趣味で冒険者のトレーナーをしている俺はワケアリ女冒険者から「私を揉んで!」とよく言われる

楽市

第1話 君を、揉ませてくださいッッ!!!!

 彼女を一目見た瞬間、俺は「揉みたい!」と思った。

 その出会いは、夜の冒険者ギルドでのこと。

 日課の薬草採取依頼を終え、俺はギルド併設の酒場で知り合いと呑んでいた。


「だからね~、コージン君。もうちょっと薬草の卸値下げてくれないかしらぁ?」


 そんなことを言ってくるのは、取引先の女店主ルクリア。

 長い金髪と右の泣きホクロが特徴的な大人の女性で、いつでも酒を飲んでいる。


「何言ってんすか、ルクリアさん。今の時点で相当お安いでしょうが」


 自慢じゃないが俺が採ってくる薬草は他よりも確実に質がいい。

 しかも、納入先への卸値だって他の業者よりも格段に安く設定してある。


 だってのに、向かい側でのんだくれているお得意様はさらに下げろと言ってくる。

 俺に生活するなとでも言いたいのか、こやつは。


「これ以上下げたらさすがに採算取れなくなりますって」

「え~? そ~ぉ? まだ下げられるんじゃな~い? お姉さん知ってるわよ~?」


 何がお姉さんじゃ、酔いどれが。

 確かに、ルクリアは二十代で俺は見た目十代後半だが、それは俺が――、



「ふざけないで! 一体、どういうことよ!」



 突然の怒声が、賑やかなギルド内に響き渡った。

 何事かと見てみれば、怒鳴り声の主は案外近くにいた。酒場の一角だ。


 木のテーブルを囲んでいる四人組。

 鎧を着た金髪の男に女盗賊、女魔術師、そして赤い髪の女剣士。

 女剣士以外の三人は、ここじゃ唯一のAランク冒険者のパーティーだったはず。


 叫んだのは、一人だけ椅子からっている赤髪の女剣士のようだった。

 右拳を強く握り、全身から怒気を散らして、座っている他三人を睨んでいる。


「今日付けで解雇って、何なの。契約は、あと一か月はあったはずでしょ!」

「さて、どうだったかな? リシルとミーシャは覚えてるか?」


「いいえ、ラズロ。そんな約束した覚えはありませんわね」

「うんうん、あたしも覚えてないね。勘違いかなんかじゃないのぉ~?」


 テーブルをバンと叩く女剣士を、三人はそんな風に嘲って鼻で笑う。


「契約云々を言うなら、せめて書面に残しておくべきでしたね、プロミナさん?」


 女魔術師が呼んだ名で、俺は思い出した。

 あの赤い髪の女剣士はプロミナ・エヴァンス。


 最近、この街に流れてきた剣士で、一人で盗賊団を一つ壊滅させたらしい。

 その経歴が噂になって注目されてたが、俺は今まで実物を見たことがなかった。


 遠目でも、身のこなしが洗練されているのが、諸々の所作から窺える。

 盗賊団を壊滅させたって話も、あながち嘘じゃなさそうだ。が、でもなぁ……。


「何でよ、何で私がクビにならなきゃいけないの!」

「そんなのは言うまでもないだろ。おまえが剣士だからだよ」


 詰め寄るプロミナに、ラズロとかいう男が平然と言い放つ。

 ラズロも腰に剣を提げているがこいつは剣士じゃない。こいつの役割はタンクだ。


 前衛といえば後衛を守るための壁。

 それは、大陸西部の冒険者にとっては当たり前の常識だった。


 壁役が前に立って敵の攻撃を防ぎ、盗賊などは遊撃手として弓矢で牽制。

 後衛の魔術師がメインアタッカーとして魔法で敵を攻撃する。それが今の主流だ。


 元から、ここ大陸西部は魔法を重んじる風潮が強かった。

 それに加え、近年開発された詠唱短縮技術によってその傾向はますます強まった。

 結果として前衛の攻撃担当――、つまり戦士職の地位が失墜した。


 攻撃の威力、射程、範囲。その全てにおいて近接武器は魔法に及ばない。

 唯一、攻撃回数だけは有利だったが、それすら詠唱短縮の登場で覆ってしまった。


「盗賊団を一人で潰した剣士って聞いてたから試しに使ってみたけど、予想以上にダメだったな。魔法もろくに使えない剣士なんて、とんだ詐欺じゃないか!」


 ラズロがプロミナを睨み返し、逆にテーブルを叩いた。

 冒険者の間に深く根付いている魔法重視の風潮。

 それは魔術師が重宝されるというだけの話じゃない。前衛もまた、魔法は必須だ。


 回復魔法に自己強化、その他の補助魔法など。

 使える魔法の多さこそが前衛としての能力の評価基準。だからこそ、


「――魔法を使えない剣士なんぞ、冒険者失格だ。だからクビだ。文句あるのか?」


 ラズロは、自信満々にそんなことを断言してしまえるのだ。


「……ま、魔法は使えないけど、スキルは使えるから!」


 一応、反論を試みるプロミナだが、それは言い訳にもならない。

 言われたラズロは余裕を崩していないし、プロミナ本人の顔つきも苦しげだ。


「スキルだったら、俺も使えるぜ? 他の二人も、この場の全員もな!」


 ラズロが軽くせせら笑う。

 残念ながら、これはあの男の言う通り。スキルは神の洗礼を受ければ得られる。

 スキルの熟練度はまた別の話だが、誰でも得られるものに違いはない。


「やっぱ剣士はダメだな」

「しかも魔法も使えないって? とんだお荷物じゃねぇか、あの女」


 周囲から漏れる失笑に、プロミナは拳を握ったまま体を震わせた。

 そんな彼女を、俺はジッと見つめていた。一目見た瞬間から目が離せなかった。


「あらぁ、コージン君。ど~したの? もしかしてプロミナちゃん、好みのタイプ」

「そうかも」

「へぇ~、そうなのね~。意外だわ~。……って、そうなの!!?」


 仰天するルクリアを席に残し、俺はプロミナへと近寄る。


「……何よ」


 俺に気づいたプロミナの、怒りに染まった低い声。

 彼女はこっちを睨んでくるが、今の俺にはそんなものは気にもならない。


「ふ~む……」


 まず俺は、プロミナを真正面から見据えた。

 背はやや低めで、年齢は十代半ば~後半。おそらくは十六。


 長く伸ばした赤い髪を後ろで括っていて、顔は小さく、輪郭はちょうどいい卵型。

 眉細め、瞳大きめ。可愛げのある顔立ちだが、気の強そうな瞳が印象深い。


 首は細く、肩幅も標準よりやや狭め。

 体の線は少し細い。肉体的に今後の成長の余地は大いにあり。


 乳房は年齢の割にかなり大きめ。

 腹から腰にかけてキュッと絞れていて、尻は小ぶりだが形がいい。


 足は細い。太ももから足首にかけて、実に締まっている。

 いや、それは全身にいえることだ。

 鍛えられた全身は引き締まっていて、服の上からでもそのしなやかさがわかる。


 うんうん、これはもっとよく観察したいな。

 俺は立ち尽くすプロミナの背後に回り、右に回り、左に回り、また前に戻る。

 さらに爪先立ちになって上から見て、次に屈んで下から見上げて――、


「ふむふむ。あー、なるほど。ほほぉ、へぇ~、そうかぁ。なるほどなぁ……」

「おい、あの……?」

「何やってんだ、こいつ……」


 観察していると、プロミナとラズロの困惑する声が聞こえてくる。

 しかし俺は意にも介さず観察を続け、そして立ち上がった。


「君さ、冒険者になって何年目?」

「え、私の、こと……?」


「そう、君。プロミナ・エヴァンス。剣士になって何年目だ?」

「えっと、今年で三年目と少し、だけど……」

「三年目!? ……ってことは、二年、二年かぁ~。はぁ~、それはまた。何とも」


 俺は腕組みをして、その場に屈みこむ。

 二年。はぁ、剣士になって二年かぁ。二年なのかぁ、そうかぁ。そうかぁ……!


「何だ、あいつ……?」

「あれはほら、あいつだよ。薬草採取しかしない『草むしり』のコージン」

「ああ、あれが噂の底辺か……」


 考え込んでいるところに何やら聞こえてくるが、どうでもいい。

 俺は立ち上がって腕組みを解くと、そのままプロミナの両肩をガッと掴んだ。


「プロミナ・エヴァンス!」

「は、はい!?」


 目を丸くしているプロミナの顔を真っ向から見据えて、俺は全力で叫ぶ。


「君を、揉ませてくださいッッ!!!!」


 プロミナの右ストレートが飛んできた。

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