第2話 ダンジョンマスター(偽)

『ダンジョンマスター』。それは世界で最も栄誉あるクラスで有り、その存在は王族並みに重要視されている。

正確な数は不明だが大和で2、3人しか発見されておらず、全員が絶大な権力を有しているらしい。

その役割はダンジョンの支配で有り、無限の富と戦力を得る為に日夜活動しているとの事だ。

国家機密に相当するので詳細は不明だが、今のダンジョンを見る限りでは上手くいってる感じはしない。

もしかしたら小さいダンジョンの支配に成功しているのかも知れないが、そう言った話を聞いた事は無い。


当たり前だ。

その考え自体が間違っているのだから。

オレは知っている。

ダンジョンマスターとはダンジョンを支配するのでは無く、制御する為の存在なのだ。

大和のダンジョンマスター達は何も分かっていない。古代のダンジョンマスター達はもっと上手くやっていた。


古代のダンジョンマスターは神の使いとも崇められており、ダンジョンと人間の繋ぎ役として活動していた。

ダンジョンの暴走を防ぐ為、ダンジョンの攻略(滅亡)を防ぐ為。


何故こんな事を知っているかと言うと、おぼろげでは有るものの、古代のダンジョンマスターの記憶が有るからだ。

昔から何となく見覚えの無い場所の夢を見る事が有ったが、それがハッキリしたのは中等部になって初めてダンジョンに入った時だ。

一気にダンジョンマスターとしての記憶が明瞭になり、様々な事を知る事が出来た。


何故こんな記憶が有るかは不明だが、もしかしたら前世の記憶というヤツなのかも知れない。

記憶と言ってもハッキリと覚えている訳では無い。

古い白黒の映像をブツ切りで見させられた感じで、記憶の持ち主の名前も分からない。


何とも不思議な話だが、使えるものは使うだけだ。

そんな訳で、一人でずっとダンジョン1層に潜っていたのだ。

因みに弱者というのは間違いでは無い。

1層に潜っているのには理由が有るが、オレが弱いのは覆らない事実なのだ。


(ふぅ…。今日はこんな所かな…。)


ダンジョン1層の小部屋で日々の日課をこなす。

オレはこの小部屋を支配しようと丸々四年の歳月を費やしている。

ここは東坂にある大迷宮で、オレの通う学園の生徒は皆ここに通っている。

大和国内においてここ以外の迷宮は全て規模が小さく、場所も離れている。

本来なら小規模な迷宮の方が支配は容易なのだが、学園から通える範囲はこの迷宮しか無いので仕方が無い。

その為に退学する訳にもいかないからな。


ちなみにオレのクラスは『ダンジョンマスター』では無い。

本来ダンジョンにアクセスする事など不可能なのだが、古代の記憶によって可能になっている。

古代では『クラス』はあくまで補助的な役割でしか無かったらしい。

勿論その効果は大きいが、クラスについていなくても行動に制限がかかる事は無いのだ。

…考えてみれば当たり前の事でも有る。『戦士』のクラスじゃ無くても戦士として戦えるからな。


支配する方法は徐々にこの小部屋にオレの魔力を浸透させ、部屋全体に行き渡ったら完成だ。

魔力とはこの世界においては全ての基本で有り、魔力が無ければ何も出来ないと言える位の代物だ。

魔力が無ければスキルを使えないし、クラスの効果も十分に発揮されない。


魔力は人間の体内で生成されるものだが、オレの魔力量は微々たるものだった。

その量では百年かかっても必要な量は貯まりそうになく、当初は絶望したものだ。


それを解決したのが魔石だ。

魔石の魔力エネルギーを使って自身の魔力を回復し、魔力量を補っているのだ。

マナポーションは高価なので魔石を使ったが、魔石から魔力を吸収するのは非常に大変だった。異物が身体中を駆け巡るような感覚は未だに慣れる事が出来ずにいる。

初めの頃はダンジョン1層で気絶し、最弱の学生と馬鹿にされた事もあった。最悪の思い出だが、全てはダンジョンマスターになる為だ。


小部屋を一室だけでも支配すれば、最弱のダンジョンマスターとして活動出来るだろう。

ダンジョンマスターとしては下の下の方法だ。

本来は制御するはずが、支配するというのがまず間違っている。

しかし今のオレにはこれ以外の方法を取る事が出来ないので自分を納得させるしか無い。


(次は魔石を補充しないとな。)


使った分は補充しないといけない。

魔石はモンスターを倒した時にランダムでドロップし、モンスターの強さに応じて質や大きさが変わる。

最近ではただのエネルギー源では無く、宝石としての価値も認められて来ているらしい。


(最近は調子も良い。今日は3層へ行こう。)


以前は大きな魔石を取っても魔力の扱いが下手で扱う事が出来なかった。

今なら3層でも余裕だろう。

敵の強さも中等部の一年から二年生レベルだ。

多少苦戦するが、イケるはず。


ここのダンジョンは10層毎に内部のタイプが変わり、10層までは迷宮型だ。

11層からは森林型で、高等部の生徒達の殆どはそちらへと足を踏み入れている。

森林は敵の数が多いし、オレが行ったら確実に死ぬだろう。


ダンジョンの入口へと戻り、3層へと転移する。

この転移の機能も殆どの迷宮に標準搭載されている。

科学者達は何とかその技術を解明しようとしているが、成功したという話を聞いた事は無い。



薄暗い道を慎重に進む。

1層は何年も通ったオレの庭と言える場所だし、仮に不意打ちを食らっても大きな問題は無い。

しかし3層ともなると少々危険だ。少なくとも不意打ちだけは食らいたく無い。


迷宮型は石のような材質で出来た通路と複数の小部屋から構成されている。

壁や床はほんのりと光る材質で出来ており、少し暗いが探索に支障は出ない。

迷路のように入り組んだ通路が広がっているが、10層までは完璧な地図が作成されているので迷う事は無い。


ここの敵はゴブリン、コボルト、ウォーウルフ、ウォーラビットで、最大二匹の集団で通路を徘徊している。

二匹相手でも負ける気は無いが、まずは肩慣らしに一匹が良いだろう。


モンスターは倒して少しするとダンジョンに吸収され、稀に魔石とアイテムを落とす。

ダンジョン外の魔物と違って解体する必要が無いので楽だが、得られるアイテムが少ないと言うデメリットが有る。

その分レアアイテムがドロップされるらしいが…オレは見た事が無い


オレの装備は右手に片手剣を持ち、左手は小手とサッカーボール位の大きさの盾を付けている。もっと大きな盾でも良いのだが、片手剣を両手で持つ時に邪魔になるのでそうしている。

後は脛当てと胸当て、それに額当てを付けている。

全て学園から借りたものだ。学園でこのレベルの装備をしている生徒は居ないかも知れない。


(居た。…コボルトか。)


しかも二匹だ。

少し苦戦しそうなので別の道へと進む。

本来コボルトは鼻の良いモンスターだが、まだ3層なので気付かれる事は無い。


(ゴブリンが一匹。ビンゴだ。)


我ながらゴブリン一匹で喜ぶのもどうかと思うが、安全第一だ。

二匹でも奇襲出来れば何とかなるが、コボルト相手には難しかったのだ。


「『強化』」


スキルを使い、全力でゴブリンへと走り出す。

相手もすぐに気付いたが、少し遅かったようだな。


「食らえ!」


袈裟斬りに剣を振り、一刀両断にする。

どうやらもう一つのスキル『クリティカル』も発動したようだ。


オレのスキルは『強化』Lv2と『クリティカル』Lv1で、クラスは『支援』Lv2だ。

スキルもクラスと同じようにレベルが存在し、上限は10だと言われている。

この世界では『スキル』が非常に重要な役割を果たしており、スキルを使用する事でしか魔法などの技能を使う事は出来ない。

古代の時代は可能だったらしいが、長い時の間に忘れ去られてしまったようだ。

オレも魔力の扱いについては多少出来るが、スキルを使わずに魔法を使う事は出来ない。


オレが弱者と呼ばれる理由だが…スキルとクラスの構成が悪すぎるからだ。

最初から二つのスキルを持ってるのは優秀な部類に入るのだが、攻撃系のスキルか支援系のスキルが無いと話にならない。『強化』は自分にしか使えないのだ。

クラスが『支援』と言うのも完全に外れだ。まだオレのクラスが『戦士』だったら違ったかも知れないが…。


(いや、オレはダンジョンマスターを目指しているし、結局変わらないか。)


通常オレのような外れの構成になってしまった人間は、ダンジョン攻略を諦める場合が殆どだ。

三つ目のスキルに期待して頑張ると言う道も有るには有るが…低レベルな狩場に居るなら10年から20年は頑張らないと厳しいだろう。

三つ目のスキルで攻撃系のスキルが得られなかった場合はかなり悲惨な事になる。


(次は…ウルフ二匹か…これもパスだ。)


引き返そうとした所で、後ろからゴブリン二体がやってくるのに気付いた。

このままでは挟み撃ちにされてしまう。


(…仕方無い!)


覚悟を決めてウルフへと突進する。


(『強化』)


声は出さずに、出来るだけ距離を詰める。

すぐに気付かれるが、この一瞬が後に響いてくるはずだ!


「ッラァ!!」


二匹の内、襲いかかって来た方を切り捨てる。

カウンターの一撃は見事に相手を倒したが、もう一匹がふくらはぎに噛み付いてきた。


ってぇなあ!!」


噛み付いた後にすぐ距離を取ろうとしていたが、そんな事を許す程マヌケじゃ無い。

足の痛みを我慢して、後退するウルフを叩き斬る。


「グギギギ!」

「ッギャッギャ!!」


ゴブリンもすぐ近くまで迫っていたようだ。

何とか3体1になる事は避けれたが、二匹は既に臨戦態勢だ。


(足を負傷したし、時間はかけられない。)


動きが悪くなれば本当に詰みかねない。

すぐに倒してダンジョンから脱出しなければ。


くせぇ息して笑ってんじゃえ!!」


二匹の中央に割り込み、右側の一匹を切り捨てる。


(ナイス!『クリティカル』!!)


最高のタイミングで出てくれた事に喜び、左側のゴブリンの攻撃を受ける。


「ック!!」


丸盾で何とか防ぐも、衝撃は逃し切れなかったようだ。左手は痺れてうまく動かせない。次の攻撃は防げないだろう。


(だが……こちらが攻撃すれば良いだけだ!!!)


急いで体勢を立て直し、最後の一匹を斬り付ける。

やったと思った瞬間、左肩に衝撃が走る。

どうやらほぼ同時の攻撃だったようだ。


「…ックソ!!今度こそ!!やられろ!!!」


辛うじて意識を保ちながら、再度攻撃をする。

ゴブリンは無理な体勢から攻撃したようで、体が開いたままだ。


「ッギャーー!!」


(何とか倒す事が出来た…。連戦とは言え、ここはまだ3層だぜ…。…ハハ。泣けてくるぜ…。)


マズい。とにかくここから離れなければ。

痛みと悔しさでどうにかなってしまいそうだ。



(良かった…。何とか出口までたどり着いた。すぐに寮に帰ろう。)


運良くモンスターに遭遇する事も無く、脱出する事が出来た。

魔石も二個手に入ったし、十分だろう。

ポーションが有ればもっと余裕を持てただろうが、貧乏人には高すぎる。


(大丈夫。骨は折れていないし、最悪は明日保健室に行こう。)


恐らく明日には治るだろう。ダンジョンに潜るようになってからは自然治癒力も上がっているのだ。


足を引きずりながら何とか寮への道を歩いていると、一番会いたく無い奴らが遠くに見えて来た。


(ヤバイ。何でアイツらが…!)


急いで道から離れようとするが、3層のモンスター相手のようには上手くいかなかった。


「断真!ザマァぇな!だから俺様達が退学を勧めてやったんだろうが!!」

「そうでおじゃるよ。麻呂達の優しさを踏みにじるからそうなるでおじゃる。」

「どのモンスターにやられたか当ててやろうか?!…ズバリ!ゴブリンだろ!!」


「「「ギャハハハハ!!!」」」


全然面白くない事で笑ってやがる。

麻呂野郎、普通に笑う事も出来るのかよ、と思いながら無視して横道を進む。

少し遠回りになるが、この道でも寮へは帰れる。


「おい!!無視してんじゃねえよ!!」


千海が足をかけてくる。

いつもだったら避ける事も出来ただろうが、今のオレには厳しかった。

千海はそのまま勢いよく足を蹴り飛ばして来た。

急速に地面が迫ってくる…!


「ッ!!」


顔から地面に突っ込む所を、何とか手をついて回避する。

三人組はまたゲラゲラ笑い出したが、無視して再び歩き出す。


(もう放って置いてくれ…。)


心底からそう思う。

この国は誇り高き武士の国だとうたっておきながら、クズであふれている。


「聞いてなかったのか?貴様に無視する権利など無いぞ!」


背中に衝撃が走る。

余りの強さに、今度は受け身を取る事すら出来なかった。


(…ッガ!!ウグッ!!!)


訳も分からず、肩や頭に痛みが走る。痛いと言うか熱い。


「……は?」


目を開けてみると、5M近く吹き飛ばされていた。

頭が割れそうな感覚と共にグワングワンと視点が定まらない。


「ゆ、友儀ゆうぎさん……。流石にアレは…。…死んだんじゃ?」


「何を言う。ダンジョンに潜る者ならアレ位受け身を取るぞ。ここで死ぬならやはりこの学園には相応しく無かったのだ。」


「うむ。友儀の言う通りじゃの。コヤツは麻呂達に攻撃されないと思い込んでいた。法に守られていると勝手に安心していたのじゃ。常在戦場の心得の無い下民はそろそろ退場するべきでおじゃる。」


「……そ、そうですね!確かに!元々学園に居る事がおかしかった奴ですしね!」


三人が好き勝手言ってるのが聞こえる。

何とか言い返してやりたかったが、段々と意識がボヤけて来た…。

こんな事ならポーションを買っておくべきだったと悔やみながら、静かに目を閉じた。


ーーーーー


クラスレベル

支援Lv2

スキルレベル

強化Lv2、クリティカルLv 1

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