22. “根啜蟲の女王”の調査4

「ここが最後ですね。ここから地上へと水が送られて、マイヤ川から海に向かうんですよ」

『おおー、すっげえ! 逆さの滝みたいだ!』

「おお……すごいな! 逆さになった滝だ!」


 シンクロするな。


 何度目かの台詞を飲み込んだ。エナの声は当然周りに聞こえていない。反応してはこちらがおかしく思われるのである。


 “送水魔導設備”――下水処理施設の最後の設備。

 エナとアレクのテンションが最高潮だ。自然界では絶対に見られない“逆流する滝”が壁に連なった様子は圧巻の一言である。

 ここまでの設備のめぼしい壁は調べ終え、特に気になるものも見つからなかった。


「んーっ、ここの確認が終わったら、地下に女王はいなかったってことだねぇ」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

根啜蟲イビル・イータの女王ですか……この施設の壁には魔物除けの処理がされているので、ないとは思いますがねえ……」

「それが一番だ。いるよりいない方がいいに決まってる」

「いなかったら、あなたはどうするの?」

「次は地下用水路だな。それで問題なければ、地上に上がって、北西エリア以外のインフラ施設を順に回る。そうだな……地下に繋がってる南の用水生成施設あたりが妥当か」

「あれ? 農園じゃないの?」

「言い方は悪いが、所詮は“農園”だ。町での重要度が高い順――止まったら影響が大きい順に行くべきだろう。それに、農園はあの新人達が回ってるだろうしな」

「……確かに、そうね。水が回らなくなったら、皆困るものね……」


 フィーナがぽつりと零す。なぜか先程から気落ちした様子だが、何かあったのだろうか。

 ともかく、ようやくこの施設で終わりである。当然といえば当然だが、とても広い施設だったので思っていたより時間が掛かってしまった。


「そういえばセレはここに何しに来たんだ?」

「アレク、あなたね……。女王がいないか確認しに来たのよ」

「うーん、いないと思うけどなぁ。だってここすっごい地下だぜ?」

「……二回も説明しないからな」

「……ごめんなさい」


 めぼしい箇所をチェックしては進む。ここはひたすらに逆流する滝があるだけだからか、エナは肩に止まり、アレクも後ろを付いてくる。

 フィーナは性格故か気を抜いた様子はないが、アレクは“まさに新人”らしくいささか緊張感が足りないようで、妙にこちらが脱力させられる――エナはともかくお前は仕事みはりをしろ。


「職員さん、ここが一番奥なのか?」

「ええ、そうですね」

「ここまで何もなかったんだよね? 無事に終わりそうだね」

「……ええ、本当によかったわ」

『面白い場所だったな!』

(お前なぁ――)



 ――――不意に。



 神経の先、何かが掠めた感覚。


「――なあ、あれは何だ」

「はい?」

「あそこにある、あの扉だ――設備はこれで最後じゃなかったのか」


 ――設備の最奥、壁沿いに走る長い通路の先。


「ああ、あれは“予備庫”ですよ」

「何が入ってる」

「ええと……そうですね、主に大型の備品などを」

「具体的に」

「ぐ、具体的にですか……魔導設備の予備パーツなどをですね、緊急時用に用意してあるんです。定期点検の時に新品を仕入れるんですが、その際、予備庫の点検ついでに新品と予備を取り替えるんです。そして予備に問題がなければ、現行の古い物と取り替えを……」

「点検の頻度と前回は」

「年に一回です、前回は……確か、八か月前でしょうか」


 両開きの大きな扉。

 大型の魔導設備のパーツが入っているという倉庫は、入口も相応の大きさだ――セレはすっと目を細くした。


「え、でも構造図になかったよね?」

「あぁ、あの構造図は初期のものだからですね。造られた当初はなかったんですよ」

「――北西なんだな。予備庫があるのは」

「え? ええ、そうですね。巨大ろ過設備から北西の方角に……」

「…………北西って、確か、農園が……」

「お、おい。フィーナ大丈夫か?」


「これ、もしかして――セレッ?」

『お、おいおい、どうしたんだ?』


 足早に扉に近付く。歩きざまに背の重剣を抜き去る――背後からざわめきが聞こえるが、構っている余裕がない。

 だんだんと近くなる扉を仰ぐ。鼻を鳴らす――近い、そして。外に漏れ出すほどか。


「ま、待ってください、予備庫は鍵が掛かっています」

「悪いが、その時間があるかも怪しい」

『えっおいっ、やるのか? やっちまうのか!?』

(エナ、フードに入ってた方がいいぞ)


 ガァンッ!! 歩く勢いそのままに蹴りつける。

 滅多に開かれないというそれは、急かされたように勢いづいてその内を晒した――蟲臭い、こもった空気が流れ出す。


「とっ扉が蹴りで――」

「セレッ、そんな急がなくても――」


 眼前に現れた通路。灯の一切ないそこは暗く、広く幅を取られた道が、奥の方から闇に侵食されている――。



 ――――“上”。



「「「「「ギイィィィィィィィィッ!!」」」」」


 前方に踏み込んだ。勢いのまま上方に斬り払った刃が、剣圧が、陰翳から墜下したを裂く。追って斬撃を加えると、千々に細切れたそれらは抵抗なく後方へと流れ飛んだ。

 深奥を睨めつける。背後でドシャッと不快な音、ついで誰かの潰し損ねた小さな悲鳴――ああ、魔物はのだった。不利と見るや、潮が引くように無数の気配が奥へと消えていく。


「こっこれはっま、魔物!?」

「え、なんかおっきくない? ねえ、こんなだったっけ?」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」


 根啜蟲イビル・イータ


 地上で見たものは10センチ前後であったが、臓腑を晒したそれらは優にその五倍はあるだろう。見た目もどこか地上のものとは違うように見える――より攻撃的な様相になっているのは間違いない。

 地に打ち捨てられたそれらの姿はなんともおぞましい。十はくだらない数の巨蟲の死骸の山に、職員と新人二人は顔を青くしている。


『――うわっ気持ち悪っ』

「そんな、イ、根啜蟲イビル・イータは地中にいるんじゃ」

「太陽が嫌いなんだろ。暗くて、地下で、上等なもある。完璧だな」

「まっ魔物除けはっ」

「効かなかったか、新しく造り足したから処置が甘かったか、まあそんなとこだろう」


 剣を払う。灯を探すが見当たらない。夜目は利くので問題ないが――。


『暗いな……灯出すか?』

(そんな魔法もあるのか?)

『ああ、あるぜ――こんな感じでどうだ?』


 光の玉が目の前に現れると、塗れた黒闇が白に溶かされた――蟲に侵された領域が露わになる。


「うえぇー、すっごいドロドロ……」

「て、天井が……」

「灯が全部喰い潰されてるな。……ああ、魔導具だからか」


 光に照らされ、根啜蟲イビル・イータによる爪痕がまざまざと浮かび上がる。溶解液で溶かされた魔導灯、間柱は噛み砕かれたのか瓦礫と化し、まるで廃墟のような有様だ。

 先程蹴りつけた扉を確認する――裏面がひどく爛れている。分厚さが幸いして今まで破られなかったようだ。あと一日遅ければ、があと少し多ければ、今この瞬間にも喰い破っていたかもしれない。


「私はこのまま進む。リィン、悪いがその職員を連れてギルドに報告してきてくれないか」

「――わかった。セレも気を付けてね?」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「ああ」

「――まっ、待てよ! まさか一人で行くつもりなのか!?」

「あ、あなたの仕事は“調査”でしょ? 討伐まではしなくていいはずだわ。奥には間違いなくもっと根啜蟲イビル・イータがいるのよ?」


 アレクとフィーナが追い縋るように叫喚する。

 可哀想に、顔を青ざめさせた駆け出し狩猟者ハンター二人は、それでも必死にセレを止めようとしている。


「私の仕事は“女王の存在確認”だ――だが、この様子じゃいつ扉を溶かして出てくるかわからない。それに、扉でこの有様なら、下手したら壁を可能性もある。確認ついでにこのまま女王ごと殲滅する」

「群れを作る魔物は、魔獣に匹敵するほど危険なんだ! しかも大きさだって明らかにおかしいじゃないか、下手すれば魔獣以上なんだぞ!?」

「そ、そうよ。ここはいったん引いて、人を集めた方が――」

「無理だな。ここはあいつらの“巣”だ。それをんだから反撃してくるに決まってる」


 こちらの生物は巨獣と違って賢い。相手を見て引くだけの知能を最下位まものすら持ち、現に追撃せずに巣に引き返した――しかし、追い詰められたは何をしでかすかわからない。


「大丈夫だよ、セレははっきり物言うタイプだし。無理だったら無理って言ってるよ」

「そういうことだ。リィン、頼んだ」

「あっ待っ――」

「――クソッ、俺も行く!」

「アレク!? ――――ああもうっ!」



「……ありゃ、結局二人共行っちゃったね」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「は、はわわぁ……」


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