第7話
温泉での情事により想定以上に時間を失ってしまった二人は島の外周を回ることなく最短ルートで小谷へ戻った。
足腰たたなくなった舞弥を背負って歩いたはずのヴィクトリカは移動速度が落ちることも、疲れるそぶりも見せることはなかった。これについて舞弥が尋ねたところ予想通り魔法によるものだった。
小屋に戻った頃には日が暮れていた。それに加えて激しい運動をして空腹になっていたため、動けない舞弥をソファに寝かせたヴィクトリカが昼同様に簡単ですぐにできるものを作り夕食とした。
夕食を終え、回復した舞弥はヴィクトリカに頼み魔法の練習を始める。魔法を学ぶことが楽しいのか、昨夜倒れたことを忘れて子供のようにヴィクトリカを急かしている。
「それじゃあ始めるよ。まずは復習として、マナを感じるところから始めようか。ゆっくりとマナを流すから集中して」
「ンンン」
魔力を流された舞弥は声を漏らす。慣れか、ヴィクトリカの配慮か、第一回目の魔法訓練の時ほどではないが、それでも艶かしい。
「かなり感じているみたいね。やっぱり敏感だね」
「褒めているんですよね、それ」
「もちろん、褒めているさ。マナに敏感なのは魔法使いにとって重要なファクターだから。まあ、マナに敏感イコール魔法に敏感というわけでもないのだけど」
「そうなんだ。私には魔法とマナの違いがわからないのだけどどう違うの?」
舞弥の質問にヴィクトリカは黙る。指の腹あを合わせて僅かに視線を下げる。舞弥の世界で最も有名な探偵が物事を考える際にするポーズをとり、考えを巡らせる。
「こういうのは感覚だから説明が難しいのだが。そうだな、あえて言葉にするとしたらマナは体内や自然界に存在するエネルギーのことで、これ魔力やエーテルに変換して魔法を使う。イメージとしてはマナからエーテルや魔力に変換し、さらにそれらを魔法という事象に変換する、かな? 実際に使うとわかりやすいのだが、こうして言葉で説明されてもよくわからないだろう?」
「うん。私はそこそこ勉強できる方だと思っていたけど理解が曖昧だよ。魔力やエーテルとか言う新しい単語についても説明してもらえる?」
「……それは別に構わないが、その二つの方が説明が難しいぞ。…… エーテルはマナを変換した元素、物質、で、自然界にあるマナを使用するときに変換したマナをエーテルと呼ぶ。そして、魔力はエーテルと同じくマナを変換した元素、または物質で、エーテルと違うところは体内のマナを使用する時に変換したマナのことを魔力としている。魔力に変換できるマナの量、私たちは魔力量と呼んでいるが、これ多ければ多いほど寿命が長い傾向にある。できる限り言語化してみたが、理解できたか?」
「半分も理解できなかった」
舞弥の答えにヴィクトリカは怒る事なく微笑む。それに釣られて舞弥も笑う。
「別にそれでいいさ。知っての通り私もうまく言語化できていないが魔法を使うことができているだろう」
「そうですね。よし、続きをしましょう。次は何をすればいいですか」
手を叩いて舞弥は気合を入れる。考えてもよくわからないことよりも頑張れば使えるようになるかもしれない魔法の方が舞弥にとっては優先順位が高かった。
ヴィクトリカもそれは同じで、理論よりも実践の方が好きだった。
それに、舞弥には話していないがヴィクトリカには舞弥が魔法を使えるようになった暁にはこの島のどこかにあるダンジョンに二人で挑戦するという願いがあった。
「昨日と同じだ。私がマヤのマナを動かすからまなの動きを意識してくれ。そしてマナを動かす感覚を身につけるんだ。さあ、手を出して」
舞弥はヴィクトリカに手を差し出した。その差し出された手にヴィクトリカは指を絡める。
わざわざ指を絡める必要がないということを舞弥は途中で意識を飛ばした一度目の魔法練習で直感で理解していたが、ヴィクトリカがそうしたいのなら指を絡ませるくらいのことは構わないと吸いにさせている。
「くっ、うぅぅ……。あっ、ンンン」
ヴィクトリカに自身の体内にあるマナを動かされた舞弥は激しく反応する。吐き出す息に色が増し、頬を朱く染める。体温も上昇し、額には汗が滲んでいる。
一度目はこれで絶頂した折れてしまったが、今回は大きく分けて二つの要因で耐えることができている。
その要因は、一つはヴィクトリカが一度目以上に気を使い、優しくまなを動かしていること。そしてもう一つは、快感に対する舞弥の耐性が上がったこと。
前者は語るまでもないが、二つ目の耐性が上がった理由は非常にシンプルである。一度今回以上に刺激が強いものを受けたことがあるため耐性がついただけだ。それは前回の訓練だけでなく、それ以降にこの訓練までに経験した二度のセックスも含まれている。
「マナを動かす感覚は掴めた?」
「はぁはぁ……。 何か動いている感覚はわかるんだけど動かし方はわからない。まだいけるから続けて」
「いや、少し休憩しよう。このまま休まず続けたらすぐに倒れる。そうなると逆に時間がかかる。エルフにはこう言う時に使う諺があるのだが、マヤの世界にはないのだろうか?」
「……ある。ごめん、焦っていた。少し休むね」
舞弥はソファにもたれかかり目を閉じる。
ヴィクトリカはそんな舞弥をみて微笑み、自身の膝に舞弥の頭を誘導する。優しく髪を撫でる。
5分ほど休憩したところでヴィクトリカが舞弥を起こした。
「起きてすぐで悪いけど、続きをするよ。今回は長めに動かすから気合を入れ直してくれ」
そう言ってヴィクトリカは舞弥の体内にあるマナを動かし始める。ゆっくりと二周、三周と血が体を巡っていくように動かす。
舞弥も他人にマナを動かされる快楽を堪えながらその動きを意識する。
意識すればするほど感じる快楽は大きくなるが、魔法の天才でない場合にはこれ以上の方法がない。時間をかけてゆっくりと耐性をつけていき、慣れた頃にようやく補助ありで自身のマナを動かすことができるようになる。
ヴィクトリカの世界では、第二次性徴前にこの第一段階を終えるよう教育される。その理由は、理由は解明されていないが第二次性徴を迎えると今の舞弥のように他人に自身のマナを動かされた際に強い快楽を感じることが多いためだ。女性であれば僅かな休憩、最悪連続であっても訓練を続けることができるが、男性はそうはいかない。一度の回数をごく短時間にすれば男性も連続での訓練が可能であるが、一度でも射精をしてしまうとその日は訓練ができなくなる。そうなってしまうと非常に効率が悪い。
マナを動かすことができなくても生きていくことは可能ではあるが、不自由が多い。転移者の多くがこの世界でうまく生きていけない理由が言語以外にもこのことが関係している。
休憩を挟みながあら訓練を続けているうちに数時間が経った。
マナを動かしているだけのヴィクトリカも流石に神経を消耗し、疲れていた。マナを動かされ続け、快感を耐えていた舞弥は言うまでもなく疲労困憊である。
「疲れてきたし、時間も遅いから今日はこれで最後にしよう。できるできないは置いておいて」
「そうね、もう10時過ぎているものね」
舞弥は腕時計を確認してヴィクトリカの意見に肯定する。7時を少し過ぎた頃に始めたため、訓練を開始してからすでに3時間が経過していた。舞弥の体感よりも時間の経過が早い。
ヴィクトリカはじっと舞弥の腕時計を見つめている。
「前から気になってはいたが、マヤの腕につけているそれは何だ?」
「これ? これは腕時計だよ。時間を教えてくれる道具といえばわかるかな?」
「マヤの世界ではこれで時間がわかるのか。一体どう言う仕組みでできているのだ?」
「ゼンマイがいい感じに作用してとしか説明できない。ごめん、仕組みとか気にしたことなかったから全然説明できない。因みにヴィクトリカたちはどうやって時間を測っているの?」
「私は時知らせの魔法を使っているが、ほとんどの人はこの腕時計に似た魔法具で擬似的に時知らせの魔法を使用している。この島に流されたときに全てを失ったので持ってはいないが。そういえば、よくわからない道具があると言っていたな。もしかするとその中に魔法具があるかもしれないな。…… おしゃべりはこれまでにて最後の訓練をしよう」
ヴィクトリカの言葉に舞弥は気合を入れた。
「あと少しで感覚が掴めそうなんだけどなあ」
舞弥は湯船の中でそう呟いた。
結局、舞弥は今回の訓練ではマナを動かす感覚を掴むことができなかった。しかし、最後の方は快感を得る頻度や強さが減ってきたのであと少しといったところだ。次の訓練には感覚を掴むことができるようになるだろう。
「まあ仕方ないさ。舞弥は始めるのが遅かったのだから。第二次性徴を迎えてからの訓練は本当に時間がかかるんだ。それこそ性徴前の何倍も」
舞弥の習熟速度は第二次性徴を迎えてから訓練を始めた中では決して遅くない。母数が圧倒的に少ないため正確性には欠けるが。
ヴィクトリカはそのことを言わなかった。言う必要性を感じなかったからと言うこともなるが、必要以上に考えさせない方がいいと考えたからだ。
昼間に致したことや、疲れている事などを気にすることなくしっかりと夜の運動をして二人は二人が出会って三日目の朝を迎えた。
この日も昼前に起床し、足りない食糧を採りにいき、それが終わると片方が昼食、もう片方が洗濯をする。今日は舞弥が調理を、ヴィクトリカが選択を担当した。
すでに魔法で解体され、使いやすいよう部位ごとにブロック分けされた肉を使用する。調味料が限られていることと料理は家庭科の授業や両親の手伝いで稀にするだけなので作ることのできるレシピが極端に少ない。煮る、焼く、炒める、蒸すこの四つだけが今の舞弥にできることだ。なお、味付けは塩と胡椒、砂糖でできる範囲のもののみ。
まだこの島に来てから殆ど日数が経っていないためなんとかなっているが、時が進むにつれこれは致命的になる。
昼食を終えると魔法の訓練が始まる。
「それじゃあ、三回目の訓練を始めようか。今日も補助付きでマナを動かす訓練をする。昨日の最後に感覚が掴めそうになったんだよね? なら、今日の目標は補助付きでマナを動かすことができるようになること。これさえクリアできれば後は楽に進められるようになるから頑張ろう」
ヴィクトリカは舞弥の手を取りマナを動かす。
三度目の循環で舞弥はこれまでとは違った反応を見せる。
「あっ」
「掴めたみたいだね。それじゃあ次は一緒に動かしてみようか。行くよ」
舞弥はヴィクトリカの補助を受け自身のマナを動かす。拙くはあるが、確かに動かしているという今までとは違う感覚に舞弥は嬉しくなる。
マナを動かす感覚にも徐々に慣れてきた舞弥はどんどんスムーズにマナを動かすことができるようになる。
マナの動きが安定し始めた頃、ヴィクトリカが補助を減らした。補助が減った瞬間はマナの動きが不安定になるが、それも回数を重ねるごとに改善していく。
途中、長めの休憩や夕食を挟みつつ訓練を進める。
徐々に減っていった補助は夕食後には無くなり、舞弥が一人で自力で動かす訓練に入った。
それまで順調に進んでいたがここにきて躓きを見せる。僅かにでも補助があるのと全く補助がないのとでは難易度に雲泥の差が生まれる。幼少期から訓練を行なった人も躓く最初の壁。
舞弥は一人己の中のマナと格闘する。無言で、時には奇声を上げながら。
その姿をヴィクトリカは子供の挑戦を見守る親のような目で見る。
何度も何度も繰り返し、ヴィクトリカが終わりを告げようとしたそのとき、僅かにだが舞弥のマナが動いた。
その瞬間、二人は顔を見合わせ抱き合った。
「出来た、出来たよ」
「うん。おめでとう、マヤ」
”出来た、出来た”と言い続ける舞弥の背中を撫でながらヴィクトリカも”うん、うん”と繰り返す。互いに喜びを噛み締めながら満足するまで抱擁を続けた。
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