「剣と魔法」競技が発達した現代で、ファン三人の万年一回戦負け野郎は、勇者を憑依させて無双する ~戦国のカムイ~
原田孝之
Brave Steps to Giant Strides
一章:夏目トオル
プロローグ:英霊杯
雲一つない冬の碧空は薄く伸びた幕のようだ。天領に聳える富士の山は陽を浴びて金色に輝いていた。
足元の青々と茂る樹海が揺れている。そのうえを、赤と黒の閃光が乱舞していた。二つの光は尾を引いて、まるで絡み合うようにして中空を舞っている。
燦々と降り注ぐ雷、燃え上がる大炎を躱しながらの交錯。肉と鋼、硝煙の匂いを立ち上らせながら、凄絶な決闘にふさわしい音楽を奏でていた。
『さぁあ、三ヶ月に控えるワールドカップ選考を兼ねた英霊杯も佳境! 今夜その王者を決める決勝戦が行われております!!』
瞬間、わぁーと総勢一万人近い歓声が割れんばかりに沸き立った。
巨大な破裂音がして、赤の光が明滅する。
複雑なマニューバを描いてもがくそれはなんとか輝きを取り戻し、宙にぴたり停止した。
『この剣戟ぃっっ! この一撃っっ! これこそ、日本が誇る剣聖“烈火”の代名詞だぁぁああ! そう、名づけるなら
無明の闇を切り開く一閃が明け星のように流れた。
解説の口調も六年に一度の祭りで大盛り上がりだ。国際戦の選抜メンバーを兼ねる決戦は、多士済々たる英傑たちのお目見え会でもある。普段はお目にかかれない豪傑英傑がこぞって姿を見せている。
その並居る強豪たちを討ち倒して罷り通ったのが、赤備を輝かせる武士、朝来野武臣であった。
本家の分派であり、創設以来のはみ出しものと評されてはいるものの、眉目秀麗、百八十を超える長身と抜群の腕前を持っている。真っ赤な兜に金色の前立てが輝き、中央部が湾曲したいわゆる南蛮胴を纏った彼は王者の風格を持ち、百人力ともいえる膂力の持ち主でもあった。
優勝候補と謳われるだけあって、若手ユース選手にありがちな凛気一辺倒の力押しではなく、攻守切り替えの利いた練達の技を惜しげもなく披露している。先日、先々日と血の滴るような激戦など微塵も窺わせない、気迫十分のパフォーマンスだ。
太刀の精度、能力の収束性に誘導性。オープン戦などとは比肩できる類のものではなく、時代を彩る士といっても過言ではない。
が、その雑賀鉢の下に隠された相貌はいつも以上に陰っていた。
上下する肩に顰められた眉間。口元からは、白い吐息が立ち昇っている。頸には力が入り、ピキピキと筋が浮かび上がっていた。
仰々しい二つ名で畏れられる傑物が必死の形相で抗っているのだ。
だというのに、その努力を嘲笑うよう涼しい顔をした男が見下ろしていた。
男は、この火事場には似つかわしくないほど平々凡々としていた。わずかに混じる前白髪ごと後ろに撫で付け、つむじの辺りで束ねている。背広を着せれば会社員にでもなるだろう、そんな壮年の男だ。
しかし、その佇まいを見れば誰もが意見を一変させるだろう。
江戸紫の裏地に金襴を縫った陣羽織を翩翻と翻し、闇より深い南蛮胴の胸には金色の木瓜が輝いている。紫紺の闇を全身に纏わりつかせ、全方位を片時の油断なく睥睨している姿は、まさしく戦場の王だった。
そして、その技量は完全に常識から外れていた。
あまりにも無造作に、彼は漆黒の刀を片手で振り下ろした。
斬月を思わせる鋭い太刀筋。一拍外した呼吸。そのどれもが、日本三指に入るとされる男の上を行った。
朝来野は血相を変えて防ぐも、抗せず堕ちた。地面に叩きつけられ、すさまじい砂塵が舞い上がる。それを見届け、男は覇王のように舞い降りた。
『な、な、なんとぉぉぉおおおお! これはなんと奉公衆一番隊隊長十六夜長秀、優勝候補と謳われた朝来野選手をも鎧袖一触ぅぅ!! これはまさに、
遅れて、会場のボルテージが最高潮に達した。
圧倒的ともいえる実力で勝ち上がってきた男は、この決勝でもまた、相手を寄せ付けない。
『こんなことがあるのかぁ! そう、あるのだぁあああ! 何を隠そう実況者も十六夜長秀の大ファンだぁぁぁあああ!』
観衆の盛り上がりなど意に介さず、両雄は地に脚をつけて再度相対した。
朝来野は刀身を背中に隠した居合い抜きの構え。
十六夜は両手で刀身を大上段に掲げる構え。
画面の向こうからでも、息一つ許されぬ緊迫感が伝わってくる。
二人の達人の間で、目に見えぬやりとりが繰り広げられているのだ。
シミュレートは十を超え、百を上回り、千に達する。
勝負の潮合は極まった。
一陣の風が吹いた瞬間、両者は大きく一歩を踏み出していた。
『あーっとっ! 両者共に必殺の一撃をぶつけ合いましたぁああ! どちらが勝ったのでしょうかぁぁ、今映像が……』
固唾を飲んで見守っていた観衆たちが、一斉にわっと歓声をあげる。
濛々と舞う白煙の先には、一人の男が刀を振り抜いていたのだった。
『勝ったのは――なんと、十六夜長秀。傷ひとつない完勝です!』
結果は明らかだった。勝者、十六夜長秀。
観衆たちは観覧席のリプレイ用立体映像に釘付けとなった。
『まさに紙一重の見切り。その胆力、その豪勇。凡夫には永遠に踏み込めぬその一歩。今宵、最強の栄冠は幕府奉公衆十六夜長秀選手の頭上に輝いたぁぁあ!』
壇上に向かった最強が栄光の杯を掲げる。
それを見て観衆は酔った。その武威に、その勇気に。
最強の伝説は今宵も紡がれてゆく。
それこそ、MMA戦国時代の幕開けであった。
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