心に触れる

 夜。今日の成果を、ロイと話し合っていた。


「やはり、なかなか見つかりそうにないな」


「うん。魔物が出ないのは安心だけど……」


 彼の要望に沿った物が見つかるのはいつになるのだろう。それほどかなり厳しい条件を付けているのは、紛れもなく彼が――


「……嫌に、なったか?」


「え? いや、違うよ!」


 ぼんやり考え事をしていると、ロイが不安そうに瞳を覗き込んできた。


「……すごく、仕事を大切にしてるんだなあって思って」


「……なぜそう思ったのか、聞いてもいいか」



「だってさ、採集の依頼に同行してくれてるんだよ。冒険者だけに任せるのも少なくないのにさ」


 ギルドでの受付を思い出しながら言葉を続けた。基本的に採集依頼は、請け負った冒険者が依頼物を受付に提出するケースが多いようだ。そのため、カトラさんが同行すると聞いたときは少々面食らった。

 自分が無知なだけで、実際はよくある話だとしても。こうして出向き、条件に合う宝石を探すのは彼にとってもかなりの労力を割くだろう。一日中宝石とにらめっこし、しゃがんで岩床を掘るのはなかなか生半可な気持ちではできない。


「仕事に誇りを持ってる、っていうの? こだわっててすごい人だと思って。探すのも本当に真剣だし……」


「……っふ。そうだな、俺も同じ意見だ。やはりお前は、人を良く見ている」


「ははは、そんなことないよ。買いかぶりすぎ、一緒に仕事してたらみんな気づくって」



「俺ももっと頑張って探さなきゃ。カトラさんに納得のいく人形を作って欲しいし……まあ、当たり前だけどね」


「いや……依頼だからこなす、で終わるのは簡単だ。依頼人に満足して欲しいと思えるのは当たり前のことじゃない。謙遜しすぎるな」


 ふ、と彼が笑う。


「やはり、ユウトとパーティを組めて良かった」


 それから、逡巡するように視線を伏せて、口を開いた。


「……妹は、あの人の人形を持っていた。……手元には残らなくなってしまったが……だから、依頼は叶えたかった」


「そっか……ロイらしいね。どんな人形?」


「……妹によく似ていて、可愛らしいものだった。都に出た時に俺が買ってきたもので……ああ、あと橙の宝石が付いた髪飾りが綺麗だった。彼の作る人形には必ず同じ宝石が付いているらしい」


 へえ。

 なんて洒落たこだわりだろう。


「カトラさんの依頼を受けるのは初めてなんだよね?」


「ああ。今回のような依頼を彼も何度か出していたようだが、俺は採集の依頼は受けてこなかったからな。……ユウトともパーティを組んで、新しいことをやってみるいい機会かと思ったんだ」


「お、本当? 俺がきっかけになれたのか、嬉しいな」


 ぱし、と両頬を叩いて気合いを入れ直す。


「……うん、なんだかなおさら頑張らないとって気がしてきた!」


「はは、ああ。でも今日はもう遅い時間だ、ユウトも寝ろ。交代になったら起こすから、ゆっくり休んでくれ」


「そうだね……おやすみ、ロイ」



 硬い床に横になり、深い眠りに身を委ねた。



 次の日。

 相変わらず、成果は上がらない。流れる汗を拭ったとき、後ろから声がした。


「汚れてる」


「あ、ほんとですか? ありがとうございます」


 汚れを払うように背中を軽く叩くと、カトラさんはふと動きを止めて呟いた。


「……貴方は、嫌にならないの」


「確か、あの人は昔から冒険者だから大変な依頼にも慣れてる。……けど、貴方は違うでしょう」


 じいと見定めるようにこちらを見つめて、彼は言葉の続きを待っている。


「はは、確かに駆け出しですけど、俺だって一端の冒険者なんですから!」


「……でも、こんな面倒な注文つけてるのに」


「厳しくはありますけど、面倒ではないですよ。宝石は人形を飾る大切なものでしょう? 折角なら満足できるものを見つけたいじゃないですか」


「……っ、うん」


 嬉しそうに頷く姿に、こちらもなんだか心が弾む。ここまで来たのだ、彼の望みを叶えたい。


「『探索』スキルを持ってても、僕に匙を投げる人が多かったから……ちょっと驚いた」


「ええと……『探索』って、どんなスキルですか?」


「……知らない? 自分が望んだものを探せる、採集の依頼に特化してるスキル」


「うわ、すごいですねそれ! ……え、でもそのスキルならわりと早めに見つかりそうですけど……そうじゃなかったんですね」


「対象を詳しく知ってたり、スキルを使いこなせてたり魔力が強かったりしないと、精度が高い結果にはならないから」


 なるほど。便利だけど、かなりの知識が必要になりそうだ。なんのスキルもない俺にとっては羨ましい限りだが。


「大体の場所は出してくれたけど、僕が欲しいものはなかなか見つからなかった。……変にこだわっても何も変わらないだろ、って怒る人もいたけど……貴方は、違うんだね」


「……俺も、無知なので。カトラさんに聞かないとどんなものが正しいのかはわからないですけど……それでも、そういう細かいこだわりがすごく大事ってのはわかります」


「……そっか」


 頷くと、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。


「……ごめんなさい」


 突然告げられた謝罪に、瞬きをする。


「今、貴方のことを試してた」


「え?」


「……昨日の夜、話してたでしょう。貴方が本当にそう思ってくれてるのか、気になって」


「あ……聞こえちゃってました? 寝るの邪魔しちゃったかな……すみません」


「ううん」


 だけど試すというには、不十分じゃないだろうか。言ってしまえば舌先三寸で嘘をつくことだって可能で、本心からそう思っていることを確かめる方法としては適切じゃないような。もしかしてカトラさんって結構天然だったり――


「……天然じゃないよ」


「あっすみませ……えっ!?」


 まさかさっきから口に全部――


「出てない」


 言葉を全て先回りされる。俺の背中から手を離して、躊躇うように二、三度瞬きをすると、そっと唇を動かした。


「……僕は、心がわかるから」


「え……」


「ずっとじゃないよ。触っているときだけ……スキルが常に発動してるみたい。だから、言っていることが本当かどうかわかる」


 目を白黒させる俺へ、彼は諦念を滲ませた表情でぽつりと漏らした。


「……こんなスキル、人からすれば気持ち悪くて仕方ないのに」


 きっと過去に何かがあったのだと察するには十分だった。いったいなにがあったのかはわからない。しかし酷く傷ついたようなその様子に、俺は咄嗟に言葉を発していた。


「……俺は、そうは思いませんよ」


「っ…………」


 はっとした彼が俺を見つめて、片手を浮かせる。伸ばす指先は小さく震えていた。俺はただそれを黙って見ていたが──そうして結局、触れることなく戻したのだ。


「……確かめてくれても、構いません」


「………………考え、させて」


 掠れた声で告げると、彼は立ち上がり足早に離れてしまった。追いかけることも立ち上がることも出来ず、俺はただ昨日よりも小さく見える背中を見つめるだけだった。


 そうして、結局。その日は、依頼品の確認以外で俺たちが言葉を交わすことも、視線を合わせることも無かったのだ。

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