド完成させたのかあのババア……」


 ババアってまさかナルミさんのことだろうか?

 怖いもの知らずすぎる。


「デュレオはナルミには逆らえないから、一緒に連れて行ってもいいだろうか?」

「じょ! 冗談でしょ!」

「そうなんですか? それなら別にいいと思いますけど」

「俺はよくないよ!」

「……なんで苦手なんですか?」

「ナルミは母親似だからな」

「「あ、ああ……」」


 思わずラウトと一緒に納得してしまった。

 ろくでもないもんなぁ……。


「でもデュレオに食べさせる人間はうちの国でも用意できませんよ?」

「ごふっ!」

「ウワーーーーッ!」


 突然の吐血!

 ごふごふ、と手のひらで覆った口元からは、血が滴る。

 シズフさん本当に突然吐血するな!?

 でも——。


「シズフさん、魔石、出ました?」

「出た」

「ヒューバート」

「ご、ごめん。でも」


 手のひらに出てきた魔石を見せてもらうと、やはり素晴らしい濃度だ。

 赤々と輝いていて美しいし、これを石晶巨兵クォーツドールに使えたらどうなるだろう!?

 せっかくだから新しい魔石は地尖チセンに使わせていただこう……。


「すまない」

「へ」


 ひょい、と俺の手の上から今しがた吐いた魔石を取り上げるシズフさん。

 いや、まあ、シズフさんが吐いたものだから、所有権はシズフさんでもいいんですけどね?


「ちょっとこれを食ってみろ」

「ぎゃあーーー!? なに食わすぐぅぅぅぉぇぇぇっんぐううう!?」

「なにしてるんですかーーー!?」


 いくらデュレオが身動き取れないからって、自分が吐いたもの——魔石をデュレオの口に無理やり入れるとかーーーー!

 ラウトが俺よりドン引きしてる!

 あ、レナもランディも引き攣りすぎてて笑顔が怖い。


「…………俺本当お前嫌い…………」


 無理やり吐いた魔石を飲み込まされたデュレオが、涙を浮かべて投げ捨てた言葉が説得力ありすぎて可哀想になる。

 ……吐いてるとこ見てるもんなぁ……。


「食後だから効果はわかりづらいが、なんとなくこれでイケる気がする」

「“気がする”だけで吐瀉物食わすんじゃねぇよ!! 俺より外道だよお前!」

「え、え……デュレオは今後シズフさんの吐いた結晶魔石クリステルストーンを、え、食べさせるんですか……?」

「嫌がったら胃に直接入れるから問題ない」

「物理的に穴開けて入れる話してる!? 俺が不死だからってやっていいことと悪いことがあると思わないの!?」

「お前にやっていいことと悪いことを問われてもな……」


 ふう、と溜息を吐くシズフさんだが、さすがの俺もこればかりはデュレオの味方をしたい。

 解決方法他にないもんですかね?


「……オズ……」


 マロヌ姫が泣き止んで、デュレオの方へと歩み寄る。

 じっと見上げる姿は、幼いながらに恋する乙女のようだ。

 まさか、あんな光景を見てもまだデュレオ——オズを想うのか?


「わたくし、りっぱなしゅくじょになります。りっぱなしゅくじょになって、あなたにオンナとしてみとめてもらいます!」

「本気にするなよ! 俺は人間に生殖意欲なんて持ってないんだからさぁ! シズフ、お前どーすんだよコレェ! カネス・ヴィナティキ皇帝家の女のめんどくささ知ってて、なんで煽ってんのー!」

「もう手遅れだと思って」

「手遅れにするなよ! まだ七つだぞ!? 軌道修正間に合ううちに修正しとけ! っていうかなんで俺が人間相手に常識語らなきゃいけないワケ!? もうヤダこいつら本当嫌い! 人間本当嫌い!!」

「「…………」」

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