第51話 お茶会(4)

 

「がふっ」

「いや、いや! ヒューバートさま、ヒューバート様! ヒューバート様ぁぁぁああぁ!」


 レナの悲鳴。

 その声に呼応するように、レナの体が光る。

 俺の欲目とかでなく、マジで、物理的に光ってる。

 これは『聖女の魔法』?

 その光が俺を包むが、体調はよくならない。

 でも、お陰で頭が急速に冷えた。

 ——胸と喉の焼けるような痛み、痙攣、痺れ、泡、呼吸困難。

 そして、ジェラルドが言っていた、甘い匂い、魔法が効かない。

 つまり、これは——!


「退いてください! これはセドルコポイズンビーの痺れ毒です! 魔法では解毒できません!」


 意識が、遠のいてきた。

 そのタイミングで、聞き覚えのある声。

 これは、リーンズ先輩?


「お、お前は何者だ!」

「待ってくださいね、すぐに解毒薬を作ります。どなたか水を持ってきてください!」

「待って、水ならぼくが作ります。コップを!」

「は、はい!」

「セドルコポイズンビーの毒には、ハニーシロップとデュアナの花の汁、魔樹の樹液……これで完成です! ヒューバート殿下、即席ですが解毒薬です! 飲んでください!」


 無茶をおっしゃる。

 と、思うが、まだかろうじて意識があるので頑張って口を動かす。

 なんか流れ込んできたが、舌が痺れてなにも感じない。

 でも、リーンズ先輩の予想と俺の予想は一致している。

 セドルコポイズンビーは、隣国セドルコ帝国で品種改良された毒虫。

 自然界のものではないため、[解毒]魔法は余程の知識量がないと対応しないのだ。

 ジェラルドが悪いわけではない。

 なにしろ帝国で一時期、皇帝の帝位を争うために三十人近い人間を刺し殺したとされる暗殺のためだけに生み出された蜂なので。

 俺が知っていたのは、自分がいろんな相手から暗殺対象になっていたからだ。

 っていうか、意識が飛びそうで飛ばない。

 薬、上手く飲めたのかな……?


「ヒューバート様、ヒューバートさま、ヒューバートさまぁ……」


 レナの泣き声が聞こえる。

 やだなぁ、俺、レナには笑っていてほしいのに。

 レナ、泣かないでほしい。

 多分死なないから。

 一応王族らしく、食事に少量の毒を混ぜて耐性をつけるっていうのは、やってるし。

 いやぁ、リーンズ先輩の薬、味が分からなくてよかった、とか、呑気にも考えられるぐらい余裕あるし。

 なんか申し訳ないなー。

 体が動かないだけで、意識あるからみんなが泣き叫んでるのが聞こえて……うっ、良心が。


「すぐに医務室へ運んで、適切な治療を行えば後遺症も残らないと思います」

「結局貴様は何者なのだ!」

「アグリット・リーンズと申します」

「え! リーンズ先輩!?」


 なんで驚くんだジェラルド。


「人間だったんですか!?」


 !?

 え? まさか? リーンズ先輩が?

 あの花の着ぐるみ、着てないの?

 え? 待って待って待って?

 み、みたい、すごく見たい! 見たいんですが! 見たいんですが!?

 リーンズ先輩の素顔おおおぉ!


「お茶会の話を聞いて、採集がてら来ていたんです。花はもう、学院と城の庭にしか咲いていないので……。あ、採集の許可はいただいていますよ!」

「そうだったんですね……。ありがとうございます!」

「とんでもない。蜂は植物を繁殖させる大切な役割を持つ生き物なので、こういう使い方をされると腹が立ちます……では、わたくしめは研究塔に戻りますよ。人間の目に晒されると蕁麻疹が出るので」

「なんと……」


 その声を最後に、リーンズ先輩の気配が遠のく。

 それと同じように、背中が猛烈に痛くなってきた。

 ううう、と呻くと、周りからまた心配の声が!


「ヒューバート、大丈夫!?」

「せ、なか……」

「背中ですか!? 背中が痛むのですか!?」

「きゃあ! 大きな紫色の蜂が潰れています!?」

「これがセドルコポイズンビーか! 毒が残っているかもしれない! すぐに取って差し上げよう。くそ、担架はまだか!」

「僭越ながら殿下を我々でお運びします! 道を開けてください!」


 護衛騎士のにいちゃんたちの声。

 浮遊感のあと、背中の痛みが広がってきて脂汗が出てきた。

 ついでに、痛みで気絶した。

 目を覚ますとそこは城の自室で、侍女の話では丸一日眠っていたという。

 リーンズ先輩がたまたまそこにいて、素早く処置をしてくれたおかげで後遺症もないだろう、とのことだ。

 ただ、あまりにもいいタイミングでリーンズ先輩が現れたことに、一部の貴族は疑問を持っているらしい。

 セドルコポイズンビーの存在を知っていて、解毒方法も知っている者。

 確かに、普通に考えれば怪しいのかもしれない。

 でも、リーンズ先輩にはお茶会の話はしたし、なんならジェラルドに「気が向いたらきてくださいって伝えておいて」とは言ってた。

 あの通りモンスターのような着ぐるみを着てるし、超引きこもりなので期待はしていなかったけど。

 それでも、採集を理由に近くまではきてくれていたのだと思う。

 それに、俺はリーンズ先輩に「レナを守る」と啖呵を切っている。


「リーンズ先輩は誰がなんと言おうと俺の命の恩人だ。口差がない噂を流す者は処罰対象にしてもいい。そう周知してほしい」

「かしこまりました」

「それと、ランディにも責を問わないでくれ。もし責任を取りたいというのであれば、セドルコポイズンビーの調査を頼みたい。この国にいるものではないからな」

「そのように」


 侍女さんたちにそうお願いしたあと、息を吐き出した。


「……生き延びた……」

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