第9話 意外な名探偵

うむむむ、とナターシャは唸っていた。

ミステリ作品の真相に挑戦しているのだ。

しかし、中々スッキリとした考えが出てこなかった。

何度も何度も、作品を読み直した。

けれど、読めば読むほど訳が分からなくなるのだ。

変だなとか、ここが矛盾している、というのはわかる。

そしてなによりも、この作品の真相をうやむやにしているのは、前もって犯人がわかっていることだった。

探偵小説、あるいはミステリと呼ばれる作品には、いくつか代表的なストーリーが存在する。

いわゆるテンプレというやつだ。

ナターシャが今まで読んできたミステリ作品は、その中でも王道中の王道なものばかりだった。


それは、不可解な状況で人が死んでいる。

それが発見される。

では、この殺害事件の犯人は誰なのか?


基本的に、ナターシャが今まで読んできたミステリ作品は、犯人を突き止める作品ばかりだったのだ。

犯人が最初に明示される作品もあるにはあったが、まだ読んでいなかった。

だから、まずもって考え方が、推理の仕方がわからなかった。

それにそもそも、ナターシャは本格的にこういった作品の謎に挑むのは、これが初めてだったのである。


「手がかりは全て揃っている。

なら、この矛盾はどういうことでしょう??

嘘、をついているのはわかります」


こうした殺人事件を扱っている作品の犯人たちの共通点。

それは、作品を問わずに決まっている。

つまり、嘘をついている。

あるいは、嘘を作っているということだ。

捕まらないために。

自分の罪を隠すために。

けれど、この作品はそれらに当てはまらなかった。

なぜなら、作中で犯人は明示されている。

そして、おそらく捕まって取り調べを受けているような描写があるからだ。


考えれば考えるほど、深みにハマり始める。

そしてまた、むむむ、と作品と睨めっこすることになるのだった。

それを見ていた長兄と次兄もやってきて、謎に挑戦し始める。

三兄妹が、そんなことをしているものだから、いつまで経っても客間の掃除が出来ないと嘆いたメイドが、この家の主人へ泣きついた。

つまり、ナターシャ達の母親にチクったのであった。

その母親は、キッチンにて貰いもののアップルでパイを焼いている所だった。

時計を見て、それから窯の中を確認する。


「うん、もういいかな」


少女のようにわくわくと声を弾ませながら、こんがりときつね色になったパイを取り出す。

香ばしくも甘酸っぱい香りが漂う。

そこに、長年男爵家に仕えてくれている老メイドが駆け込んできた。

そして、


「奥様!!

お子様達をなんとかしてください!!!!」


そう吠えたのだった。

老メイドから話を聞いた、ナターシャ達の母――メアリ・クラリッサ・メイプル・フランバウル男爵夫人は苦笑した。

ちなみに、ミドルネームにあるメイプルは、旧姓である。


「あらあら。仕方ないわね。

ちょうどパイも焼きあがったし、庭でお茶にしましょうと伝えてください」


いくつになっても、母の手作りアップルパイが子供たちの好物の一つであるのは変わらない。

老メイドがメアリの言葉を伝えると、ナターシャ達はすぐに客間から消えてしまった。


そして、これまたメアリが丹念に世話をしているため色とりどりの花々が咲き誇る、小さいながら美しい庭でのお茶会が始まったのだった。

切り分けたアップルパイを子供たちが美味しそうに頬張るのを見つめる。

子供たちの話題はずっと、彼らの新しい友人である少女、ミズキからもたらされたミステリ作品についての推理だった。


メアリ夫人は、どこか懐かしそうにその光景を見ていた。

すると、長男が彼女へ話題を振ってきた。


「お母様はどう思います?」


「どう?」


「この探偵小説の答え、真相についてですよ」


次男と長女が、目をキラキラさせてメアリ夫人を見てきた。


「お母様は昔探偵の仕事をしていたって、聞いてますから。

元プロの考えを聞きたいんです。

もう俺達にはさっぱりで」


長男の言葉に、次男と長女の言葉が続いた。

曰く、犯人はわかっている。

なんなら、作中で自分が犯人であると自白している。

罪を認めている。

けれど、ほかの証言と犯人の言動には矛盾や差異がある。


たとえば、犯人は穴を掘って1度は死体を埋めているにも関わらず、発見者たちは死体の土汚れに関しては何も言及していない。

その穴の存在にすら触れていない。

これは、犯人たちが嘘をついているのか。

それとも、実は発見者たちが嘘をついているのか。

もしそうなら、なぜそんな嘘をついたのか。


もしかしたら、入れ替わりのトリックが使われたのかと思われる箇所があったけれど。

あの場合、入れ替わったのだとしたら、それは犯人と被害者になる。

しかし、もしそれなら犯人の妻、つまり犯人からしたら義母になるが。

その義母が、そのことに気づかないわけが無い。

つまり、入れ替わりもない。

仮に入れ替わりがあったとしても、どうしてそんなことをしたのかまるでわからない。


そしてなによりも、これらがどんな真相に結びつくのかまるでわからない、というのだ。


「犯人当ての小説じゃなくて、真相を推理するのね?」


メアリ夫人は、珍しいわねぇ、と言いながら紅茶を口にした。


「読んでみないと何とも言えないわね。

ちょっとその小説を貸してくれる?」


メアリ夫人の言葉に、ナターシャは小説が書かれた紙を手渡した。

ゆっくりと、メアリ夫人が小説へ目を通す。

メアリ夫人は若い頃、まさに探偵小説に出てくる名探偵のようなことをしていた。

いわゆる、元素人探偵である。

読みながら、コメカミを人差し指でトントンと叩きつつ、夫人はブツブツとつぶやきを漏らす。


「あらあら、このお話を書いた人は中々いい性格をしてるみたいね。

各証言の時系列があえて入れ替えられてる。

それに、ふふっ、なぁるほど。

嘘つきは嘘もつくけど、少しだけ本当のことも言ってるのか。

なるほどなるほど」


やがて、メアリ夫人は楽しそうに短いその話を読み終えた。

そして、


「お母様、答えわかっちゃった」


と、幼い子供のような無邪気な声でそう言ったのだった。

子供たちの視線が集中する。

それを受けて、さらにメアリ夫人は続けた。


「聞きたい?」


子供たちは一斉に頷いた。

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