47. 納品と巨亀とひと騒動

 ギルドに併設された大倉庫は外観は狩猟者ハンターギルドとさほど変わらない大きさである。しかし、狩猟者ハンターギルドと同じく大きなカウンターが来客を迎え、奥の倉庫内部に通されると、そこは魔導テントのように拡張された大空間であった。


 地上からいくらか下がった床面から天井まで50メートルはあるだろうか。天井から吊るされた魔物などの皮や骨、素材を保存しているであろう背の高い棚がずらりと並び、そこらにある解体台では現在進行形で職員達がその辣腕を奮っていた。広大なはずなのに狭さを感じる不思議な空間である。


「量がかなりあるんだが、採集品からでいいか?」

「ええ! じゃんじゃん出してちょうだい!」


 フローラリア、大倉庫の職員達、研究者達に加えて何故か【鉄壁アイアンクラッド】の面々にアレク達にまで見守られている。

 【鉄壁アイアンクラッド】の面々は単純に興味本位、アレク達も半分はそのようだが、もう半分は違ったらしい。面倒見のいい先輩達と楽しそうに喋っていた。

 なんでもパーティー名というのはリーダーの二つ名を冠するのが通例らしいが、パーティー名があるということはつまり、そう名乗れるほどに名を馳せているということと同義らしい。憧れの先輩達を前に最初は固まっていたが、ここに来るまでに随分打ち解けたようである。


 大倉庫の隅、検品台の上に拡張ラージバッグを乗せる。バッグの口近く、細やかな装飾の施されたブローチのような細工。その大粒の石の上にエナが乗ると、バックの口が向いた空間が波打った。

 波打つ空間に腕を突っ込むと、目当てのものが手に。セレはそれをそのまま外に引っ張り出した。


「まず、これが――先生のお目当ての物だ」

「せっ…………“精霊のゆりかご”……!」

「これが……!」

「ほう……これは見事な……」

「まあ……」

「えー、これがあと、容器五つ分ある。……もちろん半分も採ってないぞ」

「五つも!?」

「けっ、検品しますっ」


 きゃあっと悲鳴のような歓声を上げるチェルシーを他所に、慌てた様子の大倉庫の職員達がセレの流したバケツ型保存容器を受け取っていく。これ幸いと、セレは掴んだ端から次々に検品台へと流していった。


「次が……確か、五積草コツミクサ。これは容器三つ分。で、次は……粉吹豆コフキトウ、これは容器二つ分。んで、次はえーと、カウスラの実? が――」

「すっ、すみませんっ! もう少しゆっくり出していただけませんか……!」

「ああ、わかった」

「ねっ、ねえセレッ! あのリストの素材も採ってきてくれたのっ!?」

「さすがに全部じゃないが、確か十種類は――」

「ッキャ――――ッッ!!」

「うるさっ……だから、顔に張り付くな!」

『こいつ、大丈夫か……?』


 エナが引き気味にぽつりと零す。喜んでくれるのはいいのだが、表現方法をもう少し抑えてほしい。先程からリュッグが申し訳なさそうに小さくなっているのが哀れである。

 大倉庫の職員達のペースを見つつ、順々に中身を取り出していく。最初より人数が増えた気がするが、援軍を呼んだのだろうか。


「すごいですね……見事に上級素材ばかりで……」

「うん……セレって採集専門じゃないんだよね?」

「ありゃあどう見たって生粋の戦士だぜ……よっぽど鼻が利くのかねえ」

「し、知らない素材ばっかりだ……」

「……私も。もっと勉強しなきゃ……」


 外野が騒がしくなってきた頃、ようやく採集品を出し終えた。職員の数がまた増えている。おそらく繁忙期であろう今、これからさらに追いつめることになるかもしれないが――。


「採集品はこれで全部だ。次は狩猟品なんだが、どこに出せばいい?」

「――ハッ! そっちもあるのね!」

「ああ、結構狩ってきたぞ。拡張ラージバッグがいっぱいになった」

「キャーッ! セレ、愛してるッ!」

「堂々と浮気するなよ……」


 もはや頭に張り付かれるのに抵抗する気も失せ、職員の案内で空いている解体台へと向かう。

 怪魔も持ち込まれる解体台は当然相応に大きかった。台、と言っても高さはさほど無く、血を集めるためと思われる溝が掘ってある腰掛け程度の台である。外周に装飾が施されているので、何らかの魔導具でもあるのかもしれない。

 天井からは獲物を吊り上げるための鎖が垂れ、周囲には様々な種類の刃を持った職員達が待機している――巨亀は出せそうにない。どころか、この倉庫内では厳しそうだ。


「小さいものからか、大きいものからか、どっちがいいんだ?」

「小さいものからでお願いします」

「わかった」


 大柄な職員の指示に従い、小さい鳥型の怪魔から出していく。30センチほど小包が淡く輝くと、梱包布が解けてその中身があらわになった。


「確か……七、八体はいた気がする」

「はい、確認します」

「次を出して大丈夫か?」

「ええと、どの程度の大きさでしょうか」

「えー……それの次に小さいのが……20メットくらいだったはず……」

「……ちなみに、あとどれくらい出てきます?」

「んー……二十ちょいくらいだったと……」

「――オイッ、こっち人回せェッ! ……申し訳ありません、あちらの方に見えます解体待ち置場に出していただけますか」

「……なんというか、すまない」

「いえ、仕事ですので……」


 本当に申し訳ない――しかし、こちらもバッグの中身を出さねばならないのだ。


 指示された場所、広く区切られた置場区画に次々に怪魔を並べていく。どうも先程の解体台といい、多少外で流れた後とはいえ、切り口から血が流れ出るのが止まっているように見える。

 少し振り返ると、あの鳥型怪魔の首から血が勢いよく吹き出ていた。赤い川のように一束に溝に集まり流れていく。あれも魔導具の効果なのだろうか――妖精チェルシーの奇声を背景に、セレは淡々と拡張ラージバッグを空にしていった。


「……どれも首を一撃か、恐ろしいな。見ろよあのでけえ頭、死んだことすら気付いてなさそうなツラしてやがる」

「ああ……皮にも一切傷がないとなりゃあ、かなりいい値段になりそうだな」

「な、なんか、周りに人集まってません?」

「そりゃーこんなにぽんぽん怪魔出してたらそうなるよ。しかも見事に全部首なしだしさ」

「ええ……あれは霧の森の怪魔ですね。我々が遭遇したものより大きい」

「あ、あれが霧の森の……あんなのを相手に……」


 ずるり、と5メートル近くある大包みを引きずり出す。最初はこの拡張ラージバッグという小さな肩掛けカバンにどうやって大物が入るのかと思っていたが、さすが専門家に借り受けた高級魔導具というべきか。バッグに埋め込まれた石に触れると口近くの空間が歪み、そこに触れたものをするする飲み込んでしまうのだ。

 もちろん出し入れに補助は必要だが、一度歪みに触れたら軽量化が掛かって驚くほど軽くなる。あの巨亀さえ飲み込んだのだから大したものだ――。


「――次が最後なんだが……少しいいか。ああ、フローラリアにも聞いてほしい」

「はいっ、なんでしょう」

「私もですか? なんでしょうか」

「最近、ギルドから通達を出したんだろ? 深部に妙な怪魔が出たって話だ」

「はい。複数のパーティーから報告が上がりましたので、様子見をと」

「その原因らしき怪魔を狩った。で、そいつが――ものすごくでかい」

「……ものすごく――」

「――……でかい、とは」


 フローラリアと大柄の職員が揃って目を瞬かせる。

 美人は何をしても美人だが、強面の大男がきょとんとすると、妙に愛嬌があるのだな――セレはまるで関係のない感想を抱いた。


「この倉庫の屋根よりでかい。首を切り落として胴の方は梱包布に入ったんだが、頭は梱包布が足りなくてそのままバッグに入ってる」

「――――オイッ! 誰か訓練場まで走れッ! 場所空けさせろォッ! ……ちょっと失礼します!」

「――……セレさん、もう少し詳細を伺っても?」

「ああ……なんか、すまない」

「いえいえ、これが仕事ですから」


 風のように去っていった職員を見送り、どこからともなくバインダーを取り出したフローラリアに向き合った。

 なるべく早く宿に帰りたいところだが、なかなか難しそうだ――職員達のただならぬ雰囲気にフードで縮こまるエナを宥めつつ、セレは事のあらましを掻い摘んで話し始めた。


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