第180話 蠢くもの(5)
……いや、あれが甘いんだろう。
誰も殺さずにこの場を収めたかった。
俺が甘いのだ。
けど……わかっていても、それでも、どうしても!
「エドワード!」
「うっ! ぐぁ!」
「エド!」
というわけで、隙をついて俺がエドワードをぶん殴る!
顔面を、グーで。
「スヴィア嬢も[リフレクションダークネス]の中へ……」
「……っ」
「…………」
避難させようとした。
けれど、スヴィア嬢は倒れたエドワードのところへしゃがみ込んでしまった。
涙を溜めて。
裏切られておきながら、それでもエドワードを見捨てないのか。
……ああ、弱いな、こういう人に。
「な、殴ったな……! 父上にも殴られたことないのに!」
「うわぁ、そのセリフ本当に言うやついるんだぁ?」
「なんだと!?」
某有名アニメの主人公のセリフじゃん。
前世ではすっかりネタと化していたが、リアルで言うやつは異世界にいた!
ハハ、ワロエネェ。
「あ」
「ひっ!」
俺の右肩を誰かが叩く。
見上げればシズフさん。
無表情で、スヴィア嬢とエドワードを見下ろしている。
「こ、殺してはダメです。責任を取らせなければなりません」
「そうか」
多分今の今まで寝てただろうに。
外が騒がしくて起きたのか?
俺がエドワードを庇うと、あっさり納得してラウトの方へと向き直る。
いや、んん?
ラウトの方ではない。
ソードリオ王とマロヌ姫の方だ。
ここは結界の外だが、数名の騎士が[リフレクションダークネス]の外に出てきてエドワードを取り押さえる。
ここはもう任せてよさそうだな、と[リフレクションダークネス]を解く。
一斉に騎士たちがエドワードの兵を取り押さえにかかり、駆けつけた騎士たちも加勢して鎮圧は時間の問題。
とりあえずこれ以上死者は出なくて済みそうだな、と息を吐いた瞬間だった。
「ぐぁ!」
「オズ!」
「は!?」
シズフさん、俺の隣にいたと思ったのに、なぜかオズの首根っこを掴んでおられる。
そのまま持ち上げ、高身長のオズがあっさりと地面から足が浮く。
しかも片手で。
しかし首に食い込む指の力は異様だ。
あれでは!
「シズフさん!? なにしてるんですか!?」
「殺す」
「はいいぃ!?」
聞き間違いかな?
と、希望的観測で聞き間違いを希望したけど所詮は希望。
首を掴んだままシズフさんが次に行ったのは、振りかぶって地面に向かってぶん投げた。
人間を。成人男性を。
しかも間髪入れずにオズの顔面を、精一杯踏みつけたのだ。
——マロヌ姫の、目の前で。
「オズーーー!」
「うわああぁっ!」
「な、なっ!」
俺でも叫ぶわ、こんなん。
シズフさんが思い切り踏みつけた、それだけでオズの顔面だけでなく、地面まで広範囲に砕けたのだ。
腰を抜かさなかった俺を誰か褒めてほしい。
ラウトですら「ええ……」って驚いた顔してるじゃん!
砕けた地面に飛び散る血飛沫。
頭を完全に失った死体が、ビクビクと痙攣する。
「…………え……ちょ、ちょっと……」
俺ももう、なにが起こっているのか。
色々な感情で体がガタガタ震える。
オズは一応、マロヌ姫付きの従者という立場。
え? これ俺らの責任になる感じ?
シズフさんは一応、ルオートニス預かりだもんね?
こ、こ、国際問題なんですけど〜〜〜!?
「って、なにしてるんですか!」
しかしまさかのそれで終わらない。
シズフさんはライフルを取り出すと、痙攣して血を噴く死体に、さらに撃ち込む。
し、死体撃ち〜!
人間としてモラルが一番よろしくないアレ〜!
慌てて止めるが、ライフルのエネルギーが完全になくなるまでしっかり撃ち抜きやがった、この人。
き、鬼畜の所業〜!
「シズフさん、なにしてるんですか! ひ、人としていけないと思います!」
「下がっていろ。死ぬぞ」
「いや、そういうわけには——」
「ラウト・セレンテージ」
「ぎょわぁぁぁぁ!」
「ヒューバート!」
ひょい、と胸ぐら掴まれ、ぶん投げられた。
投げられた先はラウトのところ。
ラウトとラウトに受け止められて、怪我はないけどどういうことだよ!
「ラ、ラウト! シズフさんがオズさんを殺しちゃったんだけど!? 殺しちゃったんだけど!?」
「落ち着け。
「! あ……じゃあ、なにか理由が?」
振り返ってみるが、でも、なんつーか、もう殺っちゃってんだよなあ……!
でも、もしかしたらなにか事情があるのかもしれないし!
「シズフさん! 理由! 理由を教えてください! どうしてオズさんを殺したんですか!」
「…………」
「こらぁー! ちゃんと答えて——」
これはまた近くに行ってきちんと説明させるべきだな、と一歩前に出た時、痙攣していたオズさんの体が立ち上がった。
なくなった首からは、ピューピューと血が噴き出し続けている。
……いや、でも……立ったね?
思わずラウトを振り返ると、ラウトも目を見開いて驚いている。
視線をオズさんの立ち上がった死体に戻す。
グジュ、と嫌な音を立てながら、首から上に骨や肉や神経が伸びていく。
は? は……?
「さ、再生してる?」
ズズズ……と、瞬く間に頭蓋骨が出来上がり、次に肉と神経が全体に広がる。
目玉がぽこ、ぽこ、と出てきて皮が張った。
最後に長い黒髪が早送りのように生えて、左腕がその髪を爽やかに梳く。
「あーあ、せっかく擬態したのに……解けちゃったじゃないの。どうしてくれるのさ、シズフ」
声も違う。
顔は、初めて見たが……多分骨格からして別人。
青かったストレートの長髪は、ツンツンと外に跳ねた黒い長髪に。
妖艶な笑みはそのままだが——死人が、生き返った?
「殺す」
「ははん、やってみなよ。死にかけの強化ノーティス。返り討ちで殺してあげる」
いきなり殺意MAXーーーー!?
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