第31話

 フィル達が探索者を初めて三か月が経過した。

 探索者の階級がビギナーから初級に上がるのは一律六か月経過後なのでまだ二人はビギナーのままだ。

 この三か月間、フィルは一日置きにゴブリンの洞窟へと潜り、迷宮に行かない日はマーサの錬金工房でポーション類の生産を手伝い、弓の指南を受け、帰宅しては鍛冶仕事を行うという生活を欠かさずに続けてきた。

 養成学校の教官になんでもそつなく熟せるが、決して一流にはなれないと評されるほどの器用貧乏なフィルではあるが、唯一弓だけはそこそこの適性があった。

 そのフィルが弓に専念して三か月間一心に努力してきたのだ。

 血の滲むような訓練と豊富な実戦経験を経て、フィルの弓の腕前はマーサをして一流を目指せるのではないかと言わしめるほどの伸びを見せていた。

 それでも生まれながらの一流であるエルフの弓手には到底敵わない腕ではあるのだが、探索者として及第点の実力があると言っていいだろう。

 そんなフィルは今、レオと共にゴブリンの洞窟の第二階層へとやってきた。

 第二階層は第一階層と違って、ゴブリンの上位種が現れる場所だ。

 上位種とは、裸に申し訳程度に局部を覆う腰蓑に棍棒と呼べるかも怪しい木の棒といった装いのゴブリンとは違い、錆びてはいるが鉄の剣を持ち、木製の盾を持つゴブリンファイター、木製の手作りなのか造りの荒いものではあるものの弓矢を持つゴブリンアーチャー、木製の杖と襤褸ローブを身に着け初級の魔法を扱うゴブリンメイジといった者達だ。

 ゴブリンの洞窟では、ゴブリンが住処にしている場所に稀に鉄鉱石をため込んでいることがあり、これが副産物として手に入ることがあるのだが、ゴブリンファイターが持つ鉄の剣も錆びているとはいえ鋳つぶせば再利用できるのでこれも副産物となるので、鉄をより多く入手できるようになっている。

 副産物の入手と多様な攻撃パターンを持つ敵との戦闘訓練を積めるとあって第二階層に狩場を移してから一か月。フィル達は、今日でゴブリンの洞窟を踏破して総仕上げを行うつもりだ。

 フィルの弓の腕も上がり、人型の魔物にも抵抗なく攻撃できるようになったので獣の楽園に攻略する対象を移すのだ。

 それには精力剤を作りすぎて売れなくなってきたと理由もあるのだが。


 「よし、行けるな?」


 「うん、任せて」


 フィル達は階層主前の広間の入り口で身を隠して様子を窺っていた。

 広間にいるのはゴブリンファイターが二匹、ゴブリンアーチャーが二匹、ゴブリンメイジが一匹の計五匹。

 これをフィルが弓で全てを倒すことを最終目標としていた。


 「じゃあ行ってくるね」


 「おう、頑張れ」


 レオの激励を受けて、フィルが物陰から弓を構える。

 レオはいつでも助けに入れるような態勢に入っている。

 果たして、すぐに接近してくるゴブリンファイターの数を減らすのがいいのか、それとも遠距離攻撃を仕掛けてくる数を減らすのがいいのか。

 フィルが出した結論はまずゴブリンファイターを倒し、すぐさま二射目を放ち、ゴブリンメイジを倒すことだった。

 フィルは深呼吸してから集中して狙いをつける。フィルが放った一射目はゴブリンファイターの右目に突き刺ささる。

 青鋼産の鏃を備えた矢は容易く脳まで到達し、ゴブリンファイターを絶命させる。      

 そして、フィルは素早く矢筒に手を回して二射目に入ろうとした。

 しかし、矢の風切り音とゴブリンファイターに矢が突き立った音はゴブリンたちの耳に届いていた。

 そして、決定的だったのがゴブリンの内の一匹がゴブリンファイターに矢が刺さるところを目撃していたことだ。


 「ギイイイイ」


 そのゴブリンから不快な声が上がる。

 その場にいたゴブリン達が広間の入り口に注目した。

 フィルが放った二射目は警戒態勢に入ったゴブリンメイジに躱されてしまう。

 

 「ちっ」


 らしくないことにフィルは舌打ちをして矢筒の矢を抜きながら広間へと駆け出した。

 フィルは走りながら弓に矢を番える。狙うのはゴブリンメイジだ。やはり魔法攻撃は厄介なので先に始末したいところだった。

 動きながら矢を放って当てるということはきちんとした訓練を積まなければ難しい。

 しかし、フィルはこの三か月間あらゆる場面を想定した訓練と実戦を繰り返してきて走りながら的に矢を当てることを可能にしている。

 迫ってくるゴブリンファイターと一定の距離を保ちながら隙を伺う。

 ゴブリン達は練度が低い。

 そして、それはゴブリンメイジやゴブリンアーチャーにも当てはまる。

 ヨークのように魔法を放つには当然ながら訓練が必要なので、練度の低いゴブリンメイジが動きながら魔法の詠唱は出来ないし、ゴブリンアーチャーも立ち止まってから矢を放つことしか出来ない。

 そう、魔法を詠唱する際には必ず立ち止まる。

 フィルが狙うのはそこだ。

 ゴブリンファイターのプレッシャーに打ち勝ちながらゴブリンメイジを倒せるか。

 そこが勝負の分かれ目と言っていいだろう。

 ゴブリンメイジの足が止まる。

 魔法の詠唱だ。


 (ここだ)


 フィルはゴブリンメイジに二度目の矢を放つ。

 すると、フィルの矢はゴブリンメイジの胸部に吸い込まれた。

 ゴブリンメイジは驚愕した顔を浮かべながら仰向けで倒れる。

 見事にゴブリンメイジを倒したフィルだが、喜びの感情を感じる間もなく矢が二本飛来する。

 ゴブリンメイジと同時に足を止めたゴブリンアーチャーからの攻撃だ。

 動き回るフィルに対して狙いが定まらなかったのか矢はフィルの後方に流れていく。

 しかし、それに気を取られていたフィルは、ゴブリンファイターの接近を許してしまう。

 ゴブリンファイターの剣がフィルを襲う。

 ゴブリンファイターの動きを予測していたフィルは何とか躱してバックステップで距離を取ると弓を構えた。

 剣を振り切って地面を叩いたゴブリンファイターは未だに態勢を崩した状態だった。

 フィルが放った矢は、ちょうどお辞儀をする格好になっていたゴブリンファイターの頭頂部を貫く。


 (残り二匹)


 フィルは、二射目を行おうとしているゴブリンアーチャー二匹の様子を目で捉える。

 弓対弓の対決ならば、止まってしか射ることのできないゴブリンアーチャーに負ける気はしなかった。

 フィルの予想通り、ゴブリンアーチャー二匹は容易く倒すことができた。

 そうしてフィルは、ゴブリンの上位種五匹の討伐に成功する。

 ふうと息をついたフィルにレオが駆け寄り肩を叩く。


 「やったじゃねーか」


 「うん」


 レオがフィルに労いの言葉をかける。

 フィルは達成感と、自分が強くなっていることを実感して胸が熱くなる。


 「階層主はオレの出番だな。フィルは見てるだけでいいぞ」


 「そうさせてもらうよ」


 フィルが相応に消耗していることを見て取ったレオは、階層主は自分の出番だと主張する。

 フィルもさすがに疲れていたし、大人しく階層主をレオに譲ることにした。

 階層主への扉を開く。

 先程の広間よりも広い空間がそこにはあった。

 そして、そこの奥に佇む一匹の魔物がいた。

 ホブゴブリン。

 それが、ゴブリンの洞窟の階層主だった。

 ゴブリンの上位種ではく、種族的な上位種。

 それなりに強い魔物ではあるがあくまでもここはビギナーダンジョンであり、階層主としては最弱でぱっとしない存在だった。

 

 「すぐに終わらせてくるわ」


 レオは軽い感じで手を振ってホブゴブリンへと向かう。

 ホブゴブリンは咆哮を上げ威嚇するが、レオはなんら反応することもない。

 涼しい顔で歩くレオに苛立ったのか、ホブゴブリンは右手に持った剣を振り上げながらレオへと迫った。

 フィルやホブゴブリンでは視認できない斬撃がホブゴブリンの振り上げた右腕を切断した。


 「ギイイイイイ!」


 ホブゴブリンは苦痛に叫びながら切断された右腕を左手で抑える。

 そこにレオは再び刀を一閃し、ホブゴブリンの首を落とした。

 

 「やっぱり凄いや」


 フィルは嬉しそうにレオに駆け寄りながら笑顔を浮かべる。

 もうフィルに剣や刀に対する執着はない。

 フィルは純粋にレオの勝利に喜び、その強さを称えた。

 こうしてフィル達は、迷宮を踏破しゴブリンの洞窟からの卒業を迎えることとなった。



 

 

 

 

 

 

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