第10話
そしてさやかと陽介は、のどが乾かないこと、お腹がすかないこと、風呂に入っていないのに身体が清潔なこと、そしてトイレにも行っていないことを、しばらく二人で話し合っていた。
正也とみまはそれについては話したばかりなので、二人の会話を黙って聞いていた。
そのうちに二人の会話が止まった。
そこでみまが口を出し、調査の中に食料探しは含まなくていいことになった。
それだけはみまの言う通りに大いに助かったと、正也は思った。
それ以外の状況は、まったくもってありがたくはないのだが。
最初は川べりを調べた。
その中で陽介が「川を下って行けば、どこかに出られるんじゃないか」と言ったが、川の中は完全に安全とは言えないし、川の中を歩いて街に出るのは時間がかかりすぎると言うことで、みまと正也から反対を食らった。
すると陽介がまた言った。
「車でなくて歩いていけば、ここから出られるんじゃないか」
正也は賛成しかねた。
登りの方はこの村から分かれ道まで下りに比べると、それほどの距離はない。
とは言っても山道だが車で三十分近く走っている。
歩いたらはたして何時間かかると言うのか。
おまけに登りなのだ。
のども乾かないしお腹もすかないが、歩けば確実に疲れる。
それに女の子が二人いる。二人とも体育会系ではない。
そう話すと陽介がごねたが、女子二人も反対したため、この話はなかったことになった。
三人が納得しても陽介はまだなにかぶつぶつと未練たらしく言ってはいたが、全員に無視された。
「それにしても……」
と言いかけてみまがふとその動きを止めた。
「おい、どうした?」
正也が聞きながら、みまの見る方に目をやった。
すると、そこにいたのだ。
川を挟んで向こう岸。
二階建ての民家のすぐそばにそいつが立っていた。
見た目一応は人型。
しかしその身長は二階建ての民家よりも高かった。
推定六メートルはある。
その手足は棒のように細いが、手首から先、足首から先がそれに比べるとアンバランスなほどにでかくていかつい。
細い手足に反して体は太く、とくに下腹がまるで妊婦のように大きく膨らんでいる。
そしてアンバランスと言えばその顔。
六メートルは優にあろうと言うその身長の三分の一以上を大きな顔が占めており、その顔には顔の大半を占める縦になった大きな目が一つ、そしてその下には耳のあたりまで裂けた大きな口があった。
その口には鋭い獣の牙がずらりと並んでいる。
そんなやつがこちらを見ているのだ。
あまりのことにみまと同じように固まったまま、正也はその化け物を見ていた。
すると耳に痛い悲鳴が上がった。
「きゃーーーーーーーっ」
さやかだ。
さやかは悲鳴を上げた後、走り出した。
「おい、待て」
陽介がさやかを追う。
正也とみまもその後を追った。
いつの間にか集落を抜けて、山に入っていた。
それでもさやかは走り続ける。
そんなに足は速くはないはずなのに、スピードを一切落とさない。
三人がそれについていく形となった。
そしてみまが遅れだしたので、正也は少しだけスピードを落として、みまと大きく離れないようにした。
――いつまで走るつもりだ、あいつは。
正也がそう考えながら走っていると、さやかは山道に足をとられて、盛大に転倒した。
「あーん、あーーん」
さやかは地面にへたり込んだまま、まるで幼児のように泣き出した。
陽介が追い付き、さやかを一生懸命になだめる。
正也が追い付き、少し遅れてみまも追いついた。
正也とみまが同時に振り返ったが、あの化け物の姿はなかった。
「あれは一体なんなんだ」
思わず正也が口にすると、みまが答えた。
「わからないわ。でも近づいてもいいものではなさそうね」
同感だ。
その時正也は、ふと思い出した。
夢だ。
夕べ見た夢。
夢の中で二つのものに追われていた。
そのうちの一つは姿かたちははっきりしなかったが、一応人型であったと感じていた。
それも複数いたのだ。
あの化け物も人間とはいろいろとかけ離れてはいるが、一応人型と言える。
あの夢がなんだかの意味を持つと言うのならば、正也を夢の中で追っていたものは、あの化け物のことなのではないのか。
そうだとしたら、あんな化け物が複数いるとでもいうのか。
そしてもう一つ夢の中で正也を追っていたもの。
山のような質量を持つものとは、いったいなんなのだ。
正也は考えた。
考えたがまるでわからない。
それでも正也が考えていると、いつの間にかさやかが泣き止んでいた。
その顔はそれほど長くない距離を走っただけにもかかわらず、まるでフルマラソンを走った後のように疲労困憊といった風ではあったが。
座り込むさやかを、陽介がなだめ続けている。
正也はただそれを見ていた。
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