ナインス強襲

 解せぬ。

 気がついたらベッドで寝ていた。

 隣を見ればアゲハがすやすやと寝息を立てている。


「くそっ……良いところだったのに……」


 結局、紳士モードに享楽を防がれてしまい、悔しさから私はベッドのシーツを握り締めた。

 今からもう一度彼女を襲ってもいいがまた紳士モードに邪魔されるのは明白なので、大人しく彼女の寝顔を拝むだけにする。綺麗な鼻提灯を出している姿は実に滑稽だ。


「それにしても無防備じゃないかしら? いくら友達になったといってもまだ一日しか経っていないわ」


 それほど信用されているのは嬉しいが、理由は一体なんだろう? また訊いてみるのもいいかもしれない。

 そう思いつつ、眠れない私は夜景を楽しもうとバルコニーへ出た。ここは軍属が泊まりに来る高級ホテルだけあって町を一望でき、美少女の二の次くらいには綺麗だ。本当にここが宇宙に浮かぶ大地なのかと疑ってしまうほどに発展していて、ビルは聳え立ち、綺麗な湖があり、人々は活気に溢れている。


 この中にどれだけの美少女がいるだろうか? 是非とも、一人一人と会って仲良くしたい事だが、その前に私は人類が人である故に起きた醜い争いから彼女たちを守らないといけない。平和な世界への礎となる覚悟は出来ている。


「ああ、どこかに美少女がいないかなぁ……耳元で愛を囁いて、一生愛を注ぐと約束するのに……ん? あれは星……? まさかッ!?」


 仰げば人工的に作られた雲があり、隙間から飛翔する物体。まだ米つぶくらいの大きさだったが、肌に毒が付いたかのようなピリピリとした感触。それは本能にまで達し、明確な殺意を感じ取った。

刹那、私は魔力で変身し、眠っていたアゲハを抱えて全速力でバルコニーから飛び降りた。


「うわっ! なんだなんだ!? ど、どうして空を飛んで!? これは夢か!?」


「いいから大人しくして! 攻撃がくる!」


 バーニアを最大限に噴かせ、ホバリング気味に上空をゆっくりと降下する。

 起きたばかりのアゲハは鳩が豆鉄砲を食ったように慌てふためいて、足をバタバタとしているが、私は冷や汗をかいた。

 何故なら、幾つもの魔力ミサイルが空気を切り裂きながら頭上を飛び、それらは私たちが泊まっていたホテルへと直撃した。

 轟音と共に塵が舞い上がり、辺りは火の海に包まれる。遅れて悲鳴が聞こえ、コロニー内は地獄へと変わり果てた。


 取り敢えず、安全そうなホテルの裏山へと着地した私はアゲハを下ろす。

 背後ではまだ攻撃の手が止んでおらず、追加のミサイルやビームが街を破壊している。見るからに無差別で、あまりの残酷さに私は言葉を失った。


「ま、まさかコロニーが攻撃されるなんて……フリューゲルも見境なくなってきたな」


「……フリューゲルもオーダーも関係ないわ。戦争はやっちゃ駄目なのよ」


「は? おい待て! 何処へ行く気だ!」


「決まっているでしょ? 敵を倒しに行くの」


「それなら私も連れて行け!」


「パジャマ姿じゃ何もできないでしょ? 足手纏いよ」


 恐らく、相手はアゲハが探していた新兵器だ。それも私と同等か、それ以上の魔力をヒシヒシと感じる。

 部下を率いているなら未だしも、何の改造も受けていないただの人間であるアゲハ一人が立ち向かえる訳がない。

 苦虫を噛みつぶしたように辛そうな表情の彼女の手を握り締めた時、突如重たい鋼鉄が私たちの仲を裂くように降り立った。


 それは異形だ。

 身体中の至る所に銃火器が付けられている。頭にはバルカン砲搭載のヘルメット、目にはバイザーが装備され、肩には二問のビーム砲。胸部ガトリング、腕部サーベル、脚部ミサイルランチャー、それらのエネルギーを供給するために巨大なバックパックを背負い、機動力は積載量で殺されている。それを補うためか、分厚い装甲が至る所に取り付けられ、僅かに出ている体型から女性だと察せられた。


「アゲハ・ユイ発見……一緒に来い。さもなくばこのコロニーを破壊し尽くす」


「なんだと!?」


 私は絶望的な選択を迫られたアゲハを庇って、前へと出た。


「ちょっと待ちなさいよ! アゲハは私の友達よ! 渡さないわ!」


「……識別確認、裏切り者の四号機……始末する」


「貴方ッ! 私の素性を知って――うぐぅッ!」


 思考する間もなく、胸部の装甲が開いたと思えば銃撃された。幸いにも装甲部分に当たったため外傷はないが肋骨は折れてそうだ。


 私はアゲハを抱えて、その場から離れた。

 彼女を救う。死なせない一心で、全速力で岩陰へと避難する。

 耳朶を打つのは爆撃音。コロニーが破壊されているのだろうが、アゲハを誘き出す罠に決まっている。


「アゲハ、短い間だったけどありがとう」


「何を言っている? もしかして死ぬ気なのか?」


「死ぬ気はない。ただ、あの馬鹿を叩きのめすだけよ」


 今の時代は凄惨な戦争の真っ只中と分かっていた。

 しかし、だからといってあんな暴挙は許されない。罪のない人を殺し、モラルの欠片もない脅し。勝てば官軍負ければ賊軍という言葉を表しているようで気に食わない。


「無茶だ! あいつは新型だ! お前よりも魔力出力が高い!」


「ごめんなさい。また会いましょう。今度は平和な世界がいいわね」


 アゲハなら一人で脱出できるだろう。此処はオーダー寄りのコロニーでもある。

 そう信じて私は再び戦場へと舞い戻った。

 公園のど真ん中、無言で砲弾を撃ち続ける新型。コロニーを本気で破壊しようとしているようで、私に対して明らかに過剰な攻撃を加えてくる。

 地面が抉れ、コロニー全体に轟音が響き渡る。流れ弾でどんどん町が破壊されていく。その光景は見ていられないほど残虐で、戦争の悲惨さを身に染みて実感した。


「馬鹿みたいに高火力ね! こっちも本気でいくわよ。手加減しないんだから!」


 いくら相手が新型だからと言っても、勝ち目がない訳ではない。

 相手は超火力故にスピードがない。身軽な私の方がその点では有利だ。

 何が魔力出力だ。そんなもの技量で押し返してやる。

 私はインビジブルモードとなり、その状態で弾幕を躱す。いや潜り抜けるという表現が正しいだろう。ミサイルと銃弾を紙一重で避ける。少しでも当たればゲームオーバーだ。

 そうして敵の真正面に突貫した私は敵のヘルメットを刃で殴った。ハンマーと同じ要領だ。装甲は厚いが、衝撃を殺しきれないだろう。


「ぐっ!」


 彼女は苦痛に満ちた表情で離れようとし、私は今がチャンスだと、追撃を掛けるために再び間合いを詰める。

 そうしてマギアソードを振り上げた時――


「へぁッ!? 美少女ッ!」


 バイザーごとヘルメットに罅が入り、ぱかんと割れてしまった。

 中から出てきたのは絹のような美しい白銀の髪。目は表情と連動していないのか、この世の全てに絶望していて底なし沼のようにドロドロとしていた。

 しかし、正しく彼女は美少女だ。あまり陽の光に当たっていないのか、陶磁器のように白く滑らかな肌。瞳は見る人によって賛否両論だろうが、私にはひっそりと宇宙に浮かぶ星のようで好感を持てた。


「……私の負け。殺して」


「貴方、私の素性を知っているの? 殺すならそれを吐いてからよ」


 彼女は何も語らず、視線も逸らさない。まるで感情がないようで、死すらも厭っていない。

 私は彼女に釘付けになった。厚い棺桶のような装甲を付けた彼女が可愛らしくて、じーっと見つめてしまう。

 そのまま互いに見つめ合い、意外にも先に折れたのは彼女だった。


「私の名前はナインス。スキア研究所の九号機……貴方は四号機のフォース……」


 ああ、美しい。

 このまま顔を近づけてキスしてもいいだろうか? ファーストキッスと言われるものだが、彼女になら捧げてもよい。いや、寧ろ受け取って欲しい!


 ……って、いま名乗らなかったか? ナインス? ああ、そのまま九号機という意味か……私はフォースという名前で、ああ、もう我慢できない!


「んっ!」


「……あっ……なんで……」


「え、えっと……」


 くそっ! また紳士モードが現れた所為で、唇じゃなくて頬に接吻をしてしまった。

 それはそれで良いのだが、何だかやるせない気持ちになってしまう。

 というかこの空気はなんだ? 嫌われる覚悟でキスしたが、ナインスと名乗った彼女は私の唇が触れた頬を撫でている。それも拭うようではなく、愛おしそうに、だ。


「どうして……? 貴方は裏切り者……」


「記憶がないから何とも言えないわ……だけど、これだけは言える。貴方と私は家族よ」


「……同じ研究所出身だから?」


「そうよ。私たちは家族よ」


「お姉ちゃん……」


 恐らく、ナンバリング的に私の方が先なのだろう。

 私を姉呼ばわりしたナインスは武装を解除し、恍惚とした表情でゆっくりと近づいてくる。その愛らしい姿に私のハートは射抜かれてしまった。


「お姉ちゃん!」


「妹!」


 私たちはお互いの存在を確かめ合うように、熱く、抱擁をする。

 ナインスは重たい装備を付けていたにも関わらず、花のような甘い匂いが私の鼻腔を通り抜けた。

 まさか自分に妹が出来るなんて……今まで生きてきた甲斐があったとしみじみする。


 そんな至福の時間を邪魔するかのように、誰かが発砲してきた。咄嗟にナインス、いや妹を庇って周りを見渡すと複数の気配。

 見覚えのある服装の人たちに囲まれていて、察するにオーダー軍だろう。


「さて、先ずは此処から離れましょう」


「うん」


 すっかり素直になったナインスを抱え、私は戦火に包まれたコロニーを脱出した。

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