第184話 立ち向かう心

 

 圧倒的な“捕食者”への抵抗。

 彼女たちにできてなぜ俺にできない?

 シズフさんは立ち竦んだまま動かなくなった。

 オズを殺すことに興味を失ってる?


「どうせ反逆罪で処刑でしょ」


 なんとなしにオズが言った言葉に、殻が破れた。

 恐怖を超えた、多分、俺の中の覚悟。


「黙れ! それを決めるのはこの国の法だ!」


 なぜこうも癪に触ったのか。

 脳裏に浮かんだのは前世で最期に見た二つの存在。

 俺を突き飛ばした電動キックボードと、俺の死因になった車のタイヤ。

 あれ、どっちが悪いことになると思う?

 車なんだよ。

 圧倒的に、俺にとどめを刺した方が悪いことになる。

 でも、原因はキックボードじゃん?

 あいつがいなければ俺は死ぬことはなかった。

 今はどうだか知らないけど、前世の世界で電動キックボードは法的に微妙なグレーゾーンの存在だった。

 あいつ、裁かれないままのうのうと今も生きてるのかな?

 なんの罪にも問われず、「悪いのは止まらなかった車だろ」ってすべての罪を車の運転手になすりつけてるのかな?

 は? 悪いのはお前だろ? と言いたい。

 少なくともあんな状況で車は止まれないと思うよ。

 届くかわからないけど、俺は車の運転手を恨んでない。

 お前だよお前、電動キックボードに乗ってたやつ。

 お前が歩道を疾走して、俺にぶつからなければ俺は死ななかったんだから。

 あいつ——オズの言ってることは、それと似てると思う。

 元凶のくせに、なにを言ってるんだよって話。

 きっと前世の世界で、キックボード乗ってたやつは裁かれなかったんだろう。

 だから!


! エドワードを殺させるな!」

「!」

「なんっ!?」


 シズフさんが俺の声に反応して、[ファイヤランス]を繰り出した。

 全部避けられたが、集中が回避に傾き[浮遊]で浮いていたエドワードが落下する。


「…………」

「このガキ……」


 シズフさんが意外そうな顔で俺を見る横で、オズのヘイトが俺に向いた。

 見られただけで心臓が縮み上がる。

 けど、ここで後ろに下がるわけにはいかない。


「——安らぎを齎せ、[精神安寧]」

「!」


 俺の精神を安定させる目的で使った、俺のオリジナル魔法。

 だがこれが、予想外の効果を発揮した。

 パキン!と派手な音を立てて城の周りにかかっていた魔法を打ち消したのだ。

 なんの魔法を打ち消したの、これ!


「嘘でしょ!? 俺の[精神誘導]が相殺された!?」

「っ!」


 本能的なものだと思っていた恐怖心が消えた!

 驚いた顔をして自白したオズ。

 闇魔法[精神誘導]を使われていたのか! いつの間に!

 闇魔法は基本的に防御特化の属性だ。

 それをやや捻じ曲げ、悪き方向に使ったのが[精神誘導]。

 本来の使い方は犯罪者に良心を煽り罪悪感を与え、反省を促す魔法である。

 ただし、こんな感じに悪い使い方もできるので、うちの国では法を司る者しか習得ができない『特殊禁忌魔法』に指定されていた。

 この国でのオズの立場から考えて、覚えて悪用していたのは想像に難しくない。

 なるほど?

 こうして今殺した五人のエドワード付きの思想を誘導で操っていたんだな?


「クソだなあいつ! ジェラルド、叩き落とせ!」

「了解! 交わる炎と風。天空の導きで我が敵を撃ち落とせ! [フレイムアロー]!!」

「複合魔法だと!?」


 ただの複合魔法ではない。

 ジェラルドお手製の魔法なので、誘導・追尾効果付きである。

 [飛行]魔法で逃げ回っても追いかけ回されるので、無駄に魔力を消費するぞ。

 だが、俺の見立てだとシズフさんとオズもジェラルドやラウトと同じ体内魔力量が破格のタイプ。

 それでも複合魔法は難しい。

 ちゃんと勉強して、努力してこそだ。


「クソ! ウゼー!」


 オズが[ファイヤランス]でジェラルドの[フレイムアロー]を相殺する。

 けど、そんなことしてる場合ではないのだ。


「ラウト!」

「ふん、いいだろう」


 地面スレスレに降りてきたところを、シズフさんが捕まえる。

 腕を掴み捻り上げた。

 すぐに手を離し、オズが「え?」と意外な顔をしている間に落とされる踵。

 脳天に直撃。

 からの地割れ。

 い、威力が! ハンパねぇんだよなぁ!

 普通の人間なら死ぬし、オズも例に漏れずまた死んだ。


「っこの! 性懲りもなく——」

「貴様の芸当は飽きた。まだ歌を歌っているお前の方がマシだぞ、デュレオ・ビドロ」

「はっ!?」


 見上げたオズに向かって手のひらを向けるラウト。

 その瞬間、オズの体を結晶が包む。


「ひぃ、ヒィィィィイイイィ! 結晶がっ!」

「け、結晶病だ!」

「結晶化がなぜ城に! あ、あの男、結晶病を操れるのか!?」

「あ、大丈夫です! 人間が愚かな行いをしなければ、我が国の戦神はこれ以上結晶病を悪化させることはありません。証拠に、ラウト」


 ふん、と鼻を鳴らしながら、オズを包んでいた結晶を小さくしていく。

 結晶病をだいぶ操れるようになってるけど、これでもほんの一部。

 自分が直に作ったものなら、触れて操れる。

 つまり千年前、暴走状態で覚醒した結晶病はまだ操れないのだ。

 それを他国の者に教える義理はないけど。

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