神に与えられたセンス

 シルヴィア公爵令嬢は、宣言通り、夜会の3日後にウチの店にやって来た。


「お勧めのものを頂戴。あなたのところは、絹のドレスが売りだそうね」

「はい。東の国の特産品、シルクスパイダーの絹を用いてドレスを仕立てております」


 シルヴィア様の言葉に、俺の母が答える。

 大貴族様の来店に、両親と主要な店員全員で出迎えていた。ドレスの販売は母さんの担当だから、ここは母さんが中心になって接客する場面だ。でも――。


 商品を出しに倉庫に入った母に、俺はそっと耳打ちした。


「シルヴィア様の接客を俺に任せてもらえませんか?」

「あなたに? そうねぇ……もともとアレンが連れてきたお客様だし、あなたにも考えがあるのでしょうね。いいわ。横で見ているから、やってみなさい」

「ありがとうございます」


 実は、シルヴィア様を見ていて、俺のスキル<神に与えられたセンス>がうずいていた。

 彼女はかなりの美人なんだけど、夜会では悪役令嬢みたいになっていて、対するリアーナの可愛らしさの方が引き立っていた。これを何とかしたいなと、ずっと気になっていたのだ。


 俺は倉庫からシンプルなドレスを持ち出して、シルヴィア様に着つけた。


「あら、地味じゃない? ほとんど飾り気のないデザインだけど、サンプルだからかしら」

「いえ、デザインはほぼこのままで仕立てるものです」

「そうなの? 馴染みの店では、今年の流行は胸元に造花と宝石をあしらったものだって聞いていたけど」


 夜会のドレスは腕と肩を露出させたデザインにして、胸元をかなりあける。最近はその胸部分にレースや飾りでボリュームを持ってくるのが流行っていた。先の夜会でシルヴィア様が着ていたのも、そういうデザインのドレスだ。


 胸元の飾りは……元婚約者のリアーナのような貧相な体型を華やかに見せるには向いていて、人によってはよく似合って可愛らしくなる。以前にリアーナ用のドレスをうちで作っていたときも、そういうデザインばかりだった。でも――。


「胸のあるお嬢様が胸元をゴテゴテと飾りたてると、太って見えるだけで良さが引き立ちません」

「ふとっ……」

「お嬢様のグラマラスなスタイルの良さを引き立てるには、スッキリと身体にフィットするスタイルが望ましいと思います」


「そ……そう。……で、でも、色はどうなの? 地味じゃない? 飾り気のないドレスに地味な色なんて……」

「モーブ(薄く灰色がかった紫色)は若いお嬢様に似合う色だと思いますが……まあ、これは特にくすみの強いモブ色ですかね」

「モブ色……」


「先日お嬢様が着ていらしたワインレッドのドレスは、お嬢様には強すぎました。お顔立ちの派手なお嬢様があのように主張の強い色を身にまとわれては、うるさい女に見えてしまいます」

「うるさい女……」


「お嬢様はそのままで美しい、印象的な二重まぶたと高い鼻筋をお持ちです。ドレスはお嬢様の美しさの三歩後ろを歩くようなもので十分です」


「……そう。まあ、迷惑料代わりにあなたの売りたいものを買うと言ったから、あなたの言う通りのドレスを作るけど……ねえ、私、だまされてない!?」


「とんでもございません。私の中のセンスの神に従ったまでです」

「あー……そう。完成を楽しみにしているわ」


 仮縫いを終えたシルヴィア様は首をかしげながら帰っていった。


「あなた……大丈夫なの?」


 一部始終を見ていた母が心配そうに俺に声をかける。


「はい。俺のスキルによれば完璧です」


 <神に与えられたセンス>の力で俺には完成形が見えているからな。任せろ。



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