第32話 弟だって許しませんっ!3 ~小さなライバル~



「あ、こら愛海!お前こたつで寝たら風邪をひくだろうが!!ほら起きなさい」


「にいちゃ~?へへ、おはよぉ~」


 寝ぼけて笑顔を振りまく愛海の上半身を容赦なくこたつから引っ張り出すと、椅子に開けてあった上着を被せて壁に寄りかからせる。海矢は寒い部屋の中でヤカンに火をかけ湯を沸かしながら電子レンジでミルクを温め、エアコンのスイッチを押した。タイマーを掛けておいたエアコンは、無情にも時間通り切れていたらしい。

 年が明けた後に二人で近所の神社へ初詣に行き、家に帰った瞬間こたつの電源を付けて潜り込んだ愛海。録画していた見たい番組があると言ったので、見終わったらちゃんと自分の部屋で寝ることを約束し愛海を一階に残して自分の部屋に入ったのだが、どうもそのまま寝てしまったようである。

 風邪をひかないか心配で、海矢はミルクが温まるとそこにココアの粉を混ぜ、未だ寝ぼけ眼の愛海に持たせた。自身は沸いたお湯で珈琲を作り、こたつに入ってゆっくりと喉を潤す。

 窓を見ると、年末に引き続き珍しく雪が降っていた。


「ん・・・、おいし。ありがとうにいちゃん」


 愛海はやっと起きたようで、両手でカップを持ちふぅふぅと息を吹きかけながらちびちびとココアを飲んでいる。

 さて少し遅くなったが朝食に雑煮を作ろうと思い、立ち上がろうとした瞬間、インターホンが鳴り響いた。一瞬毎年元旦に挨拶に来る大空かと思ったが、彼は今回親の故郷で年末年始を過ごすことを聞いており、彼ではないと思い直す。今年も両親は仕事で帰らないと言っていたし、そうなると誰だろうか・・・・・・と疑問に思いながら表示されている外の様子を見ると、そこには竜と辰巳、真心が仲良く並んで映っていた。


「ゲッ!!」


 知らない間に横から覗き込んでいた愛海は明らかに顔を歪め、『せっかく兄ちゃんと二人きりの時間なのに~』と拗ねているが、鼻を赤くしている彼らのため急いでドアを開けに行く。


「「「あけましておめでとう!/ございます!」」」


「はい、これお裾分け!!まり兄の大好物、俺の母ちゃんお手製の黒豆!!」


「これ、よかったらなんですけど・・・・・・」


「俺も、これ・・・・・・」


「おーお前ら、あけましておめでとう!!みんな色々ありがとな!!寒いだろ、中入れよ」


 それぞれが手に提げていた紙袋を差し出してきて、それを受け取り中へと勧める。柱の陰から顔を覗かせている愛海が悔しそうに服の袖を噛んでいたが、海矢は気がつかなかった。ハンガーを渡しコートを掛けて貰い、荷物をまとめて部屋の隅に置く。竜と真心の荷物がやけに大きく、それにいち早く気づいた愛海は二人の魂胆に口を尖らせる。


「ねぇ、二人とも何この荷物の大きさ!まさか泊まる気じゃないよね!?兄ちゃん、こいつら泊まる気だよ!!」


「まぁいいんじゃねぇか?賑やかで楽しいじゃねぇか」


 海矢は三人分のココアを作りながら愛海の声を聞き、いつものことだと了承する。『え~』とわかりやすく頬を膨らませた愛海に対し竜は、海矢からは見えないからとにんまりして舌を出した。真心はそこまではしなかったが、少しだけ得意げな顔だ。


「え、お前ら今日泊まるの!?じゃあ俺も泊まろう!!」


「着替えとかどうすんだよ」


「後で家から取ってくる!」


「クソッ!幼馴染み(家が隣)の特権かよ!!」


 二人の魂胆に気づかずただ『二人とも、荷物大っきいな~』と思っていた辰巳は立ち直り早く、後で家(隣)までひとっ走りしようと算段を立てていた。


「ほらお前らこたつ入れ。風邪ひくなよ」


 一年生ズをこたつに押し込みそれぞれにカップを渡して自身もその中に入る。


「はぁ~この兄感・・・・・・さいこー・・・・・・」


「「同意」」


「何言ってんだお前ら」


「兄ちゃん、こいつら放っておいて僕とトランプしよ?」


「お、いいなトランプ。大富豪やろうぜ!」


「トランプ・・・・・・みんなでしたい」


「俺、トランプで遊んだことねぇかも」


「も~・・・・・・わかったよ。みんなでやるよっ!」


 家の中では見ることのできない愛海の一面や、騒ぎながらゲームをし始めようとする彼らに頬が緩み、海矢は昼食を作ろうと腰を上げた。

 わいわいと賑やかな声を聞きながら、雑煮に入れる材料を切っていく。いつもよりも作る量が多く大変だったが、楽しそうな彼らの声を聞きながらだと全く疲れは感じなかった。

 皆で昼食を摂り、海矢も加わってカードゲームをしていると、家のインターホンが再び鳴った。宅急便でも来たのかと思い皆にはゲームを続けさせて海矢が見に行くと、機械から『にぃたん!こたちゅがきたよ!』という元気な声が聞こえてきた。背後には苦笑いをしている女性が立っている。


 元気な男の子の声を聞いた途端、今まで一上がりで勝ち誇った顔をしていた愛海が明らかに嫌がるような表情になった。竜と真心はその反応に首を傾けたが、辰巳は愛海の顔に合点がいったように『あ-・・・』と声を漏らす。


「にぃたーん!あけまちておめでとー!!」


 玄関から聞こえてきた高い声に耳を澄ませ、皆の視線がリビングの扉に集まる。まだ姿は見えず、扉の外からは元気な子どもに対する海矢の優しい声と、女性の声が聞こえてきた。


「おー、よく来たな“こたつ”。あけましておめでとう。五月さんも、あけましておめでとうございます」


「あけましておめでとう。海矢くん、ごめんねいきなり来ちゃって」


「愛海、誰?」


「あいつは・・・・・・」


 真心の問いかけに、愛海は暗い顔で答えた。



 ******** 


 一年生ズが羨ましそうな視線を受け、ただいま海矢の膝に座ってきゃっきゃと笑い声を上げている海野小辰こたつは現在三歳の海矢と愛海の従兄弟である。赤ん坊の時から海矢に非常によく懐き、反対に愛海には全くといって良いほど懐かない、愛海にとっては扱いにくい従兄弟だった。彼がいると、兄が取られるのでどちらかというと嫌いな部類に入る。

 遠くに住んでいてなかなか会えないのだが、毎年二日か三日に兄弟に顔を合わせに来てくれるので元旦に訪れるのは珍しかった。五月曰く、今日は人と会う予定だったのだが連れて行こうとしていた小辰が露骨に嫌がり兄弟(海矢)に会いたがったため連れてきたということだ。彼女は申し訳なさそうに小辰を置いて、待ち合わせの場所に向かって行った。


 そして今、小辰は海矢の膝で皆がやるトランプに参加していた。比較的簡単なババ抜きで遊んでいるが、海矢と小辰で一組なため嫉妬心から皆大人げなく全力で負かそうとしていた。が、先ほど負かしてしまったら大声で泣かれてしまったので今度はわざと負けなくてはならない。


「ん~、どえかな~(どれかな~)?」


「んー、こたつはどれがいいと思う?」


 海矢の小さな子どもに対する甘く優しい声に、一同が心拍数を上げ苦しさに胸を押さえていた。しかし小辰も小辰で大変可愛らしいのだが、竜、辰巳、真心は愛海のことを知っているだけに海矢への甘え方がわざとらしく目に映る。過剰に甘えてこちらに見せつけているようにしているとしか思えないのである。現に竜と真心が小辰に自己紹介したとき、『こいつらは海矢の何なんだ?』というような視線を浴びせられたのだ。愛海同様海矢に対する独占欲が強いと見た。

 そして三歳児である小辰と堂々と張り合おうとする愛海と、『なんでほんもののきょうだいじゃないのに、たちゅみ(辰巳)はにぃたんのことそうやってよんでるの?』などとキツい質問をぶつけられこめかみが怒りに動いている辰巳に、竜と真心は憐れみの目を向けた。


「「(こいつ/この子、絶対わかっててやってる・・・・・・!!)」」


 自分の言うことを優先してもらえる小辰が、悔しがる愛海にペロッと舌を出しているのを見て、普段自分がやっていることを目にしているように感じられた竜は、恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。真心は、小辰の素直な愛情表現や我儘を見て自分もああいうふうに素直に振る舞えたら良いのになぁ・・・と羨望の意を抱いた。


「にぃたん!つぎ、つぎアレやりたい!!」


「小辰、兄ちゃんは朝からご飯作ったりしてて疲れてるんだから、僕たちと一緒に遊ぼう?」


 長い間遊びに遊び、少し休憩と水分を摂っていた海矢の足下に飛びついて変わらず元気な小辰が棚の上にあるゲームを指差す。やるかと立ち上がろうとすると、そこへ愛海が来て『兄ちゃん、しばらく休んでていいよ。ご飯とか火事とかしてくれてたのに、僕たち遊んでてごめんなさい・・・・・・』と眉を下げて謝った後小辰の気を引くように声をかけた。愛海たちが遊んでいる間、時々席を立っては今日皆が寝る布団の用意などをしていたのだ。気にしなくて良いのに、愛海は優しい奴だなと思っていると、小辰が海矢を見上げ、『にぃたん、ちゅかれてるの・・・・・・?』と聞いてきた。

 すると次の瞬間小辰は自分の胸に手を当て、とんでもないことを口に出した。


「ぱいぱい、もみゅもみゅしゅる?」


 ふいに口に含んでいた飲料を吹き出してしまう辰巳。愛海は小辰に手を伸ばしたまま石化したかのように固まっている。


「小辰、どこでそんな言葉・・・・・・」


「いま何かやっばいこと聞いちゃった気がするんだけど、まり兄。これ幻聴?」


「?」


「真心、お前はわからなくていいって――てオイ愛海、兄貴もわかってねぇみたいだぞ!困惑しとる」


「!?・・・・・・??」


「「わーほんとだ!!」」


 愛海は『お手手離そうね』と強制的に小辰の胸に当てられた手を元の位置に戻し、辰巳が小辰の背中を押して新しいゲームへと誘った。



 ********


「チビ、眠そうだな・・・・・・」


「いっぱい遊んだもんね」


「あ゛ー疲れた。やっぱ小辰の相手は大変だわ」


「ず~っとまり兄にベッタリだもんな」


「「「「今もね/な・・・・・・」」」」


 四人が恨めしそうに見守る中、小辰は海矢に抱かれてうつらうつらとしていた。日が落ちるのが早い冬であるため、夕方の時刻なのにもう外はすでに暗い。

 適当につけたテレビを皆で見ていると、家の電話が鳴り愛海が対応した。相手は五月だったようだ。


「もうすぐ来るって」


「わかった。・・・おい小辰、そろそろ起きろ。五月さんが迎えに来るぞ」


「ん・・・ゃゃ・・・・・・にぃたんといる・・・・・・」


 目を擦り、海矢の言った言葉を理解するとだんだんと顔を歪めだした。声も高く、泣き出してしまいそうな雰囲気が感じ取れる。


「にぃたんといる!こたちゅにぃたんとずっといっしょにいる!!」


「小辰、また来ればいいだろ」


「やや!!にぃたんがこたちゅのにぃたんになればいいの!!にぃたん、こたちゅのにぃになって?」


「こたつ・・・・・・


「「「「それは僕/俺が許しませんっ!!」」」」


 小辰のうるうる攻撃によって、海矢はいつもの弟煩悩の如くYESと答えようとした瞬間、四人の弟たち(自称含む)が一斉に声を上げた。

 いきなりの大声と邪魔をされたことへの不愉快さに、その後小辰が号泣したのは想像するのに難くはないだろう。

 

 ********


「バイバイ、まりあたん!!またくるね!!」


「バイバイ。待ってるからな」


「本当ありがとうみんな!おかげで助かったわ」


 迎えに来た五月はそう言ってお礼にと人数分のドーナツを手渡し、小辰を抱きかかえて泊まっているホテルへと帰っていった。後にはゲッソリした一年生組。

 自分の『兄』を竜たちに取られてしまった小辰は一頻り泣いた後、すぐに立ち直り今度は呼び方を名前に変えた。そして彼らの前でとんでもない発言をかましたのだ。


「じゃあこたちゅ、おとなんなったらまりあたんとけっこんすゆ!」


「「「「・・・・・・ん?」」」」


「おー、俺と結婚してくれるのかぁ」


「うん!まりあたんをおよめしゃんにしゅるの!!」


 デレデレと頬を緩ませている海矢がそうかそうかと可愛がっていると、またもやとんでもないことを追加してきた。『海矢を嫁にする』というワードに四人はピクリと反応する。海矢を自分たちとは違った方向で狙っている存在のことを思い出したのだ。

 しかも海矢はあれだけ呼ばれるのが嫌がる『まりあ』呼びを許すどころか笑顔で答えているではないか。この情景を大空が見たら、泣くか静かに怒って笑うか・・・・・・。いや、むしろ大人の魅力で小辰を諦めさせて欲しいと邪な心が浮上してきてしまう。


 彼は母親につられて帰って行ったが、海野小辰という三歳児は間違いなく海矢の弟たちにとってのライバルとなった。


















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