特訓と旅立ち

 村へ戻ってきた。それは勿論、目的を果たすために。


 中に入る。工房で黙々と作業をする背中。気配に気が付いたのか、手が止まったタイミングで震えそうになる声を発した。


「……あの、親父さん」


「冒険に行きたいのか。あの若造に誘われたんだろう」


 言葉を告げるよりも先に、返される。全て見透かされていたようだ。


「……はい」


 立ち上がって、振り向く。


「持ってけ。俺が作った剣と盾だ。……守られるだけじゃねえ、お前の身はお前が守れるようになれ。絶対に死ぬな」


「っありがとうございます! 俺、頑張ってきます!!」


 出る前に、振り向いて。涙ぐみそうなのを堪えながら、口を開いた。


「あの、親父さん。今までお世話になりました。また、会いにきますから」


「そうかよ」


 返された一言はぶっきらぼうだけど、暖かかった。


 親父さんから大切な道具を預かった手前、彼の指導がどんなに厳しくてももう逃げ出すことはできない。なにより、逃げ出す気は毛頭ない。

 俺は彼と、旅をしたいのだから。


 すう、と息を吸って、外で待っていたロイに向き直った。


「それじゃ――ロイ先生。ご指導よろしくお願いします」


「ああ。そこらの魔物が倒せるくらいにはさせてみせる」


 そうして──地獄の特訓が始まった。


「そこ! 脇があまい!!」


「っ!」


 カラン、と宙を舞った木刀が音を立てて地面に落ちた。じんじん痺れる手の痛み。

 持ち方から習って、素振りをして。長いこと基礎を叩き込まれた上で、俺はようやっと模擬戦へとこぎ着くことが出来た。


「うん、上達したな。反応速度が前よりも良い」


「……本当? 実感無いなあ……」


 息を切らしてへたり込む。親父さんから貰った剣は、俺の力不足から未だ日の目を見ることはない。早く剣に慣れ、使いこなせるようになりたいものだ。


「思ったんだけど……剣で攻撃する役割が二人なのは、大丈夫? ええと……ほら、俺さ、魔法は使えないし……盾役みたいなやつになった方がいい?」


「そうだな……だが、防御を高める魔法を使えないと盾役は難しいんだ。より危険だろうな」


「そうかあ……」


 なかなかままならないものである。


「だが──そうだな。実戦をしてみるか」


「えっ」


 ***


「あれが、スライム……」


 漫画のような可愛らしい見た目ではない。顔も何も無い粘液が、意志を持って動いている。


「獲物を溶かして栄養源にするんだ。粘液を飛ばしてくる。あれが見えるか」


 目を凝らせば、毛皮の一部のようなものが取り込まれている。


「獣だろうな。栄養を摂ったあとで動きが多少は緩慢になっているはずだ」


 淡々と話すロイの言葉に寒気がする。親父さんから貰った剣が、ずしりと重くなった気がした。

 うじうじしていても始まらない。こいつを倒さねば、ロイと冒険には出られないのだ。


 頬を叩いて、すくみそうな足を動かして前へ躍り出た。


「ギィ」


 掠れた声を上げながら、意識をこちらへ向けたようだ。ゆっくりとにじり寄ってきたかと思うと──何かを飛ばしてくる。反射的に避ければ、後ろでじゅうと草の焼ける音がした。肌が粟立つ。


 意識を取られる間もなく、やつが距離をちぢめて。すぐそばに、スライムは居た。


 すばしっこい、が──ロイとの模擬戦よりはずっと簡単だ。盾で攻撃を防ぎ、生まれた一瞬の隙をつく。中にあるコアのようなものを貫けば、甲高い声とともに小さく震え、どろどろと溶解して消えていった。


「やった!! やったー!! スライム倒せた!!」


「すごいぞ、ユウト!!」




「じゃあ、次はゴブリンだな。大丈夫、ユウトならできるさ」


「……えっ」


 かなりの、スパルタだった。

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