生粋の月人
ストーカーという言葉を知っているだろうか? いつの時代にも存在する行為で、所謂倒錯的な付き纏いだ。主に好意を持っている相手に対して行われ、その人の行動や付き合いを監視、酷い場合はゴミ漁りまでし始める所業。
私はその気持ちが痛いほどに分かる。ストーカーは迷惑になると分かっているのでやらないが、本当ならナインスやエインスの全てを知りたいと思っている。好きな食べ物からアレの周期。いや、それはもう大体予想はついている……
さて、しかし、だ。先ほども上げた通り、ストーカーというのは反社会的で、一般的に犯罪者と等しいニュアンスだ。
だからだろうか? 私は今――
「ほら、さっさと吐いたらどうなんだ? お前はこの女性に付き纏っていたんだろう?」
警察署で事情聴取を受けていた。いや、ほぼ尋問に近いだろう。
ただテンスを見つけ、動向を窺っていただけなのに、どうしてこうなるのだ。私はこの月都市を守りたいだけなのに……
「何とか言ったらどうなんだ?」
警察官は人差し指でリズムよく机を叩いている。貧乏揺すりだろう。それほど私に対して苛立っているようだ。
「何もしていません。付き纏いだなんて彼女の気のせいですよ」
「嘘をつくな! あの女性に後をつけた挙句、近づいて耳を舐めたんだろう! 目撃者は複数人いるんだ!」
「ご、誤解よ!」
口ではそういうが、事実だったので目を逸らしてしまう。
本当は私の耳をぺろぺろして欲しかった。だから彼女に頼み込もうと思ったら、また紳士モードに邪魔されてしまい、自棄になって彼女の耳をはむはむしてしまったのだ。まあどっちに転んでも犯罪だったが……
「私は彼女のことが好きなのよ! だから耳をはむはむしただけじゃない!」
「ついに白状したか! この変態め!」
しまった。軽率な発言だった。
「へ、変態じゃないわ。耳を舐めたのは、その……舌が滑ったのよ!」
「舌が滑るなんて初めて聞いたぞ!? 器用だな!?」
警察官は吃驚した様子で声を荒げている。
どうする? このままでは本当に捕まってしまう。もしストーカー、それも痴漢で捕まったとなるとエインスやナインスに顔向けできない。せめて捕まるなら国家転覆罪とか格好良い罪が良い。
考えろ。美少女で詰まった脳みそを働かせろ。この場を切り抜ける方法は……変身して強硬手段にでるか? いや、そうしたら町中大騒ぎになるだろう。最悪の場合は月軍の相手をしないといけない。
ならば、方法は一つだろう。
「あー……美少女が作ったサンドイッチでも食べたいわー」
「急に何を言ってやがる」
何の脈絡もないことを言って心身が病んでいると思わせる作戦だ。本当は支離滅裂な発言の方がいいが、流石に完璧に演技はできないので、本心を出すくらいが丁度良いだろう。
「美少女のパンツでも落ちてこないかなぁ……いや、ブラジャーでもいいんだけど」
「……さては開き直りやがったな。お前みたいな変態は牢屋にぶちこんでやる。罪は償ってもらうぞ」
「ファッ!」
作戦が裏目に出てしまった。予想外の展開に、つい間抜けな声を上げてしまう。
私、性犯罪者になるの……? こうなったら強行突破するしかない!
「はい、サンドイッチで良かったか?」
そんな時、私の目の前にサンドイッチが出された。警察官は呆気に取られていて、私は不思議に思いながらサンドイッチに手を出す。
「ありがとう……っんぐ、そこそこ美味しいわね……って貴方誰よ!?」
「反応が遅くないか?」
そこには呆れた様子の白衣を着た幼女がいた。確かにサンドイッチが食べたいと言ったが……まさか最後の晩餐では? 私はこれから処刑になるので、最後くらいは良い想いさせてやろうという警察の粋な計らいなのか?
「んむっ……美味しい、美味しいわ」
幼女が作ったサンドイッチと思えば、美味しく感じてきた。ただのたまごと野菜のサンドなのに、人生最後の食事と思えば感慨深くもなる。
「なんで泣いているんだ? こいつは?」
「それより嬢ちゃんはどうやって此処に? 勝手に入ってきたら駄目じゃないか」
「私はそいつの引き取り人だ。ほれ……」
幼女が免許証のようなカードを警察官に見せると、警察官は青ざめた様子で「し、失礼しました!」と言い残し、慌てて去っていった。
残された私はサンドイッチを加えながら首を傾げ、白衣の幼女を窺った。彼女は美少女というよりは幼くて、しかし可愛らしい。美幼女といったところだろう。琥珀色に輝いている瞳は、まるで月に照らされた花のように美しい。それを強調させる漆黒のボブカットも素敵である。
ああ、この幼女は私を引き取りに来たと言った。私は助かったのだろうか……は!? もしやこの幼女は天使なのか!? その白衣は神聖な布で出来ているのか!?
「天使様! ぜひ私の耳をはむはむしてください!」
「いや、天使ではないぞ? 私はマチルダという……まあ博士をやらせてもらっている」
照れているのか、頭を掻きながらマチルダは答える。
こんな幼女が博士だとは……とんだ天才だろう。大人らしい雰囲気といい、見た目は子供、頭脳は大人らしい。
紳士モードが睨みを利かせてくるが、取り敢えずは放置だ。
「はむはむしてやってもいいが条件があるぞ。フォース」
条件? いや、それよりもどうして私の実験体ナンバーを知っている?
一気に警戒度が引き上げられ、部屋の空気はピリピリとしたもので満たされる。緊張から息を呑み、私はただ目の前の幼女を睨みつけた。
「マチルダは……フリューゲルの手先?」
「フリューゲル? 確かに協力関係にある。俯瞰的に見ればそうかもしれないが、個人的には一緒にして欲しくはないな」
心底嫌そうに首を振って、幼女は人差し指を立てて言った。
「私は名誉あるムーンノイドだ。ムーンノイドこそが世界一であると証明するために此処にいる。フリューゲルみたいな賊軍じゃない。我らには大儀があるのだ」
「……どうかしら? 私から見ればオーダーも、フリューゲルも、月人も、全部碌でもないわ」
「ふん、兵器であるフォースがそれを言うか……」
オーダーとフリューゲルは差別をきっかけに戦争を始めた。どちらも同じ人間だというのに愚かだろう。
月人は中立を貫いていると耳にしたが、目の前の野心を抱くマチルダを見る限り、それすらも怪しい。
結局、どの勢力も他人を恨み、思いやりの心がない。やられたらやり返す。争いが争いを生み、尊い命が儚く散っていく。その中に美少女も含まれていると思えば胸が張り裂けそうだ。
「フォースは粛清の蛹計画によって開発された四号機だ。お前の存在は争いそのもの……それなのに戦争を拒むのは滑稽だな」
「違う! 私は家族想いな人間よ! それ以上でもそれ以下でもないわ!」
人格を否定されて、つい机を叩いてしまった。
それでも顔色一つ変えないマチルダは至って平然としていて、とても子供のようには思えない。立ち振る舞いは毅然とした博士そのものだろう。
(この幼女ッ! できるわッ!)
凛々しい顔立ちの幼女。うん、悪戯したくなってきた。マチルダがむせび泣く姿を見てみたい。その自信をへし折りたい。
だから私は彼女に壁ドンをした。乙女心を擽るような、ロマンチックなものを再現する。
「悪い子ね。おしおきしてほしいのかしら?」
できるだけトーンを落とし、殺気を含めてみる。
仮に普通の大人なら顔面蒼白。悪くて失禁。子供だと気絶してしまうような息も出来なくなるような殺気だ。
それなのに――
「粛清の蛹計画はまだ遂行されていない。蛹は蝶になるべきだろう?」
マチルダは少し肩を震わせただけで、直ぐ張り付けた仮面の様な、無表情になってしまった。これは一筋縄ではいかなそうだ。
「粛清の蛹計画? あ、ちょっと! 何処に行くの?」
「“まだ“仲間にならないなら帰る。私も暇じゃない」
どうすればマチルダの泣いている姿が見られるのか? 粛清の蛹計画とは何か? 思考を巡らせていると肝心のマチルダは含みがある言葉を残して私から離れる。
「フォースはいずれにせよ、私のモノになる」
「……いや、貴方が私のモノになるのよ」
「は? あっはっは! そのジョークに免じて教えてやろう。後少しでアゲハ・ユイが月都市に到着するぞ?」
「アゲハが!? それってどういうこと!? ちょっと待ちなさいよ!」
吃驚する私を置いて、マチルダは愉快そうに笑いながら去っていく。追いかけようとしたがスーツ姿の男性たちによって阻まれてしまった。
これ以上は近付けない。言葉の意味を問い質せない。
苛立ちから壁を殴り、そのままの勢いで警察署を飛び出した。ただアゲハを見つけるために狂奔する。
「最悪だ……」
脳内に出来上がっているパズルは最悪の展開。アゲハ・ユイというオーダーの要人が此処に訪れ、此処にはテンスという最強の狙撃兵がいる。もしかしなくてもテンスのターゲットはアゲハに違いないだろう。
アゲハは私の友達であり、恩人でもある。そんなアゲハが死んでしまうのは許し難い現実だが、それ以上に戦火が広がってしまうのは駄目だ。
どうしてムーンノイド、マチルダたちはフリューゲルに協力している? マチルダはフリューゲルを踏み台としか考えていないようだが、それでも納得はいかない。
町の人々を見る限り、みんな幸せそうに暮らしている。中立地帯の中でもひっそりとしていて戦争を感じさせない、良くも悪くも時代錯誤な街だ。
「私が止めないと……」
月都市を守るためにも、家族を守るためにも、美少女を守るためにも、唯一危機を察している私が止める。でなければ一生後悔することになるだろう。
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