第34話『黒獣咆哮』

 闇属性攻撃術式


『ウルフェンハウル』


 響き渡る、衝撃波の如き咆哮。吹き荒ぶ凄まじい圧力が、空間を裂くように啓治へと襲い掛かる。咄嗟に防御の構えを取るが、創来はその機を逃さず地を蹴り突撃を仕掛けた。


 強化された身体能力による、爆発的加速。目にも留まらぬスピードで、撃ち貫くような大剣の刃が突き込まれる。


 啓治は両腕へと魔力を収束させ、渾身の双掌底で迎え撃った。


 激突した大剣と装甲が火花を散らし、轟音を響かせながら鬩ぎ合う。しかしAアーマーナックルの魔力噴射機構ブースターによるシステムアシストをも、創来の一撃は押し込み始めていた。


「ンのッ、野郎ォッ!!」


 啓治は叩き上げるようなアッパーで刃を弾くが、創来はその反動を利用し空中へと駆け上がる。そこから繰り出されるのは、鋭利な魔力の刃を纏った乱撃。


 闇属性攻撃術式


『ダーク・クローズ』


 斬撃性質の魔力を宿した手刀を蹴りで打ち払う啓治だったが、続けて蹴り込まれた闇属性の斬脚によって大きく吹き飛ばされた。


「クッ……ソがッ……!!」


 胸元を斬り裂かれ地を転がりながらも悪態を吐く啓治へと、創来は更なる追撃を仕掛ける。


「オォッラァッ!!」


 巨大な刀身の重量を物ともしない膂力によって、担ぎ上げたその大剣を豪快に投げ放った。猛烈な勢いで飛来する創来のクラレントに対し、啓治もまた体勢を立て直し真っ向から突進する。


「フザけてんじゃ、ねェぞッ!!!!」


 投擲された大剣を殴り返した啓治の拳と、膨大なエネルギーを宿した創来の拳が再び激突した。




 ◇◇◇




「中々頑張っとるやん、啓治ケージ

「だな。意外と粘ってるわ」


 観覧席から試合を見下ろしていた士門と湊は、後輩の善戦を称えるようにそう言葉を交わす。




 一気に形成は逆転するかと思われたが、跳ね上がった創来の戦闘能力に未だ喰らい付いている啓治。しかし互いに強力な戦術というカードを切った事で、二人の体力と魔力は加速度的に消耗し始めている。


 恐らく、両者の戦いが長引く事は無い。


「……だが、どちらもかなり負荷の大きい戦い方をしてる。……もうじき決着カタがつくだろうな」


 それを見越していた奏が、士門達の後ろから戦局を注視しながらそう呟く。


 ダークナイトモードの発動限界まで啓治が持ち堪えるか、それとも創来が時間内に仕留め切るか。鍵を握るのは、戦闘技術テクニック耐久力タフネス




 勝敗の行方は、『近接格闘インファイト』へ委ねられようとしていた。




 ◇◇◇




「何だオイ……もうガス欠かコラ……!!」

「冗談だろ……まだやれるさ……!!」


 鍔迫り合いの状態から、同時に繰り出した拳と蹴りで互いを吹き飛ばす啓治と創来。


 ダークナイトモードは魔力消費が激しいらしく、少しずつではあるが明らかに攻撃の精度が落ちて来ている。しかし隙が生じつつあるのは創来だけでなく、息を切らし始めているのは啓治も同じ。




 創来は左腕に纏った魔力装甲を、弓のようなフォルムへと変形させる。そこから撃ち放たれるのは、衝撃を伴い襲来する剛速の一矢。


 闇属性攻撃術式


『イヴルシューター』


「ッ!!」


 予期せぬ飛び道具に意表を突かれ、啓治は反応する間も無く脇腹を射抜かれた。その一撃のダメージは想定外に大きく、遂に体勢を崩し片膝を突く。


 そして創来は一気に戦いを終わらせるべく、"必殺"の術式を組み上げながら駆け出した。




 全身に纏ったダークナイトモードの魔力を、斬撃に回すべく大剣へと一点収束させていく。振り上げられた巨大な刃は、遍く命を断ち斬るギロチンの如く。




「これで……最後だ!!!!」


 闇属性攻撃術式


『デッドスクラッパー』


 天を衝くかのように翳された、闇属性の一刀を前にして――――啓治の脳裏を過っていたのは、一人の仲間の姿。




 啓治の『双拳』を模して『双烈破』を編み出し、天音の気流飛行をも独自に再現していた。戦いの中であらゆる技術を吸収し、己の力へと変えていく彼の成長性。


 際限無く"強さ"を取り込んでいく春川 日向の戦闘スタイルは、啓治だけでなく多くの人間に影響を及ぼしていた。


「俺にも……使わせろ!!!!」


 そして啓治もまた、仲間の力を"模倣"し創来の一撃を迎え撃つ。




 それは、日向が如月兄弟へ繰り出した『豪嵐破』と同じ――――高速旋回ウィンドミルを起点とした、嵐を巻き起こす足技。




 無属性攻撃術式


豪戦脚ゴウセンキャク


 突き上げるような魔力の竜巻が、振り下ろされた剣撃と激突した。


「オオオオオオッッッ!!!!」

「ウッラアアアアッッッ!!!!」




 双方一歩も退かぬ、凄烈な魔力衝突。




 しかし勝敗を分けたのは、両者の残存魔力だった。その一撃を放つまでに、創来は魔力を使い過ぎていた。


「まずはコレで……一勝一敗イーブンだ」

「あァ……次は、勝つぞ……!!」


 啓治の言葉に、最後まで不敵に笑いながらそう応える。




 そして創来の身体は、嵐を纏った蹴撃によって――――その刃諸共、吹き飛ばされた。




 ◇◇◇




『熱闘、ここで遂に決着!!!!軍配が上がったのは1-Bクラス所属、皇 啓治!!凄まじい乱打戦を見事制し、三回戦進出です!!』


 仰向けに転がり空を見上げていた創来に、フィールドの外縁へと降りて来ていた啓治が手を差し出した。


「……オラ、立てよ」


 その手を掴み取り、彼の肩を借りて歩き出す。傷だらけになりつつも戦い切った二人の背中に、観衆からは惜しみない称賛が送られていた。




 そしてゲートを潜った彼等を通路で待っていたのは、間も無く始まる次の二回戦への出場を控えた少年。


「よう。お疲れ」


 日向からの労いの言葉に応えながら、激励するように二人が彼の背を叩く。


「無様な戦い見せやがったら承知しねェぞ」

「だな。ベストは尽くせよ」

「俺が敗ける前提で話すのはやめろ」


 不服そうに言い返された啓治と創来は、ゲラゲラと笑いながらも日向を戦場へと送り出した。




 東帝学園屈指の"異端児"二人が、遂に対決する。




 ◇◇◇


 1時間後。


 激しい魔術戦闘に耐える為の、バトルフィールドの整備・修繕が完了した。




 双方ゲートから姿を見せるのは、共に学園随一の注目度を誇る問題児達。


『「絶対防御」の古田徹彦を破った驚異の新星!!今日もその型破りなバトルスタイルを見せてくれる事でしょう!!春川日向の登場ですッ!!!!』

『対して迎え撃つは、現代の大剣豪「如月天涯」の後継者!!万衆を魅せるスピードスター、如月亜門!!』


 学園中を騒がせる二人の登場に観衆は沸き立つが、止め処無い歓声の中で亜門は静かに開口する。


「日向クン、聞いたか?……この戦い東帝戦に勝てば、S級の資格ライセンス取れるかもしれへんらしいで」

「あー…………そういや天音達がそんなコト言ってたな。興味あんのか?」

「いやァ、別に」


 そう訊き返す日向の声に、亜門も然程興味無さげに応えた。






『僕はさ……S級魔術師ランカーウィザードになりたいんだ』


「…………」


 その時日向が思い起こしていたのは――――かつてその地位を手に入れようと画策していた、自分達の仲間少年。






「それよか……そこまでの戦い過程の方が、俺にとっては重要やなァ」


 続けて亜門が口にしたのは、彼が戦いに臨む理由について。


「2年ではトップやの、来年の東帝の頭やの……気楽な外野に好き勝手言わせとくんもイラついとったっんや、エエ加減な」

「…………」


 客席を一瞥しながら言外に指し示すのは、東帝の頂点に君臨する"彼"の存在。




「今、此処で"最強"を倒す。それ以外には何の価値もあらへん。……そう思わんか?」


 絶対的"最強"を、打ち倒す事こそ全て。そう断ずるその執心に対し、日向が返したのは意外な言葉だった。




「成程な……お前が間違ってるとかはこれっぽっちも思ってねェケド……俺は別に、そこまで一番であるコトに拘りは無ェかな」

「……?」


 日向の返答に、亜門が胡乱げな表情を向ける。




「今はまだ、何回やっても伊織からは一本も取れねーし。啓治とか創来にもちょくちょく敗けてるしな」

「何や……闘争心旺盛なタイプやと思っとったケド、案外そうでもないみたいやな」

「幻滅したか?」

「まァ、自分の実力過信しとるよォなバカよりは100倍マシやろ。俺はエエと思うで」


 掛け合いを続けながらも、二人は一歩ずつ戦場の中央へと歩き始めた。




 ◇◇◇




「さァて……どう転ぶだろうなァ」

「アンタは何当然のように居座ってんのよ」

「いーじゃん硬ェコト言うなよ怜ちゃん」


 VIPルームと同等の設備を備えた教員専用観戦室にて、窓際に腰掛けながらフィールドを一望していた蒼。その部屋には彼に声を掛けた冴羽に加え、万丈・久世・篠宮など他の教員陣も揃っていた。




「こんなバカが次のS級候補とか……本部は何考えてんだか」

「いやいや、まだ分かんねーだろ?どうなるかは」


 冴羽が呆れたような口調でそう零した、その言葉に蒼が反応する。




 現在全世界には、魔術師協会によってその突出した能力を認められた15人の『S級魔術師ランカーウィザード』が存在していた。しかし近日、によってそのS級に一つの空席が生じる事になっている。


 その空席を埋めるべく開催されるS級選抜試験に、日本の魔術教育機関である東帝学園からも一名参加資格が与えられる事になった。その受験者を決定すべく、東帝戦の優勝副賞に試験参加権利が設定されたのだが――――




「…………いや、あり得ねェだろ。お前以外」

「そうね……引き分けならまだしも勝つってなると、中々想像つかないよね」


 万丈相手にチェスを指していた久世に続き、コーヒーを淹れていた篠宮も同意する。徹彦が敗退し獅堂も欠場している今、他の学生によって蒼が倒される事はまず無いと思われていた。




「まァそう決めつけなさんなって……」


 しかし蒼は期待するような視線と共に、再度戦場を見下ろす。




 未知数の潜在能力を秘めた、二人の戦い。蒼と激突するまでに、更に化ける可能性もある。最もそうでなければ、彼等をタッグロワイヤルで派手に蹴散らした意味が無い。




 ◇◇◇




 一方。


 第三演習場スタジアムにて。


 第二演習場で日向と亜門による二回戦が始まっていた頃、こちらの会場でも同様にCブロックの二回戦が行われていた。


 その戦いを静観していたスティーブの背後から、近づいて来ていた少女が声を掛ける。


「"弟弟子"が気になるみたいだねェ〜」

「…………」


 アランの声に応える事も無く、スティーブは無言で戦場を注視していた。無視された事を気に留める様子も無く、彼女もまたフィールドを見下ろしながら言葉を続ける。


「流石に厳しいとは思うケド……やっぱ期待してるワケ?番狂わせ」

「……実力以上の物が通用する相手ではない。敗ければ所詮、奴はそこまでだったというだけだ」

「ドライだね〜……」


 劣勢を強いられている、自身の兄弟弟子。アランの問い掛けにスティーブが返したのは、あくまでも淡々としたシビアな答えだった。




 ◇◇◇




 突き刺さるようなソバットが、鳩尾へと炸裂する。伊織は吹き飛ばされながらも刀を地に突き立て、地を削りながらその一撃の勢いを殺し停止した。


『学園随一の戦闘能力を誇る御剣伊織ですが、その強力な剣技を抑え込まれ苦戦を強いられています!!』


 実況が響く中、起き上がりつつ眼前の相手を睨む。その少年の手にはそれぞれ、オートマチックの拳銃ハンドガンとナイフが握られていた。




「へェ、まだ立てんのか。タフだな」


 卓越した戦闘技術で伊織を圧倒していた"彼"は、首を鳴らしながらも感心するような声を漏らす。




 春川日向と如月亜門の一戦の裏で繰り広げられていた、もう一つの戦い。


『御剣 伊織』VS『結城 結弦』。




 ――――伊織の道を阻むべく、新たな強者が立ち塞がる。


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