第21話 相談者の気持ち
それはつい先日のことだった。
「(あれ、替えの下着がねぇ・・・・・・)」
体育のある日は汗をかくので替えの下着をいつも持っているのだが、その日授業が終わって更衣室で着替えをしていたら、置いておいた替えの下着がなくなっていることに気づいた。どこか別の場所に落ちてしまったのかと周りを見てもどこにもなく、持ってきたと思ったが元々忘れてきていたのかもしれないと思いその日は汗で滲んだ下着のまま気分悪く過ごした。
今まで忘れ物をしたことがなかった海矢にとっては不本意なことだが、誰にでもあることだろう。そう思い、その日の出来事は忘れることにした。
だがそれからちょこちょこと、自分の私物が消えることが重なった。気がつくとシャーペンが一本なくなっていたり、雨の日には傘がなくなっていたりと、そんな感じである。
愛海には心配されたくないので相談できないし、大空にもからかわれそうでなんとなく話したくはなかった。
人に話したくない。今まで人の相談を受けることが多かった海矢だったが、自分がその立場になって初めて彼らの気持ちがわかった。聞く側はどうして自分に教えてくれないのか、自分は信用に足る人間ではないのかとやきもきするのだが、いざ自分が問題を抱えている側だと自分が問題を抱えていること自体を知られることが怖くなる。
今までの自分は無神経な奴だったな・・・と前の自分を振り返って後悔をした。
誰にも知られないよう態度をいつものように努め、海矢は学校生活を過ごした。家に帰ってからもいつも通りを装い愛海に接する。
そんな日々を送り、三週間はあっという間に過ぎ去り隼は生徒会の皆に深く礼を言って去って行った。翌日から元通りになった生徒会に、大空は『あー肩凝ったわ』と言って肩を回し、竜はそれに頷き肩の力を抜いていた。
隼が去ってからしばらくの間続いていた海矢の私物消失事件も、ここ最近は鳴りを潜め、海矢も戻ってきた日常に全身の力を抜いて安堵の息を吐く。体育の授業の後はちゃんと脱いだものがあるかいつもどきどきしながら更衣室に戻ったし、ペンケースを開ける度に緊張もした。何もなくなっていないことが、こんなにも安心を抱かせることに驚くほどだ。
難が去ったから言えることだが、いざ自分が被害者になったら、なかなか助けを求められないことが身に染みた。これは生徒会長として情けないことなのかもしれない、その資格がないのかもしれないと自分を貶めるようなことばかりが頭を巡ってしまうが、被害者の気持ちがわかったこそ事件を許せない気持ちも倍になった。
********
私物がなくなることがぱったりと止み、変わらない日常を平和に過ごしていた矢先、今度は愛海の態度に違和感を抱くようになった。
愛海だけじゃない、辰巳や竜、真心の態度や表情もどこか変な感じするのだ。次から次へと降りかかってくる問題に頭を押さえたい気持ちもあるが、自分のことを棚に上げ愛海のことが心配になった。
ある昼休みのこと、晴れの日は日光が気持ちよいのでよく来る屋上で、愛海たち一年生ズが昼食を摂っている。皆、どこか浮かない顔をしており、沈黙しながらひたすらものを咀嚼していた。
愛海は海矢手製の好物を口に運ぶ割にはいつもよりも元気がなく、辰巳もいつもの大食に反し少量ずつしか口に運んでいない。竜は眉間に皺が寄っていて不味そうに食べているし、真心はそもそもパンの袋の封も切っていない状態だ。
「あのさ・・・・・・僕、最近私物がなくなるんだよね・・・・・・」
「「「っ!?」」」
「俺も!俺もなんだよ!!」
「実は、僕も・・・・・・」
「・・・・・・俺もだ」
言いづらそうに愛海が口を開くと、放たれた言葉に三人は弾かれたように顔を上げ、皆それぞれ同調の意を示した。
辰巳は部活動を終えて着替えようとしたときに気づいたらしく、タオルなどが消えていることがしょっちゅうあるのだという。それには愛海や竜、真心も賛同する。体育の授業の後に身につけていたものがなくなっていたり、愛海は体操服もどこかにいってしまったことに泣きそうなほど声を震わせた。
四人とも我慢していたものが吹っ切れたように自分の身に起きた気分の悪い出来事を語り、食事は完全に止まっていた。そして気持ち悪さや怯えなどに支配されていた空気が怒りに変わっていき、『犯人をシバこう』と皆の心は一致した。
********
「「「「「はぁああああーーーー!!?兄ちゃん/まり兄/まりあ/先輩も被害者だってぇえええ!!?」」」」」
午後の相談室に五人の悲鳴がこだまする。
「ってかお前らも被害に遭ってるのか!!?」
「いや、今それどころじゃない・・・・・・兄ちゃんが、兄ちゃんの下着がぁ・・・・・・」
「嘘嘘嘘・・・まり兄のものを盗むなんて・・・・・・」
生徒会室の隣の部屋、防音設備がきちんとされている相談室に鍵をかけ、海矢、大空、愛海、辰巳、竜、そして真心がソファに座って顔を寄せ合っていた。
授業後海矢たちが生徒会室に入るとすぐに、怒気を孕んだような表情で一年生ズがやって来た。まず大空が対応したので、海矢は愛海がいることに動揺しながらも遠目で伺っていたが、すぐに大空に手招きされ海矢は他のメンバーたちに一言言い置いてから相談室に入った。
皆の雰囲気に何があったのかと話を聞く姿勢でいると、愛海が脅威の真実を述べたのだ。なんとここ一週間の間で私物の紛失が頻発しているのだという。それを聞いて驚きより先に怒りが湧いたが、愛海だけでなく皆もその被害に遭っているのだとか。
そういえば自分も同じようなことをされたな・・・・・・と先日のことを思い出し羞恥を偲んで話すと、被害者たちと大空は驚愕し大声を上げた。ここが防音でよかった・・・と思っている場合ではなく、海矢は自分のことよりも愛海たちのことが気になった。
「ゆ・・・・・・許せない・・・・・・」
心なしか冷たい空気を出す真心をどうどうと落ち着かせていると、竜にその腕を掴まれ『いいのかよ!?アンタ、下着盗まれてんだぞ?』と怖い顔で問いかけてくる。
「これは由々しき自体ですな。早速議題に出して解決を急ぐべきだと思います」
「僕もそう思います」
いやお前もだろ?と竜を宥めていると、大空と愛海が机に肘を乗せてふざけている。ふざけているのだが・・・・・・発している空気がピリピリと肌を刺して痛い。
「つーことで被害者たち、被害届に署名してください」
大空が棚から人数分紙を出し、愛海たちに手渡していく。
「お前もだよ?」
海矢が無関係然としていると、笑顔の大空に最後の一枚を差し出された。
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