第20話 俺と弥寿子さんについて
俺は一人暮らし。
去年の九月に、父親が国内の遠くの場所に赴任した。母親も父親の世話をする為についていった。
もともと仲のいい夫婦で、微笑ましいことではある。
それはいい。
しかし、残された俺は、炊事、洗濯、掃除、すべての家事を一人でこなさなくてはならなくなった。
それまでほとんどなにもしてこなかった、俺にとってはすべてが大変なこと。
今はなんとかこなせるようになってきた。
特に料理は、自分でいうのもなんだが、まともに作れるようになってきたと思う。
いや、それはいいんだが、問題は朝と夜の時間が結構それでつぶれてしまうこと。
俺はゲームが好きで、よくやっているのだが、その時間が少なくなるのが一番痛い。
ギャルゲーなら、幼馴染がいて、その子が主人公の為に尽くしてくれることが多い。
朝起こしに来てくれたり、お昼のお弁当を作ってくれたり、晩ご飯を作りに来てくれたり……。
こういう生活にあこがれてしまう。
でも現実は厳しい。全部一人でやらなきゃならない。
こういうところでも、小由里ちゃんと疎遠になっているのは痛い。
小由里ちゃんだったら、ギャルゲーの幼馴染がするようなことは全部してくれるだろうに……。
そう思うと、なおさらつらい気持ちになってくる。
夜、ベッドに入り、今日のことを振り返る。
それにしてもあの子は何だったんだろうか……。
いきなりやってきて、俺の手を握り、それでだけじゃなく、体も寄せてきた。
女の子って、こんなに柔らかいんだ。
この衝撃で俺は心がフワフワになってしまった。まだ彼女の柔らかい感触が残っている。
いい経験をしたなあ、と思う。
いや、そういうことではなくて、冷静にならなくては。こんなことではいけない。
俺のことを好きで、付き合いたいと言ってきた。中学校の時に恩を受けてから、と言っていたが、困っていたのだから、かさをあげることくらい、当たり前のことだ。
俺自身は忘れていたくらいだし、たいしたことはしていない。
好きだと言ってくれるのは、いい気持ちだ。面と向かって言われるのは初めてだし、浮かれてしまうところはある。
でも、これでいいのだろうか。
俺は小由里ちゃんのことが好きなことには違いないんだし、そういう状況の中で、弥寿子さんの方へ心が動いてしまっていいのだろうか、と思う。
それに、弥寿子さん自体、今は俺のことを好きだと言っているけれど、明日には気が変わるかもしれない。
と言いつつ、やっぱり彼女の柔らかさをついつい思い出してしまう。
せめて、小由里ちゃんの手を握ることができれば、弥寿子さんのことを考えないですむかもしれないのに、と思う。
しかし、現状ではまったく期待できないと言っていいだろう。
明日以降どうしていくか。
今日弥寿子さんには、「きみとは付き合えない」と言った。そう言ったことに対する残念な気持ちが心の中に残っている。
俺にも、彼女と付き合いたい気がどうしてもある。
柔らかい感触もそうだが、それがなかったとしても、「好き」と言われたことに対して、彼女に好意を持つ自分がここにいる。
彼女は俺のことをあきらめないと言っていた。なんか、それを聞いてホッといたところもある。
なぜだろう。
彼女があきらめてくれれば、俺が考えればいいのは小由里ちゃんのことだけだ。それは一番まるくおさまることのはず。
これは、自分でも思ってもみなかった心の動きだ。
小由里ちゃんとこのまま疎遠のままだったら、弥寿子さんでもいいのでは、という気さえもしてくる。
彼女がほしい、という気持ちが昨日から強くなっていて、そういう意味では、ちょうどいい時に現れた、と言えるからである。
容姿だけなら好みの方。ツインテールの髪型も結構好きだ。
後は性格になってくるが、今日の感じだといい方だと思う。
ちょっと強引なところはあり、その点は少し合わないところもありそうだが……。
と思ってきて、俺はガクっときた。
俺は彼女に心をやっぱり動かされてしまっている。これで本当にいいのだろうか。
ここで彼女のことを好きになってしまったら、小由里ちゃんに申し訳ないと思わないのだろうか。
小由里ちゃんの笑顔が浮かんでくる。
今は間近でほとんど見ることができていないので。思い出すのも幼い頃の笑顔になってしまうのだが……。
それにしても、こんな気持ちじゃ、まだまだ小由里ちゃんに告白なんかできないと思う。
優七郎も、「彼女が好きで、好きでたまらない、愛している、そういう状態になって、始めて告白っていうのはスタートラインに立てる」と言っていた。
今俺はそのスタートラインにも立てていない。
彼女に対する気持ちを、これからもっと熱いものにしていかないと、スタートラインすら遠くなる一方になる。
ただ救いなのは、まだ高校生活は、後二年ほどあるということだ。
弥寿子さんだって、その想いが本気かどうかわからないし、本気だったとしても続くかどうかはわからない、
小由里ちゃんだって、今は疎遠だけど、両想いになる日がくるかもしれない。
あせってもしょうがない。穏やかにすごしていかなくっちゃ。
俺はそう思いながら眠りにつくのだった。
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