32. 妖精教授の躁鬱

「――と、いうわけで……端数切り上げで、全部で170万カロンでどうかしら」

「……多くないか?」


 チェルシーが提示した金額は、門での買取額さえ上回っている。量はあの時の半分以下、大雑把に計算しても五割増しはしているのではないだろうか。


「そう? 直取引なら妥当だと思うけど……ああ、こっちの財布は心配しないで! こう見えて結構儲かってるから!」

「そうか……」


 直接の取引だから割り増しなのだろうか。確かにここまで額が違うなら、評価の足しにはならずともこちらを選ぶ狩猟者ハンターがいるのも頷ける。セレは空になった包みをポーチに捻じ込んだ。



 午後から予定があるリィンが去り、全ての素材の検分を終えた頃にはすっかり昼になっていたので、せっかくだからと昼食をご馳走になることになった。

 ローテーブルに広げたハンカチサイズのランチョンマットの上、専用のソファーとテーブルでくつろぐチェルシーはご機嫌である。降って湧いた上級素材の取引に大変満足したようだ。


 妖精チェルシー巨人リュッグ、魔石を抱えてようやく大人しくなった小土人ノッカーと、なかなか癖の強い面子とローテーブルを囲む。賢岩人ジムンナは食事はしないらしい――少し硬めなのか、エナが木の実パンを相手に格闘している。セレはパンを四つほどに割いてやった。


「そうだ! セレ、伝言鳥メフラ交換しましょ!」

「あー……すまない、持ってないんだ」

「あら、そうなの? 珍しいわね、狩猟者ハンターなのに」

「最近狩猟者ハンターになったばっかりで忙しくて、必要なものを揃えきれてないんだ」

「そういえば新人だって言ってたわね」


 小さなカップを小さな手に持ち、チェルシーが意外そうに返す。

 こちらに来てから買ったのは着替えなどの日用品などで、他は必要になったらでいいかと適当に考えていた。狩猟者ハンターは依頼などの関係もあり、持っているのが普通らしい――そこそこ高価だったと記憶しているが、買っておいた方がいいかもしれない。


『素材、全部売れちまったな……なあ、今って金は大丈夫なのか?』

(当面は問題ないんじゃないか? でかい買い物でもない限り――依頼続きで想定外の収入もあったしな……)

『ああ、うん……蟲とかな』

(……もう蟲はいらん)


 現在の所持金、約400万カロン。伝言鳥メフラを買ったとしても余裕があるはずだ。

 宿は前払いで三か月借りているので、この町を発つまでかなりの時間がある。今後どう動くかはまだ決めていないが、この際役立ちそうな魔導具は買い揃えておくべきか。


「ねえねえ! 新人なのに深部の素材を採集できるってことは、狩猟者ハンターの前に何かしてたの?」

「あー、そうだな。それらしいことはしてた」

「それらしい?」

「えーっと、ほら、採集したり、きょ――魔物を狩ったり?」

「それは……狩猟者ハンターではないのですか?」


 (生態調査のために)採集をしたり、(間引くために)狩猟をしたり。

 間違ったことは言っていない。内容もさほど違わない――少しばかり目的が違うだけで。


「故郷がどうしようもない田舎で。そこでこう、個人でやってたんだ」

「へえ……実質狩猟者ハンターだったのね」

「今まで個人で深部まで立ち入っていたと……しかし、長く勤めれば怪魔との邂逅は避けきれぬじゃろうに。よく無事じゃったの」

「避けきれないやつはまあ、適当に狩ってたから」

「「「えっ」」」

「『えっ?』」


 三者三様の視線が突き刺さり、少々身構える――呆気にとられた様子からいち早く復帰した、キラキラしい双眼が瞬いた。


「ねっねえっ! もしかして、怪魔の素材も持ってたりする!? 買い取らせてほしいんだけど!」

「えっいや……そういうのはその、そのまま森に置きっぱなしというか」

「えっ……えぇーッ!? なんで!? 怪魔よ!?」 

「い、いや、ほら、田舎だから……怪魔持って帰ってもあんまり、みたいな」

「そっ……そんなぁあ……」


 凄まじく落ち込んでしまった。反応を見るに、怪魔はいい素材になるらしい。

 巨獣も大物であれば武器や防具に加工、研究用、鑑賞用などにするために解体するが、同じようなものだろうか。しかし、ないものはないのだ。残念ながら。


「も、もったいないですね……」

「むぅん……確かに、必要がなければただの大荷物じゃしの……肉も食えんし」

「怪魔って魔導具の素材になるのか? というか食えないのか」

「魔獣程度までなら食えるんじゃがの。怪魔ともなると、肉に残った魔力が濃すぎて、大抵の者は魔力中毒になるんじゃよ。何とかすれば食えると、噂程度で聞いたことはあるがな」

『……人ってのは、なんでも食うんだなぁ』

(いや……聞いた感じ、かなり悪食の部類に入るんじゃ……)


「怪魔の素材……特に“魔核”はね、魔導具に携わる者には垂涎の素材なのよ……」


 未だにくてんと脱力したチェルシーが絞り出すように呟いた。


「魔核?」

「魔獣以上になると、魔術を使う個体が現れるのは知ってるでしょ? 魔核っていうのはね、一定以上の体積を持つ生物……おおよそ魔獣以上が持つ器官のことよ。魔力を貯蔵し、循環させる器官なの……心臓のようなものね」

「心臓……が、魔導具の素材になるのか……? 想像がつかないな」

「もちろんそのままでは使わないわ。魔力成形で魔導媒体としての形を整えるの。魔導媒体としては、最高峰と言っていいわ」


 もともとが魔力を貯蔵する器官だからだろうか。それをどのように生かすのかはセレには検討もつかないが。

 セレの中では、内臓というのは捨て置くものである。解体し、持ち帰るのは殻や角、牙などで、肉などその手の愛好家しか食わぬもの、という認識だ。


 きっちり調理したなら大丈夫なのかもしれないが、ただでさえ巨獣の肉は筋肉質で硬いのだ。それを食用にするまでの手間が計り知れないうえ、保存にも場所を取り、殻などと違って腐る。

 運ぶ手間と対価が釣り合わぬもの――しかし、魔導具による運搬が容易なこちらでは内臓も素材になるらしい。不思議なものである。


「魔核……欲しかったぁ……っ」

「せ、先生……」


 小さなソファーでもんどり打つ小妖人ピクシーに、何も言えぬセレであった。


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