第5話 街に帰ったらドラゴンがいい空気吸ってた件
揉み終わりました!
いや~、近年まれにみる大仕事だった。達成感、充実感! そして満足感!
コージン・キサラギの生きる実感、ここにあり!
え、プロミナ?
顔中の穴という穴から汁垂れ流して石の台の上でビクンビクンしてるよ。
背中→前面→四肢末端と揉んでいったから、微塵の揉み残しもなし。
こいつの中に巣食っていたしゃらくせぇ『疲労』は俺が完全に撲滅してやったぜ!
途中、指先をマッサージしてる辺りで三回くらいプロミナの心臓止まったけど。
ま、蘇生するまでもなく再起動したんで問題なし。心臓マジ強いわ、この子。
「は、ぅぅ……」
だが、揉み終えて数分、未だプロミナの意識は曖昧なままだった。
俺のマッサージは体に残る『疲労』が深いほど、相手を気持ちよくさせてしまう。
プロミナが半ば昇天した状態から戻らないのも多分それが原因。
それってこいつがそれだけ疲れてたってことなんだよなぁ。無理しやがって。
「よいしょっと」
俺は曖昧なままのプロミナをお姫様抱っこすると、遺跡の外に出た。
そして、近くにある泉へと歩いて行って、
「そりゃ」
プロミナを泉に投げ込んだ。ドッボーン。水柱が上がる。
「……っぷはぁ!」
しばしして水面から顔を出したプロミナが、ゲッホゲッホと激しく咳き込んだ。
「な、何してくれてんのよぉ!」
「おお、一発で意識が戻ったか。さすがさすが」
抗議してくるプロミナに、俺は拍手を贈る。
浮き上がってもまだ曖昧なままの可能性も考えてたが、大丈夫だったか。
「何よ、何なの! 私をいじめて、あんたに何の得があるのよ!?」
「いじめてないって。……つか、気持ちよかったろ?」
俺が尋ねると、さらに文句を重ねようとしていたプロミナが押し黙ってしまう。
「むぐぐ……」
泉の冷たさで冷めたはずの顔が、また一気に真っ赤になった。
そして彼女は、何故か泉に身を沈めて、顏だけヒョコッと水面から出して、
「……だ、誰にも言わないでよね」
言うか、バカ。それを吹聴したら単なる俺の自爆だろうが。
「それよりさっさと上がれ。風邪はひかんだろうが、体冷やしてもいいことねーぞ」
「わ、わかってるわよ! バカ! 変態! バカ、この変態、バカ!」
う~ん、語彙力。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて、それじゃあ試してみようか」
プロミナが泉から出て服を着たのち、再び遺跡に戻って俺は彼女に切り出す。
「試すって、何を……?」
「あれ」
俺が視線で示したのは、ぶっとい石柱だった。
「鞘に納めたままの状態で、剣であれを斬ってみな」
「……できると思う?」
「ああ、できる。今の君なら、いともたやすくな」
俺が言っても、プロミナは不安げだ。
彼女はまだ、疲れが取れていることを自覚できていないようだ。
「今なら、君は自分の中を巡る『力』を感じられる。理解はしないでいい。思考も別にいらない。ただ感じろ。自分の中の『熱』と『力』を。それが血気だ」
「『熱』と……、『力』」
そう。『熱』と『力』だ。
どちらも血に乗って心臓から送り出され、全身を循環している。
人の血肉は、それ自体が『力』を生み出す動力源だ。
そして、殊更強い心臓を持ち、身を蝕む『疲労』から解放された今の彼女なら、
「……わかる。わかるわ」
その言葉を聞いて、俺の顔には自然と笑みが浮かんだ。
プロミナは鞘に入ったままに剣を右手で掴み、俺が示した石柱へと歩いていく。
「そうか、こうね。こうすればいいのね」
ブツブツ呟く彼女の手元で、握られた剣が橙色の煌めきに包まれる。
それは血気の輝きだ。剣に収まりきらず溢れた力が、光となって発散されている。
橙色が示す属性は、火と陽。
プロミナの名の通り、太陽を思わせる輝きじゃないか。
それにしても、マジかよ。いやいや、冗談だろ?
血気を武器に纏わせる方法なんて、俺はまだ教えちゃいないんだぜ。
そこで苦労するだろうから助言をする気でいたが、別にいらんかったか。
プロミナ・エヴァンス。
この子は、戦士として天賦の才を持っている。
「やるわ、コージン」
「やってみな、プロミナ」
俺が木の枝でそうしたように、プロミナは石柱に剣の鞘をピタリと押し当てる。
「――ふっ!」
呼気は鋭く一度きり。
プロミナの右腕が横薙ぎに振り抜かれて、俺と彼女の視線が石柱に集中する。
緊張の一瞬。そして――、
ズ。
と、音がして、それはゆっくりと横にズレていく。
石柱だけではない。その後ろの石壁までもが一緒に断ち切られ、崩れ落ちた。
「やったわ、コージン!」
切断された石柱と石壁を前に、プロミナが嬉しそうに報告してくる。
彼女が見せた溌溂とした笑顔こそ、俺にとって何にも変えがたい報酬だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気がつけば、日が暮れかけていた。
俺とプロミナは一度街に戻ることにして、今は平原を歩いている。
「はぁ~、何これ、体が軽いわ! 見て見て、ジャンプしたらこんなに高いの!」
ヒャッホウとばかりに跳躍するプロミナ。
魔法での強化も一切なしに、俺が見上げなきゃならない高さにまで至っている。
「自分がこれまでどれだけ弱ってたか、わかっただろ?」
軽やかに着地をキメた彼女に告げると、満面の笑みが返ってきた。
「うん。まるで生まれ変わった気分よ。ありがとう、コージン先生!」
先生はちょっと面映ゆいなぁ。と、思って視線を逸らす。
ちょうどそっちは、街がある方向なんだが――、
「あれ、何か煙上がってね?」
「え? 煙?」
平原の果てのもう少し先、小さく街が見えてるんだけど、煙、上がってるねぇ。
「…………」
「…………」
俺とプロミナは一緒に街の方向を眺めて、互いに顔を見合わせ、うなずいた。
「「GO!」」
同時に走り出す俺達。
今のプロミナだったらそこまで加減せずともいいだろう、と、俺はギアを上げる。
「ぁわっ、ちょっと先生、速っ……! あ~ん、負けないんだからァ!」
後ろからそんな叫び声が聞こえて、すぐにプロミナは俺に並んできた。
ほぉほぉ、この速度であっさりついてくるか。本当に揉んだ甲斐があったなぁ~!
と思っているうちにロガートの街の入り口に到着。
って、何じゃこれ。
「う、うぅ……」
「ハァ、ハァ、痛ぇ……!」
街の入り口を守る兵士達が傷だらけでそこかしこに転がっている。
見たところ、死人は出ていないようだが――。
「これは、斬られた跡かしら? そこら中についてるわ」
プロミナがそれに気づいた。
近くの壁におびただしい数の傷がついている。確かに、全部斬撃の跡っぽい。
「……剣士? いや、でもこの傷の数は」
「や、やつだ……」
プロミナが悩んでいるところに、近くにいた兵士が言ってくる。
「『冒険者ギルド破り』が、来た……!」
「何ですってェ!!?」
それを聞いたプロミナが、急に血相を変えて走り出した。当然、俺も追いかける。
すると、ギルド前にそいつはいた。
「ヌガァ~ッハッハッハ! 何じゃ何じゃ、噂に名高い冒険都市ロガートの冒険者は、こんな程度で音を上げるっちゅうんか? なっさけないのう! ガッハハハ!」
呵々大笑するそいつは、人間ではなかった。
背丈は軽く俺の二倍。
下半身はズボンをはいているが上半身は裸で、蒼い鱗に包まれている。
屈強な体躯、長く伸びる太い尻尾。
縦に裂けた瞳孔に、大きな口。鋭い牙。そして頭の左右から伸びる立派な角。
そして背には、人には到底扱えない大きさの曲刀を背負っている。
「やっぱり、
「応とも、我こそは大陸最強の竜人剣士! 一刀十爪流開祖ガルンドル様よォ!」
ガルンドルと名乗った竜人が得意げにふんぞり返った。
こいつ、相当派手に暴れたな。ギルド前がメチャクチャな状態になっている。
建物は半壊してるは、道路はめくれ上がってるわ。
崩れかけた建物の幾つかからは、黒い煙が上がっていた。俺達が見た煙はこれか。
そしてガルンドルの足元で、ぶちのめされた冒険者達が弱々しく呻いていた。
「知ってるぜ『冒険者ギルド破り』! 意味もなく冒険者ギルドにケンカを売って冒険者をボコして勝手に満足して帰るっていう、ギルド指定の高額賞金首のアレか!」
俺が叫ぶと、ガルンドルは「いかにも!」と胸を張った。
「ワシの夢は天下無双! ワシの最強を地上全土に知らしめるために、まずは人間共の中でも猛者が集うとされる冒険者ギルドを相手に選ばせてもらったんじゃ!」
なるほど。本当に道場破りの冒険者ギルド版なのね……。
何てひどい理由だ。ギルドにとっちゃ迷惑極まりない。半分以上とばっちりだわ。
「だが、とんだ見当外れじゃったわい。どこに行っても剣士はおらず、かといって剣士以外の連中にも強者と呼べるほどの者はいやしない。つまらん、つまらんのう!」
そう言って嘆くガルンドル。う~む、この典型的脳筋思考。
おまえの居場所は
だが逆にこれはチャンスとも考えられる。
そう、今のプロミナの実力を確認するのにちょうどいい機会――、
「蒼い鱗の、竜人剣士ィ!」
突如の憤怒の声が、俺の思考を中断させた。
見れば、そこにはすでに剣を抜き放ったプロミナの姿。その顔はまさに鬼の形相。
ガルンドルを前に、彼女は瞳に激情を滾らせて、また叫んだ。
「見つけた。――私の、家族の仇!」
……何だって?
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