第30話 弟だって許しませんっ!
「に、にに兄ちゃんが・・・」
「ま、まり兄が・・・」
「あ、兄貴が・・・」
「「「ち、痴漢に遭っただってぇーー!!?」」」
「お、落ち着けってお前ら」
とある週末、毎度の如く海野家に集まった自称海矢の弟たちと、今日は珍しくいる大空。皆で夕食を終え最近あったことについて話していたとき、ふと話題が海矢のことへと移っていった。
「そういえばさ、兄ちゃん最近一年の子に付きまとわれてるよね!?あの子、腕なんか触っちゃったりして!ねぇ!?見たよね竜くん!」
「ああ俺も見たぞ。確かあいつ、辰巳のクラスじゃなかったっけ?」
「うん、俺のクラスだよ。毎日大っ量のお菓子を持ってきては生徒会に張り付いて差し入れしまくってるってさ」
「そうそう!兄ちゃんも見たことあるでしょ?見たら下心丸わかりのハート型チョコとかさぁ」
「あ、ごめん。生徒会への差し入れはほとんど俺がもらっちゃってるから、まりあは知らないかも」
てへと舌を出した大空に、『そうだな』と苦笑いを零す。思い起こすと、大空の言ったとおり休憩の際に茶と共に出てくる籠の中のものは、ほとんど彼が食い散らかしていたような気がする。菓子が大好きなのか、それとも無意識に手が動いているのかはわからないが、大空はあればあっただけ食べてしまうのだ。
「あー、よかったぁ・・・兄ちゃんが食べてなくて。何か、念みたいなのが入ってそうだからさ」
「ゲッ、俺めっちゃ食ってたんだけど・・・・・・」
「ああ・・・アレか。俺も手に取ったけど籠に戻したわ」
竜が思い出すように言い、それに大空が『ええー、気づいてたら教えてくれよぉ』とさらに反応をする。
「差し入れ効果はまぁ・・・なかったかもしれないけどさ、それにしても最近まり兄の行くとこ行くとこついてくんだろ?迷惑じゃねぇの?」
「ん?ああ・・・・・・特別迷惑ってほどでも・・・・・・」
「兄ちゃん!そうやって危機感がないからっっ!!」
「ふふっ、弟くんの言うとおりだよねぇ・・・・・・。こないだだってまりあ、電車で痴漢されてたもんね」
「おま、ちょっ!」
「ちょっと待ってください・・・・・・先輩今なんて言いました?」
「え、だから、まりあが痴漢に遭ったって言ったけど」
一瞬遅れてそれぞれが驚愕し叫び声を上げ、冒頭に戻ることになる。そう。先日海矢は電車の中で痴漢に遭ったのだ。そしてそのとき共にいたのが弟たちにバラした張本人である大空と、今日同じ場にいるはずなのに全く言葉を発することなく至極肩身の狭そうな様子を見せている真心なのである。
********
あれは先週の金曜日、いつものように海矢が生徒会終わりに図書室へ寄ってから真心と帰路を共にしたときだった。図書室で会ったときから、何となく今日は元気がないなと思っていた。まるであのときのような・・・・・・。あの嫌な感覚を思い出し、真心にどうしたのかと聞きたい衝動に駆られた。しかし自分も悩み事があってもなかなか人に相談できないという経験を最近したため、唇に力を入れてぐっと我慢する。
すると真心が『あの・・・・・・聞いて貰えますか?』と遠慮深げに話しかけてきたのだった。
真心の話を聞くと、彼は最近痴漢に遭って困っているらしいのだ。最初にそう聞いた時は怒りに頭が沸騰しそうになったが、落ち着いて聞いているとどうやらそれは土曜日にバイトに行く際の電車の中で起きていることだという。平日は負担がかかるため週に一度でいいというアルバイトを最近始めたそうなのだが、バイト先に向かう際の電車で真心が乗った次の駅から相手が降りるまでの間ずっと臀部を触られるのだとか。
最初はびっくりして声も出なかったらしい。時刻をズラしても次の日には同じ時間に乗り合わせてきて、乗車している人間が多いため身動きも取れず押しやられているドア付近でひたすら身体を触られ、窓を見上げれば背後には興奮に鼻息荒くしている中年男性・・・・・・それは怖かっただろう。
気持ち悪くて吐きそうで、でも周りにバレたくなくて、泣きそうになっていつもその時間が早く過ぎ去るのをひたすら耐えていたそうだ。
恐怖を思い出し涙声になった真心を優しく抱き寄せ頭を抱く。
『俺の可愛い弟(義理?)を怖がらせやがってぇええ!!絶対捕まえる』と心の炎を燃え上がらせた海矢は、真心を守ろうと決意した。
********
「お待たせしてすみませんっ!」
「いや、俺も今来たところだ」
次の土曜日、海矢は真心のバイト先について行くことにした。朝、真心の家の最寄りの駅で待ち合わせすることになり海矢が時間を確認しようと腕時計を覗いていると、あちらの方から真心が走ってくるのが見えた。
まだ待ち合わせの時間の十分前なのにずいぶん律儀なものだと関心しつつ、慌てさせてすまないなと思う。
他の人には伝えてほしくないとのことで、実は今日のことを愛海には言っていない。愛海は今日辰巳と共に遊びに行くと言っていたので、ちょうど良く日にちが重なって良かったと思った。それは、海矢の嘘に鋭い愛海のことだから土曜に外出すると言うときっとバレていたに違いないからである。
『〇〇線の電車が参ります――・・・』
電車の来るアナウンスが響いた際、隣に立つ真心の手が小刻みに震えているのに気づきそっとその手を自分の手で包み込むと震えが少し和らいだ。不安げに見上げてくる真心に、海矢は笑顔で頷いてみせる。海矢は、これから電車に乗るときに真心が不安を抱かないようにしたいと思った。そのためには、今日真心を最後まで守り切り犯人を捕まえる必要がある。
「うわっ、混んでるな・・・・・・」
乗り込むと次から次へと人が入ってきて、海矢たちはすぐに反対側のドアの方へと押しやられてしまった。
「大丈夫か・・・・・・?」
「はい・・・・・・」
人から守るため真心を扉側に立たせ、海矢はその扉に手をつく。自然と壁ドンのような形になってしまったが、今はそれを意識する余裕はなかった。完全に海矢の影に入った真心は、緊張した顔が少しだけ和らいだ気がした。
それを見て海矢も一安心したが、それにしても人が多い。人同士が密着し、ほぼゼロ距離と言ってもよいだろう。この状態ならば、人の臀部を触っていても誰も気づかないだろう。皆窓越しでも人と目を合わせないよう携帯に視線を落としており、周りの様子に関心がないように見えるのだ。
ゼロ距離というのは海矢と真心の間も同じであり、自分の身体で圧せられ息苦しくはないか確認すると、真心は混んでいて車内が熱いからか顔を真っ赤にして首を横に振った。
今回真心と他の人間には海矢という隔たりがある。だから滅多なことは起こらないだろうが、少しでも真心に手を伸ばそうとする者がいたら、すぐにその手を掴もうと意気込みながら真心の様子を注視していた。
「っ!」
真心の言っていたいつも男が乗ってくる駅で一時停車し、扉が開いて中の人が入れ替わった気配がした。
そして再び扉が閉じしばらく揺られていると、突然自分の下半身に違和感を抱く。一瞬、尻をふわりっと撫でられたような気がしたのだ。
「(は?・・・・・・何だ、今の・・・・・・?)」
だが気のせいかと思い特に反応せずそのままでいると、今度は完全に触られている感触がしてきた。
ざわりっと撫で上げられる感覚が、気持ち悪く思わず鳥肌が全身に立ってしまう。手の平で何度も撫でられ、すぐ後ろからは生温い息がかかってきて、上げようとしていた声が喉元で詰まって出なくなってしまった。あまりにも気持ち悪く吐き気もしてきたが、まだ何も気づいていない真心を怯えさせることもできないと思い海矢は奴が触るのを止めるのを待つことにした。
そんなことはいけない、真心の今後のためにもこの手を掴んで警察に突き出すのが一番であることは重々わかっている。だが、いざ触られているとなると恐怖や嫌悪で身体が一ミリも動かなかった。
「(ヤバい・・・吐きそう・・・・・・)」
「おいおいオジサン、痴漢は犯罪だってポスターにも書いてあるだろ?」
もう限界だと手を口に当てようとした瞬間、尻に当てられていた手が遠のき、斜め後ろの方で聞き覚えのある声がした。
「だいあ・・・・・・」
会社員のような格好をした中年の男の腕をギチギチと音が鳴るほど掴んでいたのは、休日であることからいつもよりもラフな髪型に洒落た服を着た海矢の同級生、新妻大空だった。
「貴様っ、何をする!手を離さんかっ!!」
「逃げんなよ」
「っひ!!」
大空の低い声と力をかけられた腕に怯えた男は、そのまま次の駅で駅員に引き渡され、すぐに連行されていった。
海矢と真心が事情聴取され部屋から出ていくと、大空が自販機から買ってきたのか二本のペットボトルを持って壁に寄りかかって待っていてくれていた。
「ほい、」
「ありがとうございます」
「さんきゅー・・・・・・」
三人でホームのベンチに座り、非常に気まずい雰囲気を過ごす。海矢は気恥ずかしいのと真心を守れなかった自責の念が襲ってきて、ふがいない気持ちでひたすら飲み物を口に運んでいた。
するといきなり真心が海矢の方に身体を向けて勢いよく頭を下げてきた。
「ごめんなさいっ!!僕のせいで海矢先輩も巻き込まれてしまって・・・」
「真心は悪くねぇよ・・・謝るな。
ああー・・・それよか、真心を守るどころか自分が痴漢に遭うって。情けねぇ」
「いやいや〜そんなに落ち込むなって!真心くんが無事でよかったじゃねーか!」
「そうだな・・・・・・ありがとうな、大空」
「ん」
肩を叩いて慰めてくれる大空の存在に、珍しく救われた海矢だった。
********
「と、いうわけだ」
「まぁなんだ・・・・・・無事に解決してよかったわ。大事な弟を痴漢する奴は絶対ぇ許せねぇからな」
「「「はぁ?」」」
あの時の屈辱を思い出し早く話題を流そうと適当に話をしめると、話を聞いていた三人から聞いたことのないような低い声で聞き返される。
三人とも下を向いており、身体がプルプルと震えていた。なんだか、触れたら危険な感じがしたので緊張が一気に走った。
「に、兄ちゃん・・・・・・」
「まり兄・・・・・・」
「兄貴・・・・・・」
「「「兄に痴漢する奴は、弟(僕/俺)だって許さないんだからなっっ!!!」」」
弟たちに怒られた海矢は口をつぐみ、正座をした状態でしばらくの間三人に説教を受けたのだった。珍しい様子に大空はケラケラと笑い真心は隅で申し訳なさそうにしていたが、海矢は説教してくれる彼らからの愛と真心の憂いをなくすことができたことへの喜びを胸に感じていたのだった。
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