第7話『Golden Leo -金獅子-』

反射リフレクト術式フォーミュラ』の能力は、"物理的・魔術的な攻撃を反射する障壁の形成"。


 即ち蛇島が盾で受けた攻撃全ては"自動的に相手へのカウンターに変化する"という、近接戦闘に於いて途轍も無く強力な術式だった。逆に攻撃手段が剣術もしくは体術に限られる伊織にとっては、この上無く相性が悪い。


 しかし、どんな術式にも弱点は存在する。事実反射術式には、盾の表面を覆う程度の面積しか障壁を形成出来ないという欠点があった。それを数度の打ち合いで見抜いた伊織は、防御の隙間を縫うように無数の連斬を放つ。


 ただ問題は蛇島が相当な近接戦の名手であり、全ての剣撃が彼の斧と盾によって捌かれているという事。


 斬り合いならば誰にも遅れは取らないと自負していた伊織だったが、東帝にはそれを打ち破らんとする手練れが存在している。流石は日本最大の魔術学園といった所か。


 最も、そうでなければ――――


「――――倒し甲斐無ェよな……!!」

「何をゴチャゴチャと……言ってんだァ!?」


 不敵に笑う伊織へと、荒々しい声と共に斬り掛かる蛇島。


 その一撃に対し伊織は、受ける寸前で自身の刀を手放した。


「!?」


 瞠目する不良達を傍目に、更に一歩鋭く踏み込んだ伊織は蛇島の右腕を掴み上げる。そして一気に間合いを詰め、蛇島の顔面へと連続ストレートを叩き込んだ。


 柔術、そして格闘術。体術の達人たる日向に勝ち越す、伊織の実力もまた伊達ではなかった。


「ちったあ効いたかコラ……」


 そう言いながら伊織は、連撃と同時に蛇島の手から奪い取った片手斧を投げ捨てる。一方ここに来て初めて明確なダメージを受けたにも関わらず、蛇島の楽しげな表情は崩れない。


「ブン殴り合いを所望かァ……いいぜ、乗ってやる」


 血反吐を吐き捨てながら蛇島は、自身のアドバンテージである筈の盾を放り投げる。この男、骨肉を削り合う闘いに愉悦を見出す生粋の『戦闘狂』だった。


 結局彼等は何処まで行っても、『言葉』でも『魔術』でもなく『拳』でしか語り合えない。


 ◇◇◇


 そしてここにも、口より先に手が出るどうしようも無い人間が一人。


「っかしいなァ、アイツどこ行ったんだ……?」


 やっとの思いで補習を終わらせた日向は、伊織との待ち合わせ場所へと向かったのだが自販機横に彼の姿は無かった。


 伊織が約束を破る筈は無いのだが、学園中どこを探し回っても見当たらない。いっその事寮に戻ってみるかとも思ったのだが、恭夜が以前言っていた『絶好のサボり場』をまだ見に行っていないと気付く。


 そうして日向が足を運んだのは、1号館と並び連結本館中最大規模を誇る8号館の屋上だった。


 常人では動かす事すら儘ならない、超重量の鋼鉄扉を『炎撃』で蹴り破る。そこに広がっていたのは、東帝学園と魔術都市の両方が一望出来る光景だった。


「すっげ……景色イイじゃん……」


 思わずそう呟きながら日向が屋上へ足を踏み入れようとした、その時。


「――――止まれ。それ以上踏み込むな」


 突如真横から鋭い刃が現れ、日向の鼻先へと突き付けられる。視線を巡らせるとそこには、金髪碧眼の外国人のような容姿の少年が立っていた。


「オーイオイ……お前ジャパニーズサムライを盛大にカン違いしてんだろ」

「何……?」


 刀を手にしているその人物の流暢な日本語に対し、日向は半笑いを浮かべながら両手を上げる。


「出会い頭にそんな物騒なモン向ける文化は……無ェっつってんだ、よッ!!」


 僅かな警戒が緩んだ一瞬を見逃さず、日向は自身に向けられた刃を蹴り上げた。刀は手放さなかったが体勢を崩した少年の頭上を、跳躍で飛び越え屋上に降り立つ日向。


「いきなり何なんだオメー。外国人だからってなァ、許されるコトとそうじゃねーコトはあんだぞコノヤロー」

「黙れ。今この場所は『師匠』が使っている以上立ち入り禁止だ。師匠の眠りを妨げる者は何人たりとも許さん」

「あー確かに、サイコーの昼寝スポットだよなココ……ってちげーだろオイ。屋上はみんなのモっ、あっぶねェな!?」


 日向が不平を最後まで言い切るより早く、少年が斬り掛かって来る。研ぎ澄まされ一切隙が無いその太刀筋から、彼の剣士としての力量を日向は即座に察知した。しかし、日向が一方的に押されたままの筈もない。


「はなッ、しをッ、聞けテメェ!!」


 間隙無く浴びせられる刃を掻い潜り、強烈なソバットを少年の腹へと叩き込んだ。日向の蹴りは腕利きの魔術師すら、防御する間も無く吹き飛ばす速度と威力を誇る。


 その一撃を、少年は左手で掴み止め完璧に防ぎ切っていた。


「ッ!」

「この程度か?」


 僅かに動揺を見せる日向へと、攻勢に転じた相手が右手の刀で斬り上げる。咄嗟に半身を捻るが、剣撃が日向の前髪を掠め斬り飛ばした。


 大きく飛び退りながらも、脳裏に過る考え。


(コイツ……めっちゃ強くね……?つか俺より強くね……?)


 剣技、反応速度、防御能力。少年の卓越した戦闘技術を目の当たりにしながら日向は、自分は今相当な実力者を相手取っているのではないかと思い始めていた。


「口程にもないとはこの事だな……!!」

「うっせェな……ナメんじゃねェぞ!!」


 少年が刀へ魔力を収束させていると察知し、日向も右腕へと魔力を集中させる。繰り出された刃と拳が、互いの身体へとぶつかり合う寸前。


「やめろスティーブ」


 金髪の少年の背後から、制止の声が掛けられる。スティーブと呼ばれた彼の後ろにいたのは、眠たげに後頭部を掻く茶髪の少年だった。


「お前な……人払いなんかする必要ねーっつったろ?」

「申し訳ありません。……出過ぎた真似をしました」

「まァいいよ。つーかお前相手にそこまで凌ぎ切るッて、中々やるじゃねーの」


 その人物から軽く咎められ、高圧的な態度から一転し丁寧な口調で頭を下げるスティーブ。恐らく彼の言っていた『師匠』と思われるその少年は、日向に感心したような視線を向けながら歩み寄って来る。


「大丈夫だったか?いきなり悪かったな」

「あー、うん。いや、いいよ別に」

「そうか。……お前見ねェカオだけど、まさか一年か?」

「おー、そうだよ」

「マジかよ!?ルーキーなのにコイツから一太刀も喰らわなかったってか!スゲーなオイ!」


 日向はまだ一年だという事を本人から告げられ、驚きを隠せずにいる少年。その隣でバシバシと背中を叩かれているスティーブは、やや不機嫌そうな表情だった。


「……御言葉ですが師匠、俺はまだ全力の半分も出していません」

「ハハッ、拗ねんなよ。オマエが強ェのは充分わーってるから。……んで、何しに来たんだ?」


 スティーブをフォローした少年は、屋上にやって来た理由を日向に問う。


「や、友達ダチと待ち合わせてたんだけど、ソイツがどこにも居なくてさ。屋上ココに来てんじゃねーかと思って探してたんだ」

「へェ……どんなヤツだ?」

「刀二本持ってて、髪が青いヤツなんだけど……」

「成程な……分かった。ちょっと待ってろ」

「……え、何する気だ?」

「困ってんだろ?、お前のダチ」


 そう言って少年は目を閉じると、『魔力知覚』の感知範囲を学園全体をカバーする程の広さまで展開した。驚異的とも言える探査能力見せつけられる日向だったが、伊織について一つ伝えそびれていた事を思い出す。


「あ、でもソイツんだけど、それでも見つかりそうか?」

「へェ、珍しいヤツだな。なら、ってコトか……お、ヒットした。居たっぽいぞ」


 捜索条件を再設定した少年は、然程時間も掛けずに容易く伊織の現在地を見つけ出した。


「マジかよ。スゲーな……!!」


 今度は日向が驚かされる番だったが、少年がふとその表情を顰める。


「あー……でもなんかソイツ今、めちゃくちゃピンチだ」


 ◇◇◇


「オイ……あの一年、蛇島さんとマトモに戦り合ってんぞ……!!」

何者ナニモンだよアイツ……!?」


 そう言いながら驚嘆している不良達の視線の先には、先程とは打って変わって血を吐き膝を突く蛇島の前に立つ伊織の姿があった。


 剣術から体術主体の超近接格闘戦にシフトし、蛇島を相手に互角以上に渡り合っていた伊織。しかし想定以上に自身の流血が多く、これ以上長引けば戦況は不利に傾くという事も理解していた。


「――――ゥラァ!!」


 魔力を纏った蛇島の拳が撃ち放たれるが、最低限の動きでそれを受け流す。そしてその手首を掴んだ伊織は、相手を豪快に地へと投げ倒した。


 "反射障壁が無い場所への攻撃"に加えた、その防御を突破するもう一つの方法。それは"投げ技"だった。どれだけ蛇島が障壁で身を守ろうと、伊織の膂力でその体ごと壁や地面に叩きつけてしまえばある程度の衝撃ダメージは通る。


 背から激しく打ち付けられる蛇島だったが、それでも戦いへの愉楽と優勢の余裕を浮かべた表情は変わらない。あと数撃入れば伊織は限界を迎えるであろう事を、蛇島は見破っていた。


 全身のバネを稼働させ、跳ね起き様の両足蹴りを伊織の胸元へ叩き込み吹き飛ばす。咄嗟の防御も間に合わずまともに喰らい、ガラクタの中へと突っ込みながらも何とか停止した。




 ――――上がる息と滴り落ちる血が、戦いを白熱させ続けている。しかし両者は次の一撃が、最後の交錯になるだろうと無意識に感じ取っていた。


 蛇島は残存魔力を右腕へと集中させ、伊織も全ての力を拳に込める。地を蹴ったのは、双方全くの同時だった。拳が振り抜かれる直前、伊織の眼が僅か一瞬だけ蛇島の顎へと向けられる。


 その視線が陽動フェイントであり、彼の本当の狙いは胴元への一撃ボディブローだと蛇島は看破していた。相手の意識を割かせる『目線のフェイント』。その癖と傾向を戦いの中で見抜いていた蛇島は、それを逆手に取り腹部に反射障壁を展開した。


 伊織の一撃を跳ね返し、同時にカウンターで仕留める。蛇島の策が伊織を叩き潰すべく襲い掛かった。二人の拳が、交差する。




 しかし――――


(クソ、しくじったな――――)




 ――――蛇島へと撃ち込まれたのは、顎下から叩き上げるようなアッパーだった。




 蛇島が掻かれたのは『裏』の『裏』。伊織はフェイントを。視線を用いて防御を胴体へ誘導させ直前で狙いを顎へと変えた事で、完全に不意を突かれた蛇島は殴り飛ばされる。


 ノックアウトされ倒れ伏す蛇島の前で、傷だらけになりながらも確かに立っている伊織。その姿は、御剣 伊織が蛇島 司に勝利したという揺るぎない事実を周囲の人間へと示していた。


「蛇島さんが、敗けた……!?」

「どうなってんだよ……!何なんだよコイツ……!?」


 一年生が蛇島に勝利したという信じ難い決着に、不良達の誰もが動揺している。しかし一人の人物がスラム街へとやって来た事で、その空気が一変した。




「……何の騒ぎだ」


 その声と共に、姿を現した一人の男。次の瞬間、この場に居た不良達の全員が一斉に立ち上がり頭を下げた。


「お疲れ様です!!」


 そこに在ったのは、圧倒的強者への『畏怖』のみ。彼等の先に居たのは、巨大な体躯と金髪を持った学生だった。空間を押し潰さんばかりの重く濃密な魔力が、彼の全身からオーラのように溢れ出している。その威圧感を形容するならば、正しく『黄金の獅子』と言った所か。


 東帝学園内部にて生徒会と対立する武闘派集団『大文字一派』のトップ、大文字ダイモンジ 獅堂シドウ


(桐谷先生が言ってた『三強』の一人か……なんつータイミングで来やがる……)


 自身の元へと歩いて来る獅堂を、霞む視界で捉える伊織。


「……蛇島やったのはテメェか」

「だったら……どうした……」


 獅堂からの問いに荒い息と共に応えるが、伊織は立っているのがやっとの状態である。その言葉を受けた獅堂は、身体から沸き立っている魔力の波を一際大きく揺らめかせた。何らかの魔術の発動準備かと思われたが、対処しようにも伊織の意識は既に遠のき始めている。


(クソ……ガード、しねェと……)


 頭では解っていても、体が指一本として動かせない。力尽き倒れ込みそうになった、その直前。






「――――~~~~ァァァァああああ!!!!」


 徐々に大きくなっていく叫び声と共に、スラムの遥か上空から一人の少年が


「あ……?」


 その声に反応し上を見た獅堂へとその勢いのまま蹴りを叩き込んだのは、旧校舎上の連絡橋から飛び降りて来た日向だった。


 命知らずにも程があるその行動に、不良達は一人残らず度肝を抜かれる。そんな中獅堂の巨躯を押し返すように蹴り飛ばした日向は、背後でふらついていた伊織に声を掛けた。


「あー死ぬかと思った、って伊織ィお前自販機のトコで待っとけっつったろ!何してんだこんな所で」

「うるせェ耳元で叫ぶな……」

「つかオマエいっつも気付いたらボロボロになってんな」

「ほっとけ……」


 何とか無事着地出来た事に安心している日向の前で緊張の糸が切れたように座り込む伊織だったが、乱入者へと獅堂は訝し気な目を向けている。


「誰だテメェ?」

「あ?見りゃ分かんだろ。コイツの相棒だよ」

「ちげェ……」


 日向の獅堂への返答を、仰向けに地へ倒れ込みながら否定する伊織。


「コッチの人間がやられてんだ……タダで済むとは思ってねェだろうな」

「どォせ先に手ェ出して来たのはテメェらの方だろ。伊織は自分からフッ掛けたりはしねェよ。それでもコイツに喧嘩売るってんなら……俺が相手になってやる」


 獅堂の迫力に一切臆する事無く、日向は堂々たる態度で睨み返しつつ言葉を続ける。その宣戦を受け、獅堂は蛇島と同様に愉快そうに笑みを溢した。


「気ィつけろ日向……ソイツ、多分東帝で一番強ェぞ……!」

「ハハッ。だったら……倒せば俺が最強ってコトだな」


 伊織から自分にだけ聞こえる声でそう伝えられるが、その忠告に日向は寧ろ揚々としながら拳を掌へ打ち付ける。


 雪華が懸念していた事態が、今正に現実となる。春川 日向と大文字 獅堂。学園を騒がせる二人の悪童が、このスラムの地で激突した。

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