第44話『ワンダー・アンダー・ランダーズ』
「風切先輩の能力って結局何なんだ?」
「えっと……そんなに珍しい魔術はここまで使ってないみたいだけど……」
伊織の疑問に対し、沙霧が端末から学園の生徒情報データベースにアクセスしながら応える。
「つーかこんな時こそあの緑頭の出番じゃねーのかよ。アイツどこほっつき歩いてんだ?」
「確かに……そう言えば最近陣を見てないな」
仲間内でも随一の情報通である人物について言及する啓治と創来だったが、ここ数日彼は姿を見せていなかった。
「まあ
「天堂さん相手に近接戦の
沙霧と同様の端末画面へ目を通しながらそう口にする天音に啓治が言葉を返すが、蒼の弟子である伊織がふと声を上げる。
「……寧ろあの人に一対一で真っ向勝負仕掛けてもまず戦いにならねェだろ。絡め手主体で挑んだ方がまだ幾らか勝機はある」
◇◇◇
「――――開始早々斬り込んで来るかと思ったけど、思いの外慎重じゃないの」
こちらの出方を窺うように、抜刀したまま動きを見せない蒼にアランが語り掛ける。
「オマエみたいな
「余裕だね〜。んじゃ、楽しんで行ってもらうとしようか」
蒼の挑発的な笑みに対し、彼の周囲の空間をアランが指差した。
その瞬間――――視界は突如暗転する。
「はァい一名サマごあんなーい」
アランの声が響く。
そこに広がっていたのは、何処かで視た方があるような。思い描いた事があるような景色。
「――――あたしの力が映すのは……
燃え広がる一面の炎から現れるのは――――甲冑を纏った巨大な餓者髑髏。
「それが蒼さんにとっての、『絶対的な力』の
何処かから反響する、呆れたようなアランの声。潜在意識を投影し、他者の内在領域を引き摺り出す彼女の能力の名は――――
「まァ、何はともあれ……
――――『幻術』。
火車を背負った骸武者の軍勢が、蒼へ次々と大太刀を振り上げる。
しかし、その斬撃が振り下ろされる事は無かった。
「そりゃつまりただの……目眩し以外の何でもねェってコトだ」
振り抜かれた一刀。一瞬にして幻像を尽く斬り捨て、そう告げた蒼は――――目を閉じていた。
『幻術はあくまで、視覚的誤認を誘発する力に過ぎない』。
圧倒的攻撃力と共に並び立つ、彼の戦闘能力の根幹を支えるもう一つの『武器』。蒼はその優れた魔力知覚のみで、空間を認識しアランに応戦していた。
「成程、ね……視なけりゃ問題無いと……」
歩を進める蒼に対し、アランは静かにそう零す。
「……古いね〜!その戦術観」
その瞬間、蒼の魔力知覚が感知した気配。
叩き斬られて尚、蠢き立ち上がる屍の群れ。そして再度振り下ろされた巨剣が、蒼の刃と激突し轟音を響かせた。
自身の手へと確かにのし掛かる、攻撃の『重量』。
「幻術は目だけと思った?甘いよ」
意趣返しの如く、挑発的な笑みを向けるアラン。
『魔力』に『仮想質量』を持たせ臨界させる事で、聴覚・触覚・そして魔力知覚をも欺く精巧な実像を創り出す。それは"可視化"のみならず、"実体化"する幻惑魔術。
無属性魔力×形成術式
『
「中々面白ェ
豪撃を平然と受け止めながら、蒼は不敵に笑いその刃を撃ち返した。
◇◇◇
「何だあのムチャクチャな魔術……何でもアリじゃねェかよあんなの……!!」
『実体を持つ幻像』の召喚という、あまりにも強力なアランの魔術に驚愕する創来。
「けど、あんなペースで『
「いや……当分は大丈夫だと思う。多分あの人、
彼に続いて声を上げた沙霧の疑問に、フィールドを注視しながら戦闘を分析していた天音が応える。
蒼へと斬り掛かっていく、巨大な鬼武者の軍団。その実像を構成している内部の『魔力密度』を、アランは敢えて箇所によってバラけさせる事で最適な消費効率を保ち続けていた。
更に視覚を自ら封じ魔力知覚のみで相手を認識しようとしている蒼は、その密度配分の"陽動"によって、実体幻像の『核』を正確に捕捉出来ず的を絞り切れていない。
卓越したパフォーマンスを見せながら複雑な術式を自在に操る、紛れも無い幻術の
◇◇◇
「いいねいいね〜。湧いて来るよ
蒼へ絶えず連撃を叩き込む骸武者の後方で、アランは掌に魔力を集め一つの球体を形成する。
「まごころ第一球、振りかぶってェ……投ーげましたッ!」
そしてアランはその魔力球体を、蒼目掛けて投げ放った。
飛来するそれを迎え撃つべく、餓者髑髏を軽々と押し返した蒼は刀を構える。しかしその球体は突如、空中で粉々に砕け散った。
「……?」
意図の読めない攻撃に一瞬疑問符を浮かべる蒼だったが、すぐにアランの狙いを察知する。
空間中に散らばった無数の破片が、気付かぬ内に彼の周囲を覆い尽くしていた。
魔力による慣性干渉と軌道制御。そして空を掴むような彼女の手掌操作によって、それら全てが蒼へ襲い掛かる『刃』と化す。
無属性魔力×形成術式
『
上下前後左右、360°全方位から迫り来る鋭利な魔力の欠片。その包囲攻撃を、目にも止まらぬ無数の連斬で一つ残らず叩き落とす。
しかしその隙にアランは、更なる追撃の術式を構築していた。
重ね合わせた両の掌に反応するように、創り出される二つの魔力領域。幻術が生み出す空間は、存在する筈の無い『非合理』をも現実として描き出す。
"無属性"魔力×形成術式
『
それは"燃え上がる冷気"であり、"凍て付く熱波"。認識に干渉する事でアランの幻術は、無属性魔力から架空の属性を創り出す事も可能としていた。
相反する性能を宿した二つの魔力が、左右から蒼を挟撃する。『砕玉』を迎撃した直後の急襲を咄嗟の
しかし。
「まだだ……もっと、見せろッ!!」
東帝最強の男の、戦いへの欲望に際限は無い。
蒼の刀刃から撃ち放たれた魔力斬撃は、『冰焔』諸共骸武者を豪快に吹き飛ばす。
「全く欲張りだね……分かった分かった。遊んであげるよ、お望み通り……!!」
対してそう応えたアランは、再び『
――――斬撃によって
そして彼女が見出したその勝ち筋を、蒼もまた当然看破していた。
次々と迫り来る武者の猛攻を、手当たり次第に斬り飛ばしていく。互いに別ベクトルの突出した戦闘技能を持つ蒼とアランだったが、魔力保有量に於いては実は拮抗しており両者の差はほぼ無かった。
両手から投射した魔力による斬円を躱し、捌かれたアランは、ふと攻撃の手を止めると蒼へ向き直る。
「どうした。もう終わりか?」
「はー…………仕方ないなァ。ここまで来たら……見せたげるよ、
ここに来て初めてアランが明かした、更なる『奥の手』の存在。満を辞して解禁されたその魔術は、発動すると同時に周囲の空間を再び創り換える。
炎に揺れる戦場から一転したその場所は――――
――――止まない雨の降り続ける、一つの街だった。
『
それは、そこに確かに"存在"しているかのような質感を持った『世界』。『認識』が『現実』を侵食していく魔術領域の中で、蒼はビルの壁面に立つアランと相対する。
「また随分と……大掛かりじゃねーか」
「蒼さんを抑えとく為の『檻』だよ。どうせコレでも足りないんだろうけど……」
そう言ってビルから降り立ったアランは、屈み込むと右手を地へと突き刺した。水面のように揺らぐアスファルトから引き抜かれた、その手に握られていたのは一振りの刀。
蒼と対峙する少女は、駆け出しその刃を振り翳す。
繰り出された斬撃は、空を裂く爆発的な剣風を巻き起こした。吹き飛ばされた蒼は、
規格外の膂力と、理解の範疇を超えた空間。
広大な術式範囲を誇るこの世界に於いてのみ、アランは法則すらも自在に操る万能の存在となる。
捩れる列車、引き延ばされる建物、裏返る交差点。展開される『歪んだ街』が、空中の蒼を押し潰すべく襲い掛かる。
絶対的勝利を齎す
――――そんな疑念は、蒼の頭には僅か足りとも存在しなかった。
彼の思考に存在し得るのは、勝利という結果へ至る道筋のみ。
全方向から押し寄せる『街』を、球状に展開した
『斬界』の術式構築には魔力圧縮の為の時間が足りないが、ならば必要な"威力"を"手数"で補えば良い。その術式は、彼が
無属性魔力×形成術式
『飛斬・双連』
超剣速によって全く同時に撃ち出された、二つの斬撃が迫る包囲を十字に引き裂き消し飛ばす。そして斬り開かれた突破口の先には、この領域を創り出した
彼女を視認すると同時に、高速移動を発動し瞬く間に空間を駆け抜ける。驚異的な速度で一気に距離を詰めた蒼の刃が、容赦無くアランへと振り下ろされた。
しかしその剣撃は、彼女の身体を
(
幻像によって誘き出されたと、即座に察知する蒼。しかしその幻術には、更なる
斬り裂かれたアランの姿が、
無属性魔力×形成術式
『
『幻像への攻撃』という条件を満たし作動した拘束術式が、蒼の武装を封じ込める。そしてその時アランは既に、遥か後方で最後の
「…………Check」
魔力によって形成された『弓』の、引き絞られた弦がその手を離れる。
無属性攻撃術式
『
放たれた必殺の一矢が、凄まじい速度で蒼の背後に迫る。
(射線が通った――――)
(決まる――――!)
最後の一手まで隠していたアランの
しかし、直撃の寸前。
――――その魔力の矢は、阻まれる。
「ッ!?」
完全に虚を衝いた筈。
瞬時に考えを巡らせるアランの視線の先では――――蒼が振り返りすらせずに、首の後ろへ魔力障壁を展開し防御していた。
刃に絡み付く拘束帯を強引に斬り裂くと、再び発動した『
「……人間の反射神経じゃ説明つかない反応速度だったね……」
「お前の用心深さを
溜息混じりにそう零すアランへと、鋒を突き付ける蒼。
幻像による陽動、武装の制限、死角からの急襲。何重にも張り巡らされたそれらの策全てを先読みし、予め対応手段を用意していた。
戦略を上回る戦略が、そこには在った。
「はー……はいはい参った!あたしの負け!!」
その宣言と共に、戦いが決着する。
風切アラン、準々決勝敗退。
天堂蒼、準決勝進出――――
◇◇◇
"自分の
恭夜から教わった戦術全てが、この二人の戦いには詰まっていた。
「っし…………行くか」
ゲート前通路の壁面モニターを見上げていた日向は、ベンチから立ち上がると歩き出す。
(まずは…………一つずつだ)
階段を昇り戦場へと上がって来た日向を待ち構えていたのは、『軍師』の異名を持つ実力者。
準々決勝、第二試合。
『春川 日向』VS『諸星 敦士』
烈戦の火蓋が、切って落とされる。
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