第51話

 斥候から戻ってきたリリアとシローを含め、今後の方針を詰めることとなった。

 テオドールは焚火を囲いながら、アシュレイが作ったスープをすする。リーズレットとアシュレイのテンションが低いままなのが気になったが、今は放っておくしかない。薄味のスープを飲み干し、口火を切る。


「リリアさんたちの目的は三十五階層のダンジョン内国家をどうにかするって認識で問題ありませんか?」


 リリアは少しだけ目を見開いた。シャンカラのほうへと視線を向け「なんだ、聞いたのかい」と言ってから話を続ける。


「私ら冒険者ってのは基本根無し草のアウトローさ。国だかなんだか知らないが、よくわからない奴に従いたくないんだよ」

「組織立って動いているんですか? それともあなた方だけ?」


 リリアはかすかに視線を尖らせる。


「あんたはどっち側だい? 国の庇護下に入りたいのかい?」


 テオドールの代わりにアシュレイが「それは無い」と答えた。


「僕たちは外の世界に戻らないといけない」

「なら、私たちと同じ側だねぇ」


 と言ってから短く笑う。


「ま、細かいことを教えてやるほど信用しちゃいないさ。ただ、一応、仲間はいるってことは言っとくよ。腐っても国を作るって言ってる連中とやりあうんだ。当然だろ?」

「ダンジョン内国家側の規模は?」

「連中が根城にしてるヘイリダルって都市は百年以上の歴史があるダンジョン都市だ。そこの市民は少なく見積もっても千人近くいる。子供以外は半数近くは中級以上の冒険者だ。それに加えて連中についた冒険者も入れれば、千から千五百ってところだろうね」

「それは……」


 と、テオドールは思わずため息をついてしまう。


「そんなにまずいの?」


 というリーズレットの言葉にテオドールは「ああ」とうなずいた。


「中級冒険者のレベル帯は二百から三百くらいだ。リュカよりちょっと弱いくらいの騎士が千から千五百の軍勢と考えてくれていい」


 冒険者の等級は初級、下級、中級、上級、特級、神級となり、レベル帯で言うと、初級は100前後。下級は100から200代。中級は200から300代。上級は300から400代くらいになる。それ以上は、まとめて特級扱いだった。その中でも偉業を残した者は冒険者ギルドから神級の称号をもらえるそうだ。


 ちなみに、ほとんどの冒険者のレベル上昇上限が200から300代であり、400代でも全体の十パーセントくらいしかおらず、500以上のいわゆる勇者クラスの者となれば、3パーセントを切るそうだ。

 テオドールのように2000越えともなれば、1パーセントもいないだろう。


 中級冒険者となれば、西部でも騎士を名乗る者と同等の強さと言っていい。上級ともなれば、戦場に出て戦の趨勢を変える戦力ともなりうる。

 だが、当然の如く、上級以上の冒険者となると数は非常に少ない。


 ふとアシュレイが「厄介なのはわかったけど、よくわからないことがある」とつぶやく。


「どうして、そんなに簡単に国に対して反旗を翻すんだ? ダンジョンは王の管理下に置かれているだろ? ダンジョン内都市とはいえ、王国の一部だし、今の王は賢君じゃないか」


 アシュレイの言葉にリリアは短く笑った。


「言ったろ? 冒険者ってのは世間一般の規範から外れたアウトローだよ。そのうえ、ヘイリダルは百年以上の歴史がある都市だ。外の世界を知らずにヘイリダルの中で生まれて死んでいく奴だってザラにいる。王国に対する帰属意識なんてありゃあしないよ」


 リリアの横にいたシローが小さく肩をすくめながら口を開く。


「ま、今の王が賢君だってことは認めるが、ダンジョン内都市で疫病が流行ろうが、魔物の襲撃にあおうが、王は助けちゃくれないからな。忠誠心を持てって言われても無理な話だ」


 アシュレイは不機嫌そうに口をつぐんだ。仮にも王の落とし子として、思うところがあるのだろう。

 テオドールは今までの情報を踏まえて、いろいろと考えていた。


(合理的に考えれば搾取しかしない王国を頼りにするより、ダンジョン内都市で連携を取って新たな国家とするのは間違っちゃいない)


 そのうえ、王国が派兵するのもだいぶ先の話になるだろう。

 いや、それどころか派兵はしないという可能性すらある。


(最低でも王都から二ヶ月近くかかる上、途中、魔物にも襲われる。更にヘイリダルに到着して戦う相手は、中級冒険者千五百人以上。勝っても新たに手に入るモノはない……)


 兵站の確保や戦費のことを考えただけで、ほぼ無理である。勝ってリターンがあるならまだしも「現状維持ができるだけ」では貴族が動かない。

 とはいえ、放置をすれば、遠い未来に王国はダンジョン利権を失う可能性がある。


(確定ではなく可能性の話だ。遠い未来の可能性の話で王国は動けない。割を食うのは、外界とダンジョンを行き来する冒険者とギルドの連中か……)


 冒険者ギルドが冒険者を募って戦をしかけてくる可能性はある。だが、それにしたって数ヶ月以上先の話だ。


(どうしてゲートを封鎖したのかは謎だったが、おそらく情報を外に出さないためだろう。反対派への対処をした後、ゲートに関する緩和処置をとる気がする)


 そのうえで、他のダンジョン内都市と連携を取り、同じ国家として取り込んでいく。もし仮にだが、中級冒険者以上の兵士を一万程度集めることができたら、王国を潰せるだろう。ダンジョンから出た瞬間、王都がそこにあるのだ。


(もしかして、けっこう頭いいんじゃないのか? 転生者の奴……)


 割と王国側は詰んでいる状況だ。

 今すぐ崩壊はしないだろうが、将来的に負ける可能性が極めて高い。だというのに、戦費や政治的理由で動くに動けない。

 だからと言って、ダンジョン内都市を王国の直轄地とするには、費用がかかる。魔物の襲撃や防衛施設の維持費がバカにならないし、うまみが無い。


 ダンジョン内都市は冒険者間の相互扶助で成り立っている都市であり、魔物に襲撃されて崩壊するのはザラにあることだ。


(冒険者はダンジョン内で手に入れたモノを王国に買い取られる。希少価値の高いモノでも、容赦なく買いたたかれる。この搾取の構造に対する反感を示してしまえば、割と、みんな転ぶだろう)


 そのうえで乗っからないのは結局、搾取する者が王国からダンジョン内国家に変わるだけ、ということを見抜いている連中と、ただのへそ曲がりだ。


 面倒なことになっているな、とテオドールはため息をついた。


「他に情報は? 首謀者や厄介な敵とか」

「首謀者の名前はカズヒコ・タナカ。ニホンから来たコーコーセーという転生者だそうだね」

「またニホンのコーコーセーかよ……」

「知ってるのかい?」

「昔、ちょっとありまして。名前は違うから別人だと思うけど……」


 まだ騎士だった頃、戦場で出会った傭兵の中にいた転生者も、ニホンのコーコーセーだと言っていた。


「転生者の中でもニホンから来る連中は一番ヤバい。絶対に相手をしないほうがいい」

「そんなになのかい?」

「はい、ニホンから来る転生者は、とにかくデタラメな特殊天慶ユニークスキルを持ってると聞きます」


 実際、テオドールが戦った転生者もワケのわからない力を持っていた。

 影を操ったり、物質化したりするという魔術の理を逸脱した天慶スキルだ。


「持っている特殊天慶ユニークスキルの内容によっては、討伐に国家レベルの戦力が必要になると聞いたことがあります。そもそも、初めて魔王と指定された人物もニホンからの転生者だそうですし」


「へぇ、そうなのかい」

「こんな話を聞いたことがあります。別の大陸の話だそうですが……」


 そのニホンから来た魔王の特殊天慶ユニークスキルは何もない空間に食べ物を生み出すことができる程度のモノだったそうだ。


 それだけでもデタラメな現象だが、戦闘力の高い能力ではない。魔王は自分の特殊天慶ユニークスキルに落胆しつつも、その天慶スキルで生きていくことを決めた。


 最初は食堂を経営していたらしい。この世界の人々の知らない料理を振る舞い、店を大きくし、その金で新たな食材を探すための私設兵団を作った。


 そこまでならいい。料理好きの人のいい男だったそうだ。


 だが、男は兵団を運営していく上で気づいてしまった。


 無限に生み出せる食糧や食材があれば、兵站や補給に金がかからないということに。

 そこから男は私設兵団を強化していった。

 食べることで能力やレベルを強制的にあげる料理を作り、兵を強化し、傭兵団を設立。戦に出て連勝し続けた。


 やがて、彼はとある国を滅ぼし、王となる。


 魔王の誕生だ。


 食の魔王とか悪食王などとも呼ばれる男は、自分の作る料理で人々を洗脳し、好き勝手に振る舞うようになった。

 人の精神というのは腐る。それは誰しも避けられない。

 最初は小市民的な男だったが、権力と地位を得てからは好色の限りを尽くし、暴虐に圧政を続けたそうだ。


 食で洗脳され、強化された狂った兵士たちは、兵站や補給を気にすることなく戦を続けられる。ケガをしても魔王の作った料理を食べるだけで傷は消える。占領した土地の者にも同じ食事を振る舞えば、一口だけで魔王の奴隷と化す。


 その食と武力でもって多くの国を滅ぼしたらしい。


 だが、さすがの魔王でも不老不死になる料理は作れなかったようで、老衰で死んだ。魔王亡き後には食料自給もできなくなり、残された為政者も己で考える力を失っていたため、国はあっという間に滅んだそうだ。


「と、いうようにニホンからの転生者は、マジでやべー奴らです」


 テオドールの話を聞き、リリアたちもため息をついていた。


「そのカズヒコ・タナカって奴が、どんな特殊天慶ユニークスキルを持ってるか知らないが、まともにやりあったら勝ち目がありませんね。少なくとも、俺は戦いたくない」


 テオドール的には、別に転生者側についてもよかった。数ヶ月から年単位で足止めを食うかもしれないが、それならそれでもかまわない。転生者と戦うよりはマシだ、というスタンスである。


(でも、アシュレイやリーズは帰りたいだろうし、リュカやレイも心配するだろうしな……)


 だから、自分の感情だけでは決められなかった。


「どんな特殊天慶ユニークスキルかはわからないんですか?」

「直接見たわけじゃないから噂話になるけど、ある種の召喚能力らしいよ」


 召喚術というのは、それだけで特殊天慶ユニークスキルである。

 いわゆる神が転生者をこの世界に召喚するのと同じ能力だ。神にしかできないことを行える時点で、デタラメな天慶スキルだった。


「戦うしかないんですかね?」

「そのために神機オラクル探しに来たんだよ」


 戦いたくなかった。

 断片的な情報を聞いただけでも、相手はバケモノだ。

 絶対に戦いたくない。


「とりあえずアーティファクト探しはつきあいます」

「一緒に転生者とも戦おうよ」


 リリアの言葉にテオドールは勢いよく首を横に振る。

 誰がなんと言おうと、ニホンからの転生者とは戦いたくなかった。


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