第67話 番外編 デュラハン
見上げた空は忌々しいほどに晴天。
失敗続きの任務でついにクビを言い渡された。
だが、正直『晶魔獣使役の首輪』を使っても殺しきれないとは思わなかったのだ。
これを破られたのではもう、お手上げである。
どうやっても殺せる気がしない。
せっかく受け取った前金も返して、すごすごと帰郷した男の気持ちはどんより曇っていた。
しかし、村に近づくと子供の笑い声が聞こえてきて頬が緩む。
頭を掻きながら、すべてが魔法陣の上に建設された村の中へと入っていく。
——そこは『死者の村』。
セドルコ帝国のやや東南にあるその村は、とある若い男によって作られた。
鳶色の髪を肩の下まで伸ばしたその村長は、首と右目に亀裂のような傷を持っている。
そのためなのか、左右色の違う瞳をしていた。
顔立ちも美しく、背丈もある。
黒を好んで纏うせいか、近づき難い雰囲気。
けれど、話しかければ笑顔で応えてくれる気さくな性格。
そしてなにより、その村長は歳を取らない。
幼い頃、親に捨てられた男は村長に拾われて一命を取り留め、この村の者としてこれまで三十年以上生きてこれた。
本当に感謝してもしきれない。
その人のおかげで家族とも呼べる村の一員になれたのだから。
だが、その村長はあの頃から変わらない。
皺の一本も、白髪の一本も見当たらない。
ずっと村に篭り、あの大掛かりな魔法の研究を続けている。
この
しかし、結晶化していても、
何年、何十年——何百年経とうとも、この人ならきっと、必ず、いつかやり遂げるだろうと心の底から信じていた。
「あ! トニス帰ってきた!」
「おかえりー、トニスー!」
「おお、ただいま。旦那は起きてっかぁ?」
「さぁー?」
「でも今日は見てないから、いつものところにいるんじゃないかなー」
「わかった、行ってみるわ」
村の入り口側に来ていた子どもたちの頭をポンポンと軽くたたき、荷物を抱え直してゆっくりとした足取りで進む。
あの子たちは賢いので、村の外に一歩でも出れば死ぬと知っている。
魔法陣の上は硬い床のように難なく進むことができ、村全体が
村は、そうして
時折外から土を持ち帰り、区切られた生産エリアで作物や家畜を育てて自給自足をしている。
水や火などは魔法を使えばいい。
なにも問題はなかった。
男——トニスも、村の外へ出る必要はなかったのだ。
けれど、トニスは村の外に出て仕事をする道を選んだ。
土を持ち帰る役目を買って出て、村の役に立ちたかったのかもしれない。
あるいは、外の世界に興味があったか。
自分を捨てた親の顔を見てやろうと思ったのか、その親に復讐したかったのか……今ではもうどれも正解のようであり、間違っているようにも思う。
階段を登り、村の中心部にある巨大な魔法陣施設に入る。
中は魔法陣だらけ。
村の維持のためでもあるが、村長の研究拠点でもあるからだ。
案の定、その人は魔法陣の組み替えを行っていた。
「旦那ぁ、ありましたぜ。『聖女の魔法』にまつわる本。何冊か買ってきました」
「助かる。お帰り、トニス」
「へい、ただいま戻りました」
荷物の中から本を取り出し、宙に浮かぶその人へ向ける。
彼の魔法で本はトニスの手元を離れて、浮かぶその人の元へ運ばれた。
「他に外から買ってくるもんありますかい?」
「いや、しばらくはいい。それよりも晶魔獣使役の首輪はどうした? よく帰ってこれたな?」
「え? あ、ああ、あれはまあ、はい。予備をまあ……すいやせん、勝手に持ち出して」
「そうだな」
「……?」
本を開くでもなく、魔法陣を上に移動させてその人は珍しくトニスの方へと降りてきた。
調べ物をしている時は、そちらに夢中な人なのに。
しかし、降りてきた村長の顔を見てギクリと肩が跳ねた。
冷や汗が全身から噴き出す。
「あ、あの……旦那……なんか怒ってません……?」
「なぜ俺が怒っていると思う?」
「え、ええ? そんなのわからな——」
「俺はお前の仕事、収入源についてもっときちんと聞くべきだったと反省している」
「——!! ……あ……、う……」
ばれたのだ。
目を逸らし、頭を掻く。
色違いの双眸より逃れる術はない。
早々に観念した。
「申し訳ありません。人を殺めて得た金でした」
「はぁ……」
深く溜息。
しかしそれ以上の追求はない。
ありがたいような、逆に恐ろしいような。
「いつの時代も人の命は金になる。世界が滅亡に王手をかけていてもこれだ。人類が人類である限り、逃れられない運命なのかもしれない。やはりギア・フィーネは……」
「だ、旦那? あのぅ」
「なんでもない。詮なきことだ。……それに、今回お前が失敗したのには俺の責任もある」
「は、はい?」
この場から動かない——村の維持のために動くことのできない村長が、今回の暗殺失敗に責任?
本気で意味がわからず、片方の眉尻を上げる。
「だが、今後はその仕事はするな。お前の能力は人を救うことに使え」
「……オレァ、この村の連中だけ助けられりゃ、それで……」
「今はない国の言葉に『情けは人の為ならず』という言葉がある。良い行いは巡り巡って己の為になる、という意味だ。目の前の大切な者だけを守るという考え方は俺も好きだが、どうせなら見知らぬ者にも手を差し伸べられる男になれ。お前ならなれる」
「……うう……」
真っ直ぐに見つめられ、微笑まれる。
それはもう、自信満々に。
(くっそ、敵わないねぇ)
父であり、兄であり、師のような人だ。
跪き頭を垂れる。
「わかりました。もう人を殺める仕事はしません」
「それでいい。では早速ルオートニス王国に行ってくれないか。調べてほしいことがある」
「調べてほしいこと?」
「あの国の王子だ」
「……は、はあ?」
あの国の王子といえば、暗殺依頼のあった対象ではないか。
暗殺は失敗するし、できればもう関わりたくないのだが——。
「具体的になにを調べればいいんで?」
「面白いものを作っているらしい。だが、まあ、たまにはセドルコ以外の国の情報も知りたい」
「はぁ……まあ、はいはい。わかりましたよ。旦那の頼みじゃあ断れませんからね」
「たまに帰ってこいよ。だがまあ、一休みしてからで構わん」
「はぁい」
しっかり休ませてくれるらしい。
立ち上がり、玄関で頭をもう一度下げてから外へと出る。
さっきまで忌々しいほど美しかった青空が、今は清々しい青空に見えてきた。
人を殺める仕事をしているとばれたら、村から追い出されるのも覚悟していたのに。
「まったく、デュラハンの旦那はお優しすぎるんですよ……本当に……」
いつかあの人が世界の汚いものに穢されるのではないか。
心配で堪らなくなるほどに。
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