第二章:破壊
隠れん坊の記憶
——???
「もういいか~い?」
目を瞑り一分数えた少年は、
遊び相手の少女に問いかけた。
「まあだだよ」
返事は否。
隠れる側の少女は、
まだ準備が出来ていないようである。
木々が風に吹かれてなるガサガサという音を
聞きながら数秒おいて、再び少年は問う。
「もういいか~い?」
「もういいよ~」
次の返事は然り。
振り返った彼は周囲を見渡す。
無論、足跡などは残っていない。
彼女ならどこに隠れるかといった推測か、
または勘で探し当てるほかない。
「どこだ……?」
声の聞こえ方から考えて、
おそらく遠くには行っていないだろう。
そう推測し、近辺をよく見る。
だがやはり、痕跡は見つからなかった。
どうやら、勘で捜索するしか——
「ほら、どいたどいた」
キョロキョロと見渡していた少年の近くを、
大量の作物を乗せた荷台が通った。
——訊いちゃおう
ほとんど反則に近い妙案を思いついた少年。
目を瞑っていなかった人物から、
目撃情報を募るというもの。
人脈は一種の武器であると、無論、
この少年がそこまで思案したわけではないが。
「あ、おじさん」
「なんだ、ユウキ?」
「リオ見た?」
「ああ。リオならさっき、
そっちの林に入っていったぞ」
野菜を運ぶ男が指さしたのは、
ユウキが数えていた場所のすぐ裏。
薪をとるための林の方向であった。
「ありがとう!」
「怪我すんなよ~?」
「うん!」
多少の罪悪感と共に、
リオ捜索の為に林へ入った。
住人の声と生活音があるから
恐怖心は抱かないだろうが、
それらの音が無ければどう感じるだろう。
うっそうとしていて、薄暗い。
他の場所よりも少しじめじめしていて、
名前も分からないような
小さい生き物たちが跋扈する。
そんな場所である。
「この辺かな……」
バリバリと落ち葉を踏みながら進む。
その度に、米粒大の羽虫が逃げ惑う。
それらが靴や胸元に入らないように気を払う。
しかし同時に、周辺の景色にも注意を向ける。
彼女の背丈はユウキよりも少し小さい。
慎重に、彼自身は入れないような
場所であっても、よく確認する。
——木に登った?
——背の高い草むらの中?
——岩の隙間?
と、林に入ってから数分ほど探したが、
進捗は無かった。
なかなか見つからず、
そろそろギブアップを告げようかと考え始めた、
その刹那の出来事である。
「きゃっ⁈」
「うわ⁈ ビ、ビックリ——」
「虫! 虫!」
太い木の陰から、
探し求めた少女が飛び出してきた。
セリフから察するに虫に驚いたようで、
ちょうど通りかかったユウキに右側から飛びついた。
「グェ、リオ……‼」
「助けてユウキ、虫が、虫が!」
「いや虫よりも……っ‼」
必死だった彼女は、
自身の腕がユウキを絞めていることに気付かなかった。
「あ、ゴメン……。大丈夫?」
「ふう……かくれんぼで死ぬところだった」
そんなことを言いつつ、少年は少し顔を逸らした。
この息切れと動悸の原因が、
絞まっていた事だけではないと、
悟られないためである。
一息いれて心を落ち着かせ、
拍動の間隔が戻ってきたのを確認して、
彼女に言葉をかけた。
「はい、リオ見っけ」
「あ~あ、虫のせいだよ、もう」
悔やむように地団駄を踏む少女。
少年は思わず——
「じゃあ、なんで林に隠れたのさ……」
と、純粋な疑問を吐露した。
広場に戻り、鬼を交代。
今度はユウキが隠れ、リオが捜索する。
——七……八……九……十……
右腕で目を隠し、一分のカウントを始めた少女。
「よし、ここならバレないでしょ」
——三十一……三十二……
カウントは未だ半分程度だが、
ユウキは既に隠れ場所を決めた。
社の裏にある比較的大きな木の枝。
そこに登り、出来るだけ葉で体を隠す。
「六十! もういいかい?」
畑の男たちの声に紛れて聞こえた、
かすかな少女の声。
準備万端である少年は、
自信たっぷりな様子で問いに答えた。
「もういいよ~‼」
社の裏という絶妙なポジション。
遠くからでは紛れて見えない葉の中。
——今回は僕の勝ちかな
見つかることは無いと自負していた少年は、
しかし、次の瞬間に驚愕する。
「はい、ユウキ見~つけた」
「……えっ⁈」
まさかの言葉と、
異様な早さで何も言えなかった。
いったい何が起きたのか。
その答えが出ないまま木から降りる。
「何で分かったの?」
「へへっ、何でだと思う?」
足跡を残したとか、
誰かに思いっきり見られたとか。
そんなことを想像する少年。
だが、その疑問は全て間違いであると。
一般人でしかない彼には、
とても想像できない手法にて——
「なるほど……」
リオを見ると、
祈祷のジェスチャーをしていた。
将来的に「日の巫女」への就任が
決まっている彼女は、既にその片鱗である
太陽の加護を持っている。
力の一端には占いを可能とするものもある。
すなわち、これは、ユウキの
「人に訊いてみる」なんて行為が
かすむほどの不正行為であった。
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