変わり者の少女
——あの日、月が落ちてきた。
世界……少なくともここ、
ニューラグーン国においては
前代未聞の混乱が起きた。
国土のすぐ近くに、
月から伸びる鎖が刺さったからである。
無論、ニューラグーンの
騎士たちが調査に赴いた。
しかし、帰還者は一割程度にとどまり、
その一割も皆、重傷を負うなどしていた。
——バケモノはクライヤマから降りてくる
——これはクライヤマの侵略行為である
——クライヤマの巫女は、邪神である
此度の惨状を介して、
ニューラグーンの人々はそう考えるようになった。
だが彼らとて、
悪意があって言っているわけではない。
いやむしろ、
賊心に曝されているのは我々であると。
そう、信じてやまなかった。
—— この少女を除いて
彼女の名はポリア。
ニューラグーンの
ごく一般的な家庭で暮らす、
十五歳の少女である。
周囲の人間よりも勉強熱心で、
同時に、目を見張るほど旺盛な好奇心を持つ。
そのためか、学校では集団に馴染みにくく、
少々内気な性格をしている。
「ポリア~、たまには遊ぼうよ」
その日の授業が終わり、
玄関口で外履きに履き替えていた時、
クラスメイトが遊びに誘った。
「え、わ、私?」
「そうだよ。
これから皆でカフェに——」
「ご、ごめん。
私、まだ読み終わってない本があるから」
「また本?
そんなに読んだって変わんないっての」
「え、えっと、ごめんね。
誘ってくれてありがとう!」
誘いへの感謝を述べつつ、
ポリアは足早に帰路に就いた。
集団での騒ぎがあまり得意ではない彼女が、
今のような誘いに乗ることは滅多にない。
それよりも、自身を沸き立たせる
好奇心に忠実で居たい
という想いが強いからだ。
それに——
——私なんかが行っても、
盛り下がるだけだもん
と、恐るべき悲観をしていたのである。
さて、帰宅した彼女は、
宿題を処理するため机に向かう。
これはもはや彼女のルーティーンであり、
その目的はさっさと本を読み始める事である。
勉強熱心なポリアにとっては、
学校の宿題など取るに足らぬ存在であったが、
その割には趣味の時間を割いて来る
厄介な存在でもあった。
——やっぱり、さっと終わらせるに限るよね
ペンを持ち、帳面に問題の答えを記す。
反復が大事とはいえ、
かさ増しとしか思えない問題の繰り返しに
うんざりしながら進める。
「ふう、終わった」
得られる学びが一切ないまま、作業は終了。
インクが乾いたのを確認し、
帳面を閉じて鞄にしまった。
代わりに、机の右側に置かれた本棚から
一冊抜き取った。
——クライヤマ古事
表紙には、そう書かれている。
流浪の旅人がクライヤマに立ち寄った際に、
住人から伝承、口伝を集めて記した
書物の写しだと言われている。
「巫女を中心とした統治体制をとっている……
それ以外に身分は存在しない……」
月が落ちた時、誰しもが
クライヤマに憎しみを向けた。
大人も子供も皆だ。
確かに月はクライヤマに接近したし、
鎖はそこを中心に分散している。
バケモノだって、
クライヤマから降りてきている可能性が高い。
他の場所では、
バケモノの出現など観測されないからだ。
——けど、決めつけるには証拠が足りないよね
現状、クライヤマについて言われていることは、
あくまで言われているだけにすぎない。
根拠とされているのはどれも状況証拠であり、
推論や憶測に過ぎない。
誰一人とて、真実をその目で見た者は存在しない。
「うんうん。やっぱり、おかしいよ」
このように、旺盛な好奇心を持つポリアを
最も刺激しうるのは、クライヤマの関連である。
最初は、ただの憧れであった。
平穏でいい場所そうだとか、巫女が美しいとか。
それから興味へと派生し、
炎は燃え続けたまま現在に至る。
そんな彼女だからこそ、
気が付くことが出来た違和感が存在する。
「日の巫女が、月を使って侵略するなんて変だよ」
誰しもが「巫女は邪神だ」
と言う様になってきている。
しかし、その巫女が「何の巫女」なのか
まで知る人間はほとんど居ない。
クライヤマに座するは「日の巫女」である。
それがなぜ、月を落として自らの拠点を影るのかと。
平穏に暮らす人々がなぜ
対外侵略などする必要があろうかと。
憧れから生じた関心は、彼女にそう盲信させた。
盲目的であるという点に関しては、
彼女もまた、
ほかのニューラグーン国民と同等であった。
——翌朝
昨日までと変わらない、退屈な学校へと向かう、その道中。
「おはよう、ポリア」
昨日の放課後に彼女を誘ったクラスメイトだ。
「あ、お、おはよう……」
「やっぱ昨日来ればよかったのに。すっごい楽しかったよ。ライアン君がね——」
昨日カフェで起きた面白い出来事とやらを、ポリアに半ば強制的に話す。
おそらく何割か誇張されているであろう話が続く。
「そ、そう、なんだ……」
「……」
ふとポリアの表情を見たクラスメイトは、彼女が話に興味を示していないことに気が付いた。
「んで、昨日は何を読んでたわけ?」
「え?」
「え? じゃなくって。どうせ本、ずっと読んでたんでしょ?」
「う、うん」
自分の事について訊かれるなど、一切想像していなかった彼女は少し困惑した。
それと同時に、正直に話すべきなのか迷っていた。
正解が「クライヤマ古事」だからである。
ある世論が蔓延る現状において、その告白が何を引き起こすか分かったものではない。
——と、そう考えた彼女だったが、一転して、言ってやろうと決めた。
——何も恥ずかしい事じゃないもんね
——知っているからこそ言える
——私は、あんな素晴らしい集落について知っていることが誇らしい!
「えっと、昨日はね——」
ふと、一台の馬車が目に留まった。
ニューラグーンの物でない紋章が付いている。
どこかで見た覚えはあったが、答えを思い出すには至らなかった。
「うんうん」
なかなか続きを言わないポリアに対し、クラスメイトは一応の相槌を打つ。
「え、あれって……」
しかしこのとき彼女は、クラスメイト、ましてや、自分の話の続きなど考えている余裕はなった。
それどころではなかったのだ。
「ポリア?」
馬車の方を見つめ、何かに驚いた様子の彼女をのぞき込むクラスメイト。
——いや、でもそんなはず……
「ポリアってば」
「え? ああ、ごめんね」
彼女の視線を引きつけたのは、高貴な馬車から降りた男性。
自分よりいくつか年上であろうその人物はどうしてか、
クライヤマの民族衣装に瓜二つな服を身にまとっていた——。
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