第9話 夜の宿屋で作戦会議、のはずでした
奇遇なことに、俺とプロミナが使っている宿は同じだった。
俺が使っている部屋は一番安く泊まれる、ベッドとテーブルしかない狭い部屋だ。
夜になってから、プロミナをそこに招いて今後のことについて話そうとした。
した。
過去形だね。つまり予定通りにはならなかったのさ!
「……ギルド長のこと、揉みたいんでしょ?」
頬を膨れさせた状態で俺の部屋に来るなり、プロミナの第一声がこれだよ。
彼女は大股に部屋に入ってきて、ドカッと椅子に座って腕を組む。
え、何? 声も物言いもなんかつっけんどんだし、何で? ……マジ、何で?
「私はギルド長の代わりなんだ。先生が本当に揉みたかったの、ギルド長なんだ!」
何でこの子はこんなに拗ねとるんですかァァァァァァ~~~~!!?
「あ~……」
「ほらぁ、否定しない! 私の言ったこと、間違ってないんだ!」
ベッドに座って悩んでいると、プロミナが顔を赤くして俺を指さしてくる。
いやいやいや、何でそうなるんだよ。こっちにもシンキングタイムくださいよ!
「とりあえず、合ってる部分と合ってない部分があります。説明をさせてくれ」
「どうせ合ってる部分が99%でしょ? 揚げ足取りはさせないんだからねッ!」
「説明を! させろ! お願いしますから!」
そのうち問答無用で土下座するぞ、俺は。それでもいいのか。いいのか!?
「う~~~~ッ!」
何で目に涙溜めてんだ、プロミナァァァァ――――ッ!?
もはや泣きたいのはこっちなんだが? もう流れが完全に想定の外の外なんだが?
「あー、まぁ、うん。ルクリアさんを揉みたいと思ったことは、ある」
もうダメだ。何言っても泣かれる。
そう覚悟した俺は、何もかもフルオープンにぶっちゃけはっちゃけることにした。
「う、やっぱり私は身代わり……」
「それは違う」
たちまち泣きそうになるプロミナを手で制し、俺は断言した。
仮にプロミナの言う通りだったとしても、それで何故泣く。マジでわからん。
「俺が冒険者になったのは三年前だ。そのとき、この街で初めて彼女と出会った」
ルクリアがロガートのギルド長に就任して二年が過ぎた頃、だったか。
冒険者に登録したその日、彼女を一目見て俺は思った。この人は違うな。ってさ。
「……違う?」
目に涙を浮かべたまま、小首をかしげるプロミナ。
「俺が揉みたいと思うのは『前に進もうとしながらも疲れに蝕まれてそれができずにいる人間』なんだ。ルクリアさんは外れるんだよ。あの人は今に満足してるから」
一応、見る限り最低限の鍛錬は続けているようではある。
しかし、何らかの目的をもって前に進もうという意志は彼女からは見られない。
彼女が現状に満足しているのなら、俺がしてやれることは何もない。
「ギルド長って、元冒険者、なんだよね?」
「ああ、そう聞いてる。――元SSランク冒険者『美拳』のルクリア。大陸西部でも名を馳せた凄腕の魔導拳士なんだとか。俺は三年前まで山にいたからよく知らんが」
「SSランクなんだぁ、すっご……」
プロミナが涙を引っこめて素直にびっくりする。
「へぇ、SSランクってすごいんだー」
「すごいよ! 普通は一番上がSで、SSなんて特例でしかなれないんだから!」
「そうは言うけど、ラズロ程度でAだろ? だからSって何か特にすごくなさそう」
「…………。…………」
あ、プロミナが押し黙った。返す言葉がないヤツだ、これ。
「で、先生。そんなギルド長と、何で私が戦わなきゃいけないの?」
プロミナはさっくり話題を変えてきた。
「修行」
俺はそれに端的に答える。
「今後、俺が君に気功を教えていく上で、俺にはできないことがある。魔法を使う相手を想定した訓練だ。魔法な~んにも使えないからねぇ、俺……」
「だからギルド長なの? あの人、魔導拳士だったんでしょ。冒険者時代」
うん、まぁ、そういうことだね。
ちょいと調べた限り、ルクリアは魔法の方も相当な腕前っぽい。
さすがに今は全盛期より衰えてるだろうが、それでも今のプロミナには強敵だ。
「ガルンドルとの一戦で、君の剣士としての才を改めて確認できた。が、あいつは剣士だ。できれば、早いうちに魔法を使う相手との実戦経験を積ませておきたい」
「…………。…………」
俺がそう説明すると、何でかまた押し黙って見つめてくるプロミナ。
「どうした?」
「コージン先生は……」
「うん」
「どうしてそこまでしてくれるの。自分の報酬を、私のために使ってまで」
何だ、そんなことか。
「それが、俺の果たすべき責任だからだよ」
「……責任?」
「そうだ。君は、俺の『君を揉みたい』という願いに応えてくれた。だから俺も、家族の仇を討つために強くなりたいという君の願いに応えてやりたいと思ってる」
「それが……、私への責任?」
俺はうなずく。
「そうなんだ。ふ~ん……」
と、プロミナは一応うなずきつつも、どこか考え込むような顔をする。
そしてこっちをチラリと見て、
「それだけ?」
「ん? それだけ、って?」
「だから、私によくしてくれる理由は、それだけなの? 責任感だけ?」
「……プロミナ」
ちょっと意外な質問だった。てっきり、今の答えで納得してくれるとばかり。
だが、彼女はこっちに向き直り、俺を真っすぐ見つめてきた。
プロミナの瞳が琥珀色であることに、今さらながらに気づいた。
それは、見ようによっては橙色に映ったし、山吹色っぽくもあった。美しい瞳だ。
――この瞳に、嘘はつけないな。
元々、この場ではフルオープンで話していた。だから、臆さず本音をぶつける。
「俺は、もっと君を揉みたい」
「……もっと!?」
仰天する彼女に、真摯にうなずいた。
「俺は君を揉んで、君を蝕んでいた『疲れ』を潰した。けどそれは疲れなくなったってことじゃない。人は生きる限り疲れ続ける。だが俺は、君という美しいものが『疲れ』に蝕まれて歪んで穢れていくのを見過ごせない。だからもっと君を揉みたい」
「う、う、美しぃいいぃ~!?」
え、いきなり何を驚いてんの、この子。
「せ、先生? ……え、お世辞? え? 私、う、美しい、の?」
「あれ、もしかして自分がどれだけ美しいか御存じない?」
「うわぁ~! この反応、ガチのガチのガチの本音のリアクションだァ~!?」
プロミナが両手で頭抱えちゃった。
むしろこっちが彼女のこのリアクションにびっくりしとるんですけど。
「あのなプロミナ。君は、俺が唯一本能から『揉みたい!』って思わせられた人間だぞ? 戦士の才もとびっきりで、女性としても綺麗で可愛らしくて、性格もよくて、人として魅力的だ。そういうのを全部ひっくるめて『美しい』というんだぜ?」
「あ、あ、あ、あうあうあうあう……」
「君は俺が見つけた至上の原石だ。君をとことんまで磨き上げて、最高の輝きを放つ瞬間を、俺はこの目に焼き付けたい。そのためなら依頼報酬程度、惜しかないよ」
「ま、待って、そんな、至上とか、磨き上げるとか、そんな……」
何か、プロミナが顔を赤くしてガタガタ震えはじめた。
「さっきも言った通り、俺には『疲れに蝕まれて進めずにいる人間』を助けたいって目的があった。冒険者になった理由もそれだ。けど今は、君を最優先に考えてる」
だって出会ってしまったのだ。
これ以上なく『揉みたい』と思わされてしまう相手に。
こういうのを総合して何と表現すればいいのか。
う~ん……、と俺はしばし考え、思いついて手を打つ。あ、そうか。これだ。
「つまり、俺は君に『惚れた』ってことだよ!」
「いにゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
プロミナの右ストレートが飛んできた。
「何で!!?」
俺はベッドを立って避けると、プロミナが入れ替わりにベッドにダイブする。
そして毛布を頭にかぶり「もー、もー!」と叫んで両足を激しくバタバタさせた。
「だ、大丈夫か?」
突然のプロミナの奇行に、俺は心配を募らせ、恐る恐る上から覗き込む。
すると彼女はバッと毛布を翻して、ベッドの上に姿勢よく正座して俺と相対した。
「唯一って言った」
「あ?」
「先生、私のこと、唯一本能から『揉みたい!』って思えた人間って言った!」
「あ、ああ。言ったな。それが何か?」
「本当? そう思えたの、本当に私だけなの?」
「歯止めが利かなかったのは君だけだ。数百年以上は生きてる俺が、だぜ?」
長い修行の末に、血気を用いた不老長寿を体得している俺だ。
しかし、そんな俺が理性を飛ばして本能剥き出しで『揉みたい』と思った相手。
それがプロミナ・エヴァンス。
まさに正真正銘、俺にとっての唯一無二。そしておそらく、空前絶後。
「『惚れた』以外の形容が、見つからねぇよ」
「……そっか」
短く言うと、プロミナはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
「おい、プロミナ?」
「今日は特に疲れたわ。ガルンドルと戦ったし、ギルド長とのこともあったし」
遺跡のときと同じく下着姿になった彼女が、ベッドの上に仰向けに寝転がる。
「絶対にいつもより『疲れ』が溜まってると思うの。だから――」
そして、頬を赤めらせ恥じらいからこっちを見ようとはせず、彼女は言う。
「……私を、揉んで」
このあと滅茶苦茶マッサージした。
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