第19話 犬君という男とは


 到着したことを伝え先に生徒会室に入ると、生徒会のメンバーたちは各々の椅子から立ち上がってこちらに視線を寄越した。皆担任から連絡を受けており、海矢のように名前などは聞かされてはいないが南校の意欲の高い生徒が見学に来るという情報は耳に入っているようでやや緊張気味なのか顔がいつもよりも硬い。

 海矢は扉を押さえ廊下で待っていた隼に入室を促すと、隼も少し緊張した様子で頷き早歩きで部屋の中へと入ってきた。

 彼の姿を目に入れた瞬間、興味なしという風を隠しもしないが真面目な顔は作っていた竜の顔が、まるでうわっと言うように歪められる。直後彼から向けられた抗議するような視線に、海矢は苦笑いを返し、そんな態度を取るなと首を左右に振った。


「南高校一年で生徒会会計を務めています、犬君隼といいます。よろしくお願いします」


 校長室で行ったのと同じような挨拶をし、生徒会の皆に頭を下げると大空が軽く『よろしく~』と返す。その後に続くように皆口々に挨拶を返し、竜も渋々よろしくと呟いた。


 ********


「まさか宇佐美くんも生徒会に入っていたなんてね。驚いたよ」


「ああ・・・」


「しかも僕と同じ会計だなんてね」


「おぅ・・・・・・」


 休憩時間、竜の机に近づく隼に竜があからさまに嫌な顔をする。隼はそんなことにも気づいていないような態度で爽やかな風を吹かせてくる。柔らかな笑顔で話しかけられている竜は、非常に面倒くさそうに聞き流しているようだが、隼は全く動じていない。爽やかだがどこか嫌みを含んだようにも感じられる口調に、竜の目は死んでいた。

 その光景を傍観する海矢含む生徒会メンバーは、そのなんとなく気まずい雰囲気に茶が不味くなるような気がした。

 また、皆腹を押さえて『(この空気が三週間続くのか・・・!?)』と胃が痛む思いもしていた。


 だが気まずい雰囲気も休憩時間だけで、仕事に戻ると部屋は穏やかだった。というのも、隼の物腰が柔らかく話も丁寧に聞くことからその姿勢に皆関心と好感を抱いたのだ。代わりにふて腐れてむくれる竜の頭を、海矢は通りすがりにポンポンと撫でる。そうすると一気に機嫌が直り、ずいぶん可愛くなったなと口元が緩んだ。その様子を偶々隼に見られ、また竜がからかわれるのかと危惧したが、隼はじぃっと見ただけですぐに視線を外した。


「お疲れ様」


「「「お疲れ様です」」」


 そんなこんなで一日目が無事に終了した。隼たち南校の生徒会の希望としては、新しい制度についての仕組みと普段の生徒会活動について知ることだったので、今日はまず仕事の大まかな内容を少し説明して終わった。一応仕事の形としては南校の生徒会も同じことをしていたそうだが、こちらの方が仕事量は多いらしい。制度について話すのは生徒会の仕事を知った上の方が良いということで、また後日ということになった。

 これから隼には生徒会の活動に参加してもらうことになる。もちろんこちらの生徒の個人情報など重要な案件には関わらせることはできないし、もし万が一知る機会があっても守秘義務を強いているので安心ではある。では何をさせるのかというと、隼には主に雑務をしてもらうことになった。彼はこの生徒会の仕事に参加できるだけで嬉しいと言ってくれたが、こちらとしても隼の存在は助かる。生徒会は他の委員会より人数が少ないが、様々な委員会が参加する会議、また各委員会に渡す書類の量が多く、資料作りが大変なのだ。かといって一般生徒に手伝わせることもできず、いつも手の空いた者から手伝って終わらせていた。人手が多いに越したことはないので、海矢たちは隼が来てくれてよかったと思ったのだった。


 皆が帰った後一人戸締りをし、生徒会室を背にして歩き出す。海矢は今朝ロッカーに入れられていた差出人不明の手紙に指定されていた場所に向かっていた。時計を見ると、ちょうど指定の時刻の10分前だ。場所は生徒会室から少しだけ離れた、園芸部の所有する温室であったので、早歩きでそこへ向かった。

 歩きながら、『あーあ、残念。今日暇だったら覗き見したのになぁ』と言いながら用事があるので帰っていった大空を思い出す。

 覗かれるのも不快だが、こうやって揶揄われるのも感に触る。海矢は大空の“まりあ”呼びだけでなく、今回のようにふざけておちょくったり時々距離が近かったりするのが苦手だった。今まで固い雰囲気のせいか親しい友達と言える存在がいなかったからフレンドシップというものがよくわからないからなのか、大空のスキンシップは異様に親密なものに感じてしまい躊躇してしまうのだ。しかし大空の悪のない態度と笑顔に絆され、いつも許してしまうのだ。そこも問題なのだが。

 大空というどこか掴めない存在にどうしたものかと溜息を吐いていると、温室へと足を踏み入れていることに気づく。綺麗に並べられているサボテンを尻目にじとりとした熱さににじみ出てくる汗を拭いながら開けた場所に出ると、そこには胸に一年生のバッジをつけた生徒が立っており海矢の姿を認めると顔に緊張が走ったのがわかった。


 つい最近真心の件があったばかりなのでその類いの相談なのかと身構えたが、次の瞬間その予想は打ち砕かれた。


「海野先輩っ!僕、海野先輩のことが好きですっ!!付き合ってください!!」


 目を瞑って思い切ったように言い切り勢いよく頭を下げる。

 海矢は高校に入ってから、このように告白されることが頻繁にあった。それまでは主に女子からが多かったが、時々男子からの告白も受けた。海矢自身愛しくて可愛くて堪らない弟の存在に、今のところ他に目を向けている余裕がないので誰からの告白も優しく断っていた。その気持ちは今も変わらず、今回も断ろうと言葉を探す。

 目の前の彼は下げたままの頭をふるふると震わせ、柔らかそうな髪の間から見える耳は茹でダコのように真っ赤になっている。ここまで緊張しているのに、気持ちを伝えるために勇気を振り絞ってくれた彼を、海矢は愛おしく思った。だが、愛海への気持ちとは違うし恋愛のものでもない。やはり海矢にとって一番は愛海なのだ。それなのに付き合っても相手を不快にさせてしまうだけだと思う。


「ありがとう、君の気持ちは嬉しいが俺は今誰とも付き合うつもりはないんだ」


 優しく努めて、だがはっきりと自分の気持ちを伝える。震えを強くする彼に頭を上げるよう促し、涙目の彼に笑いかけ肩を優しく撫でる。顔を赤くした彼に『君の気持ちに応えることができなくてすまない。だが、これからも生徒会を応援してくれるとありがたい』と言うと、ぼんやりした顔で何度も頷いた後に顔を両手で覆って走って行ってしまった。

 なんだか自分が催眠術師になったかのような気になってきて、改めて彼に心の中で礼を言ってその場を離れることにした。様々な観葉植物を見ながら来た道を歩いていると植物の向こう側からガサリと音が聞こえ、隼の姿が現れた。

 あちらも驚いているようで、目を大きく見開き口が『あ』の形のままになっている。


「いやっ、あの、僕は何も見てないですっ!」


 両の手の平を海矢に向かって突き出し、焦った様子で自ら墓穴を掘る。『本当に!!何も!!』と重ねる隼に海矢が思わず吹き出すと、もうバレていることを悟ったようで観念して申し訳なさそうに『すみません・・・・・・。聞くつもりはなかったんですけど』と行って頭を下げてきた。


「先輩って、おモテになるんですね」


 隼は少し沈んだような声で、ぽつりとそう言った。


「彼らの気持ちはすごく嬉しいんだ。だが俺は、今は本当に誰とも付き合うつもりはなくて・・・・・・」


 海矢が本心を語ると、隼は『そうですか・・・・・・』と呟いた。一瞬彼が非常に暗く見えたのだが、直後先ほどと変わらない爽やかな笑顔で別れの挨拶をしてきた。どうやら迎えの車を待つ時間に温室へとやって来たらしい。海矢も挨拶を返し、隼の後ろ姿を見つめた。


 隼のどこか暗い顔。それが海矢は気になった。

 以前竜の見せた、いつもは自身に満ちた表情なのに反しいつも通りに行かない状況に対する焦りと怯えの混じった、泣きそうな子どものような目を思い出し隼の表情も何か意味があるのか考えてしまう。

 そこで海矢は、竜の隼に対する酷評を思い出した。爽やかなまるで王子のような男。巧妙に嫌みを口に乗せてくるような狡猾な男。一体隼はどんな奴なのか、海矢は全くわからなかった。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る