第17話 私は温泉に入りたい
疲労回復の効能がある温泉は、始まりのダンジョン集落の名物でもある。
この温泉を目当てに、各地から旅人が集まるほどだ。
西洋風のファンタジーワールドに温泉があるなんてご都合主義にも感じるが、温泉を嫌いな女子はいない。
オージンも例外なく、ウキウキで宿の裏手にある温泉に向かっていた。
「お、おじさん、手を離して。一緒に入りたくないっ」
「ガハハ、恥ずかしがってるのか? 男同士、裸の付き合いをして仲良くなろう」
この温泉は疲労回復にもいいのでフィアットを引きずってきたのだが、ずっと嫌がって抵抗している。
「お、男同士って――おじさんはっ!」
何か言いたそうにもごもどと口ごもるうちに、温泉の脱衣場の前までやって来る。
少しだけ立ち止まって男湯と女湯ののれんを交互に見たオージンだが、もちろん選ぶのは男湯。
「さぁ、行くぞ」
「いやだぁっ」
まるで駄々っ子だ。
本人は精神年齢16歳だと言い張っているが、その姿と同様に8歳くらいの子供なのではないかと思う。
お菓子売り場でひっくり返り、駄々をこねた甥っ子のことを思い出した。
「男同士、なにも恥ずかしくない――」
そう言いながらガラリと扉を開けると、そこに広がったのはムキムキ冒険者たちの全裸筋肉祭り。
ちょうど混雑する時間のようで、あっちもこっちも肌色オンパレード。
「きゃっ」
とっさにオージンは両手で目元を覆い、指の隙間からもう一度脱衣場の様子を確認した。
(うっ……もう男になったんだから男湯に入るのは当然だけど――キノコの数が多すぎるわぁぁっ!)
恥じらうような年頃ではないと思っていたオージンこと久保田絵里だが、あっちもこっちもモロ出し裸祭りに怖気づく。
逃げ腰になって一歩後退すると、フィアットが困惑した顔をして見てきた。
「おじさん?」
「……おっと、湯気に当てられてしまった」
ガハハと笑ってその場を誤魔化す。
(恥ずかしがっちゃだめよ、絵里。私はもうおじさんになったんだから、男湯を受け入れるのよ! 私もこのキノコの森の一本になるのよ! 私には神様が授けてくださった立派なエクスカリバーがあるのだから!)
勇気を出して入ろうとすると、フィアットがぐっと腕を引っ張った。
「混んでるから……あとにしませんか」
「あ……ああ、そうだな。それがいい! こんなに混んでちゃ、ゆっくりできないな」
(そうね。最初は少しずつ慣れていくしかないわ。いきなりキノコの森に突撃するなんて無謀だった)
ここはフィアットの提案に乗ることにするが、気持ちよさそうな湯気を目の前にして、ますます汗まみれの体が不潔に思えた。早くさっぱりしたい。
「そうだ。湯をもらって、部屋で体を拭こう。風呂は夜中にでも入りにくればいい」
「そうですね。僕が汲んでくるので、おじさんはここで待っていてください」
気が利くフィアットは、タタッと駆けだして男湯の中に入った。さっきまで風呂に入るのを嫌がっていたのに、手のひらを返したような俊敏さだ。
(助かる~)
ソワソワと落ち着かない様子で入り口で待つオージンを、通りすがりの女性冒険者たちが不審そうな目で睨みつけてきた。
「やだ、覗きかしら……」
「きもっ」
通報されかねない雰囲気だったが、湯桶を抱えてフィアットが出てくると、その愛くるしい姿を見て女性陣はにこっと微笑んだ。
「なんだ、子供を待っていたのね」
「でも、どうやったらあのゴリラから、あんな可愛い子が生まれるわけ?」
全部丸聞こえだが、オージンは聞こえないふりをした。
前世でもこういった社内での陰口には慣れっこである。
「部屋に戻ろうか、フィアット」
「はい」
フィアットが苦労して運んできた重たい湯桶を、軽々と受け取った。
神はこの体をカンスト9999の鋼の肉体にすることはなかったが、それでも人並み以上の力を与えてくれたことに感謝する。
(ノーパソを抱えて、毎日通勤でヒィヒィ言ってた時にこの力が欲しかったわ~)
部屋に戻ると、さっそくオージンは真新しい衣服の上着を豪快に脱いだ。
宿の女将に助言された通り、酒場にたむろっている商人から買ったばかりの服だ。もちろんオージンは無一文のため支払いはフィアット持ちである。
防具も勧められたが、さすがに子供の財布を頼るわけにはいかないため断った。
(くっそ~あの魔人め、私の初期装備を返してよ!)
神が与えてくれた装備はかなり性能がよかったはずだが、オージンが目が覚めた時には全て消えていたのだ。
(まぁ、あの厳つい鎧はレベル1の私には不釣り合いだったから、この革の服が丁度いいのかも)
ぼんやりとそんなことを考えつつ、湯桶に布を浸して体を拭いていると、フィアットがこちらに背を向けて壁際に突っ立っていることに気付いた。
「どうした、お前も一緒に体を拭け」
「……ぼ、僕、ちょっと外に散歩に行ってきます」
「こんな夜に、子供が出歩くんじゃない」
なにを考えているのだと、扉から出て行こうとしたフィアットを引き留めた。
ちらりと視線がこちらを見て、その顔はみるみるうちに赤くなっていく。
「ほら、背中を拭いてやるから服を脱げ」
「いい、いいですっ。僕のことは――わぁぁっ」
「ぐずぐずしてると、せっかくの湯が冷めるだろう」
いやがるフィアットを羽交い絞めにして、腰帯を解いた。
ズボンを脱がそうとすると、必死に抵抗される。
「ほぉら、全部剥いてやるぞ~」
「や、やだ、やめてくださいっ!」
「お、いっちょ前に恥ずかしがるのか?」
「僕は、16歳ですっ! 子供扱いしないでくださいっ!」
「その姿で言われても説得力ないんだよな~恥ずかしがるほどのモノはついてないんだから、大人しくしろっ!」
「ひゃっ」
力でオージンに適うはずもなく、つるりとタケノコの皮を剥くように素っ裸にされる。
フィアットは股間を押さえて背中を丸めた。
「や、やめてくださいっ、は、破廉恥だっ!」
「ガハハ、なーに言ってるんだ。よしよし、そのままでいいからじっとしていろよ。背中を拭いてやるから」
構うことなく、オージンは布を湯に浸して固く絞り、フィアットの背中をゴシゴシと擦った。
布が耳の後ろを擦ると、ビクンと肩が跳ねる。
「ひょろひょろじゃないか。ちゃんと食べてるのか?」
「おじさんが規格外なんです! もういいから、触らないでっ」
「ほらほら、汚いと女の子にモテないぞ?」
「ひゃぁっ」
首の後ろまで赤くなるほど、フィアットは恥ずかしがって身もだえしている。
(この反応――まさか、この子って女の子!? ラノベによくありがちの男の子だと思ったら女の子だった展開キター? こんなに嫌がるなんてきっとそうだわ!)
慌ててオージンは掴んでいた肩を離した。
途端にフィアットは逃げ出そうとするが、あまりにも動揺していたため脱ぎ散らかした衣服に足を取られ、派手に転倒してしまう。
「――ああ、なんだ、ついてるじゃないか」
オージンは小さなキノコを確認すると、ホッとした。
もし女の子を全裸に剥いてしまったら、事案発生だった。
こんなゴリラのおじさんに裸にされて喜ぶのは、エロゲの中のキャラだけである。
「さ、最悪……」
なんとか起き上がったフィアットは、衣服をかき集めて体を隠し、部屋の隅まで這って逃げた。再び魔の手が伸びないよう、シャーシャーと威嚇してくる。
(シャンプーを嫌がるねこちゃんみたいで可愛い~)
そんなに嫌なら無理強いはしないと、オージンはため息をついて自分の体を拭くことにした。
逞しい胸筋を擦る白い布。
筋肉の形を丁寧になぞるその様子に、フィアットがごくりと生唾を呑む。
まさかこのゴリマッチョの湯あみシーンが、フィアットの脳内では妙齢の黒髪女性に変換されているとは露知らず――。
丸みをおびた胸の膨らみ、しなやかな肌――。
穢れを知らないフィアットには刺激が強すぎて、体中の血が沸騰しそうだ。
「ふんふん~♪ ふふん~ん♪」
鼻歌交じりでオージンは上機嫌。
そして、その手がいよいよ下穿きの縁にかけられる。
「わぁぁ、だめぇえぇっ、おじさんのエッチ!」
フィアットは両手で顔を覆い、ふるふるとチワワのように震えるのだった。
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