第4話

日も大分暮れた頃だ。街道沿いに小さな集落がある。利益の条件上自然発生した集落である。此処には街道警備隊が常駐しているが、どの国家にも属していない。成長すれば、あたらな都市国家の誕生ともなろう。

いきなり盗賊等から襲われる心配はなさそうだが、今はまだ、戦争になれば消滅する希薄な存在である。殆どが、安宿を経営している。

「バカが!もし、賊が出て来たときに、馬に逃げ切る体力が無くなっていたら、どうするつもりだ?」

宿に着いた彼ら。街のの入り口付近で皆を待っていたザインバームに対し、追いついたロンが即刻説教をかます。

「エスメラルダは、そんなヤワじゃねぇし、いざとなれば、倒せばいいだけだろ?」

ザインバームは、へらへらと笑いながら、頭の後ろで腕組みをし、興奮して眼前に迫ったロンから、一歩二歩退き、距離をあけ、彼の忠告を聞く様子が全くない。だが、鬱陶しがる様子もなく、彼の説教を正面から聞いている。

「あのなぁ、実戦経験のない者が、いきなりそんな状況を、対処できると思うか?貴公とロカは、経験がないんだ。向こうに着くまでは、私か老体に従う!いいな!」

両手を腰におき、少々前屈みになり、追い込むようにもう一歩間を詰めてロンがいう。

半強制的な、いや、強制的なロンの押しつけに、ザインバームは渋々頷く。それに加え、これ以上ロンが五月蠅くなるのを嫌った感もある。

彼らは、安宿を選ぶ。この方が旅の雰囲気が出のだという。コミュニケーションも大いにとれることだろうと、ジーオンの考えだ。やすい宿で量が自慢のシンプルな食事、ひとつのテーブルを囲んで、それぞれのペースで、食事を済ませた後、ロンは全員を自分の部屋に集合をかけるのだった。

「よし。食事も済んだことだ。ゲームとしゃれ込もう」

そう言ったロンが、何処からともなく引きずり出したのは、麻雀のマットと牌のセットだ。

「ほう!麻雀か!」

ジーオンが懐かしそうに声をたてる。宮廷内に、このような庶民的な遊びをする者は、誰も居ない。

「なに?これ……」

サインバームとロカが声をそろえて、騒がしくテーブルの上に敷かれたマットと、色々な絵柄のかかれている直方体を、ひとつ摘み、詳しく観察する。

「いいか?麻雀てのはなだなぁ……(以下長いので省略)」

ロンが蘊蓄の混ざった話を延々とし出す。で、実際にゲームが始められ、南場第二局目を回ったところだ。

「ザイン君それロンじゃ」

ザインバームは長いので、いつの間にかそう略されていた。ザインの捨て牌に当たったのはジーオンだ。

「げ!」

この言葉には、色々な意味があった。点棒を投げ出したザインは、同時に、箱の中身を皆に見せる。

「ハコ……だな」

ザインは、皆に散々テンパイされ、ハコ点になってしまった。こんな状態に陥った人間を見たのは、久しぶりのロンだった。

「ダメですよザイン。貴方一つの種類しか集めないんですもの。僕のように堅実に行かないと……」

「それじゃ、次からクイタン禁止な」

偉そうに講釈をたれようとしていた、ロカに対してロンの手厳しい一言だった。ロカは、すぐに牌をそろえて、安い手で上がりを決め込んでしまうのだった。

「え?!そんな!ヒドイです!」

ザインは、チンイツ狙いで、ロカはひたすらないて、タンヤオばかりだ。性格が互いに良く出ている。

「っるせぇ!男はこれと決めたら、一本に絞って!……」

「そりゃ、臨機応変て言葉を知らないだけだ」

すぐにロンにへこまされてしまうザインだった。そして再び牌はかき混ぜられて行くのだった。当然ザインがハコになったため、ハンチャンももたず終了である。

「んじゃ、本格的にテンゴで行くか」

と、ロンが、牌をかき混ぜながら、そんなことをぼそっと言う。

「テンゴって?」

ザインが再び不服そうに口を開く。

「つまり、一点につき、五十ジル払うという事じゃ(一ジルは一円くらい)」

この国では、基本的にギャンブルは御法度だ。もちろん賭け麻雀もその部類に入る。が、国外の集落は、治外法権であるため、お咎めはない。ただし、それが見つかると、国家中で罪人扱いだ。しかし、特権というものもある。此処では五大雄という立場を大いに利用することを言う。

「た、タケェなぁ……」

つまり、ハコになった時点で、ザインは三万点×五十ジルで、百五十万ジルを払わなければならない。

「良いですね。僕は構いませんよ」

相変わらず大人しい顔をしていて、こんな事を言うロカだった。この四人は、どうやらどこか社会の型に入りきらないものを持っている。ザインは四人の共通点を見つけ、クスリと笑う。

「その笑いは、オーケーと言うことだな」

と、ロンが強引に賭け麻雀を開始する。ジャラジャラと牌を掻き回し、東場も過ぎて、ザインは、どうにかハコを免れてはいるが、そろそろ点棒が、底を尽きかけている。

ルールは、二万五千点の三万返しだ。

〈ヤベェ。比奴等マジかよ!〉

もちろん負けた奴が言うべき台詞なので、カモを相手にしているロンとジーオンは、ホクホク顔だ。ロカの表情は変わらない。遊びと割り切っているのだろう。

「リーチじゃ」

ジーオンが、千点棒を投げ出し、横に寝かせた牌を、捨て牌の最後尾にカツンと当てる。その音で、手の内の良さが伺えそうなものだ。ザインが牌を引く。

「う!リャンピン……」

イヤな予感がし、自分の捨て牌を眺める。

「牌がダブってやがる!しかも、爺はピンズの気が……」

ザインが、目玉のようなリャンピンと睨めっこを始めたときだった。

宿の外が雑然と騒がしくなる。そして次に、耳を砕きそうなほど大きな警報の鐘が鳴る。

「夜盗だ!夜盗が村に入ったぞ!!」

村に夜盗が入るということは、村に在中する街道警備隊を、十分に壊滅できる勢力を持っていると言うことを表している。率直に言えば、村の壊滅を意味する。

その勢いは怒濤で、放っておけば一晩で全てが灰になる。

「何?!」

ザインはドサクサに紛れ、宿の外に飛び出す。その序でに、不利になったテーブルをひっくり返して行く。夜盗が村に進入しては、おちおち麻雀どころではない。他の者も仕方が無く宿の外に出る。

三人が宿の外に出ると、ザインが既に剣を振るっていた。だが何だか様子が変だ。

「おい、ザインの奴……」

「うむ。鞘ごと振り回しておるな」

ザインは不殺(ころさず)で、盗賊沈黙させる気だ。誰もが、そんなことをしても一時凌ぎにしかならない事を知っている。だが、ザインの立ち回りは見事なものだった。一撃を食らえば確実に死んでしまうほど、ザインの装備は軽量なものであるが、それを十分補う体裁きで、夜盗どもの攻撃をかわし、一人一人を一撃で気絶に追い込んでいる。

ロンは息を飲んだ。ザインの動きはまるで鬼神の如く凄まじく、まるで戦場でたった一人闘い抜いた戦士を彷彿させた。

「此処じゃ魔法はでかすぎる!二人は、身を守っておいてくれ。私はザインを援護する」

ロンが抜いたのは青龍刀だった。それを軽く振り回し、盗賊共を退治しにかかる。

「ザイン!抜かぬとキリがないぞ!」

ザインは、他人がどういう行動を起こそうが、全く気にする様子もなく、ロンが賊を切り倒していくのを、否定も肯定もしない。

「戦場じゃ何人斬った?!」

戦闘の最中、ザインがロンに対し、突然そんなことを聞く。

「さぁな。数えたくもないね。趣味じゃない!」

呼気を整えながら、敵を牽制しつつ、視線を周囲に配り、耳の奥で、ザインの言葉を捉えながら、ロンはいうのだった。少し間をおいて、ザインがいう。

「良かった」

ロンが斬った人間の数を覚えていないのは、それだけ戦場を駆け抜けたからである。それに対するザインの答えは、明瞭であるが意味不明である。だが、「趣味じゃない」の一言が、ロンの人間性を良く表していた。

その直後、夜盗が数人ずつ一撃で血しぶきを上げながら、左右に凪ぎ払われて行くのが、目に飛び込む。

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