13. 根啜蟲

 “根啜蟲イビル・イータ”とは――。


 高価な魔草などの栽培に携わる者は、その名を聞くだけで揃って顔を顰めることだろう。

 その悪辣さは留まるところを知らない。奴らはひとたび餌場と定めれば群れを引き連れ襲来し、暴食の限りを尽くして去っていく。


 奴らは植物の“根” “根啜蟲イビル・イータ”とは――。


 高価な魔草などの栽培に携わる者は、その名を聞くだけで揃って顔を顰めることだろう。

 その悪辣さは留まるところを知らない。奴らはひとたび餌場と定めれば群れを引き連れ襲来し、暴食の限りを尽くして去っていく。


 奴らは植物の“根”を食らう。ただ、“食らう”のではなく“啜る”のがさらにたちが悪い。根を溶かし、ドロドロにした先から養分をちゅうちゅうと吸い取るのだ。

 根から茎、葉の中まですっからかんにしたらそれで終いである。後に残るのは抜け殻になった魔草――そして、根啜蟲イビル・イータの分泌した溶解液でぐちゃぐちゃにされた根と土壌のみ。


「溶解液でやられちまった土はもう使いもんにならねえ……! 最初から最後までろくな事をしねえ、それが根啜蟲イビル・イータだ!!」

「あいつらは悪魔だ……可愛い顔して俺達を嘲笑ってるんだ……!」

「……それはそれは」

『とんでもねえ魔物もいたもんだな……』


 依頼主である園芸店“ウィルマン農園”を訪れていた。デアナは城壁に囲まれた町だが、なかなかの広さの農地を保有する店のようである。


 根啜蟲イビル・イータとは魔物のことだったらしい。曰く、日中は地中深くに身を潜め、夜になると地表近くに上がってきて根を溶かす。なので、駆除をしやすいのは夜間なのだが、夜になると活発化、凶暴性が増し、地中から引きずり出した途端に飛びかかって噛み付いてくる。顎の力も尋常ではないらしく、人の指程度なら易々と噛み砕いてしまうという。


「俺達が主に作ってるのは魔草だからな。質のいいもんを作るためには虫退治の薬や魔導具は使えねえし、駆除に魔術を使うわけにも行かねえ。かといって鼻の利く野猟犬キーン・セントに任せたら土を掘りすぎて魔草の方が傷付いちまう。だから昼間にちまちまと駆除することしかできねえんだ……」

「でもあいつら、減らしても減らしても次々湧いてくるんだ。毎日駆除業者を呼ぶわけにもいかないし……ここ数か月ほど、やけに数が増えたらしくてね。今までうちは被害がなかったんだけど、ついに来ちゃったんだよ」


 人不足すぎて急遽依頼を出したらしい。焼け石に水かもしれないが、従業員全員で駆除に専念し鎮静化を図るとのことだった。営業に支障をきたすのならそれも仕方のないことだろう。

 ちなみに【根啜蟲イビル・イータ駆除手伝い】は狩猟者ハンターに人気がないらしい。早朝を過ぎても売れ残るわけだ。


「しかも奴らは戻ってくる。魔物だけに多少頭が回るもんで、いい餌場はあっという間に奴らの間で広まっちまうんだ。畑を囲う柵なんて、結構金かけた魔導具なんだけどよ……どっかしらから入って来やがったんだ……」

「なるほど……」

「こうやって引きずり出すんだ…………この辺にいそうかな」


 魔草の畝の近く、従業員の猫耳の男性がしゃがみこみ、トングのような棒状の道具を土に差し込んだ。ぐりぐりと動かしてしばらく、「よっ」と棒を引き抜くと――。


「――キ、キイィィィィィッ」


「これが根啜蟲イビル・イータだよ……顔は可愛いでしょ」

「か、可愛い……? まあ、愛嬌があると言えなくも、ない、か……?」

「どっかのアホが飼い始めたのはいいが、夜になると暴れるもんだから放しちまったのが町に入った原因らしいぜ。……全く、ぶくぶく肥えやがって」

「陽の光を浴びたらパニックになるらしくてね、昼間は安全に駆除できるんだよ。念の為、グローブは必要だけどね」

『……俺の方が可愛い!』

(……そうだな。お前の方が可愛いな)

『そうだ! 俺の方がずっとキュートだ!』


 超特大の芋虫。黒い大きな目が、確かに可愛いと言えなくもない、かもしれない。模様も特段毒々しいというわけでもなく――しかし、狂ったように暴れ、歯をカチカチ鳴らし威嚇するさまは可愛くは見えない。ぼたぼたと口から垂らしているのは溶解液だろうか。

 棒で挟んだ根啜蟲イビル・イータを、男性は口にの付いた筒籠に放り込んだ。「これを地道に繰り返すんだ」と笑うその顔はお世辞にも明るいとは言い難い。


 自前のグローブを身に付け、男性から駆除棒と筒籠を借り受ける。

 セレは魔草畑を睥睨した。スン、と鼻を鳴らす――根啜蟲イビル・イータの“臭い”と、魔草以外の魔力。しかも数が尋常ではない。これを全て取り除くのは骨が折れそうだ。


「――なあ店主さん。いくつか確認させてほしい」

「お、何だ?」

「この畑は魔力を使った駆除ができないんだな?」

「ああ、そうだ。魔草は繊細だからな、周りを囲う柵とかならともかく、違う魔力を近付けすぎるのはよくねえ。だから魔術以外にも植物を覆って守るタイプの魔導具も使えねえんだ」

「じゃあ、揺らすのはどうだ? 魔草そのものじゃなくて、畑全体に衝撃を与えるのは大丈夫か?」

「揺らす……? ……魔草が敏感なのは魔力だからな、それ以外は普通の草だし、たぶん大丈夫だと思うが……」

「んー…………わかった。一つ試したいことがあるから、全員少し畑から離れてほしい」

「え? お、おう……」

『何すんだ?』

(上手くいけば、で済むかと思ってな) 


 女子供を含め、全員が離れたのを確認する。セレが何をしようとしているのか皆目見当が付かず、皆不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 畑の中心に目星を付け、拳を鳴らす――<カルマ>を右拳に圧縮する。込める力は最小限に、そして、最大限にように。ギシリと圧で軋むを乗せた右腕を地面に振り下ろした。



《――<穿撃バッシヴ>》



 ズシンッ――! “地中”を揺らす一撃。細かく短い振動が足裏に伝い、離れていた農園の人々が慌てた様子で足をバタつかせるのを目端に捉えた。

 その衝撃は大気にも及び、肌がびりびりとその強張りを拾う――さて、狙い通りになるだろうか。



 ――ボコッ、ボコボコッ。



「「「「「――キイィィィィィィッ!」」」」」


 果たして、畑という小規模に絞った一撃はしかとその効果を発揮したようだ。地面からボコボコと飛び出してきたのは、忌むべき根啜蟲イビル・イータ――の、大郡勢だった。


 衝撃からの陽光を受けて根啜蟲イビル・イータ達は大混乱しているようだ。畑一面、びちびちと跳ねるさまは圧巻の気色悪さである。

 脇に置いた筒籠を持ち、セレは手早く回収を始める。棒などいらない、今ならグローブで十分だ。


『うおぉぉぉっすげえ! 大漁だぜ!』

「――――とっ、取れ! 回収だ! 急げ! 全部駆除だぁぁぁぁっ!!」

「「「「「ウオォォォォッ!!」」」」」


 呆然としていた従業員達が再起動したようだ。店主の号令に呼応する雄叫び――畑はにわかに喧騒に包まれ、それは太陽が真上に登るまで続いたのだった。


を食らう。ただ、“食らう”のではなく“啜る”のがさらにたちが悪い。根を溶かし、ドロドロにした先から養分をちゅうちゅうと吸い取るのだ。

 根から茎、葉の中まですっからかんにしたらそれで終いである。後に残るのは抜け殻になった魔草――そして、根啜蟲イビル・イータの分泌した溶解液でぐちゃぐちゃにされた根と土壌のみ。


「溶解液でやられちまった土はもう使いもんにならねえ……! 最初から最後までろくな事をしねえ、それが根啜蟲イビル・イータだ!!」

「あいつらは悪魔だ……可愛い顔して俺達を嘲笑ってるんだ……!」

「……それはそれは」

『とんでもねえ魔物もいたもんだな……』


 依頼主である園芸店“ウィルマン農園”を訪れていた。デアナは城壁に囲まれた町だが、なかなかの広さの農地を保有する店のようである。


 根啜蟲イビル・イータとは魔物のことだったらしい。曰く、日中は地中深くに身を潜め、夜になると地表近くに上がってきて根を溶かす。なので、駆除をしやすいのは夜間なのだが、夜になると活発化、凶暴性が増し、地中から引きずり出した途端に飛びかかって噛み付いてくる。顎の力も尋常ではないらしく、人の指程度なら易々と噛み砕いてしまうという。


「俺達が主に作ってるのは魔草だからな。質のいいもんを作るためには虫退治の薬や魔導具は使えねえし、駆除に魔術を使うわけにも行かねえ。かといって鼻の利く野猟犬キーン・セントに任せたら土を掘りすぎて魔草の方が傷付いちまう。だから昼間にちまちまと駆除することしかできねえんだ……」

「でもあいつら、減らしても減らしても次々湧いてくるんだ。毎日駆除業者を呼ぶわけにもいかないし……ここ数か月ほど、やけに数が増えたらしくてね。今までうちは被害がなかったんだけど、ついに来ちゃったんだよ」


 人不足すぎて急遽依頼を出したらしい。焼け石に水かもしれないが、従業員全員で駆除に専念し鎮静化を図るとのことだった。営業に支障をきたすのならそれも仕方のないことだろう。

 ちなみに【根啜蟲イビル・イータ駆除手伝い】は狩猟者ハンターに人気がないらしい。早朝を過ぎても売れ残るわけだ。


「しかも奴らは戻ってくる。魔物だけに多少頭が回るもんで、いい餌場はあっという間に奴らの間で広まっちまうんだ。畑を囲う柵なんて、結構金かけた魔導具なんだけどよ……どっかしらから入って来やがったんだ……」

「なるほど……」

「こうやって引きずり出すんだ…………この辺にいそうかな」


 魔草の畝の近く、従業員の猫耳の男性がしゃがみこみ、トングのような棒状の道具を土に差し込んだ。ぐりぐりと動かしてしばらく、「よっ」と棒を引き抜くと――。


「――キ、キイィィィィィッ」


「これが根啜蟲イビル・イータだよ……顔は可愛いでしょ」

「か、可愛い……? まあ、愛嬌があると言えなくも、ない、か……?」

「どっかのアホが飼い始めたのはいいが、夜になると暴れるもんだから放しちまったのが町に入った原因らしいぜ。……全く、ぶくぶく肥えやがって」

「陽の光を浴びたらパニックになるらしくてね、昼間は安全に駆除できるんだよ。念の為、グローブは必要だけどね」

『……俺の方が可愛い!』

(……そうだな。お前の方が可愛いな)

『そうだ! 俺の方がずっとキュートだ!』


 超特大の芋虫。黒い大きな目が、確かに可愛いと言えなくもない、かもしれない。模様も特段毒々しいというわけでもなく――しかし、狂ったように暴れ、歯をカチカチ鳴らし威嚇するさまは可愛くは見えない。ぼたぼたと口から垂らしているのは溶解液だろうか。

 棒で挟んだ根啜蟲イビル・イータを、男性は口にの付いた筒籠に放り込んだ。「これを地道に繰り返すんだ」と笑うその顔はお世辞にも明るいとは言い難い。


 自前のグローブを身に付け、男性から駆除棒と筒籠を借り受ける。

 セレは魔草畑を睥睨した。スン、と鼻を鳴らす――根啜蟲イビル・イータの“臭い”と、魔草以外の魔力。しかも数が尋常ではない。これを全て取り除くのは骨が折れそうだ。


「――なあ店主さん。いくつか確認させてほしい」

「お、何だ?」

「この畑は魔力を使った駆除ができないんだな?」

「ああ、そうだ。魔草は繊細だからな、周りを囲う柵とかならともかく、違う魔力を近付けすぎるのはよくねえ。だから魔術以外にも植物を覆って守るタイプの魔導具も使えねえんだ」

「じゃあ、揺らすのはどうだ? 魔草そのものじゃなくて、畑全体に衝撃を与えるのは大丈夫か?」

「揺らす……? ……魔草が敏感なのは魔力だからな、それ以外は普通の草だし、たぶん大丈夫だと思うが……」

「んー…………わかった。一つ試したいことがあるから、全員少し畑から離れてほしい」

「え? お、おう……」

『何すんだ?』

(上手くいけば、で済むかと思ってな) 


 女子供を含め、全員が離れたのを確認する。セレが何をしようとしているのか皆目見当が付かず、皆不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 畑の中心に目星を付け、拳を鳴らす――<オーラ>を右拳に圧縮する。込める力は最小限に、そして、最大限にように。ギシリと圧で軋むを乗せた右腕を地面に振り下ろした。


《――<穿撃バッシヴ>》


 ズシンッ――――!


 “地中”を揺らす一撃――細かく短い振動が足裏に伝い、離れていた農園の人々が慌てた様子で足をバタつかせるのを目端に捉えた。

 その衝撃は大気にも及び、肌がびりびりとその強張りを拾う――さて、狙い通りになるだろうか。



 ――ボコッ、ボコボコッ。



「「「「「――キイィィィィィィッ!」」」」」


 果たして、畑という小規模に絞った一撃はしかとその効果を発揮したようだ。地面からボコボコと飛び出してきたのは、忌むべき根啜蟲イビル・イータ――の、大郡勢だった。


 衝撃からの陽光を受けて根啜蟲イビル・イータ達は大混乱しているようだ。畑一面、びちびちと跳ねるさまは圧巻の気色悪さである。

 脇に置いた筒籠を持ち、セレは手早く回収を始める。棒などいらない、今ならグローブで十分だ。


『うおぉぉぉっすげえ! 大漁だぜ!』

「――――とっ、取れ! 回収だ! 急げ! 全部駆除だぁぁぁぁっ!!」

「「「「「ウオォォォォッ!!」」」」」


 呆然としていた従業員達が再起動したようだ。店主の号令に呼応する雄叫び――畑はにわかに喧騒に包まれ、それは太陽が真上に登るまで続いたのだった。


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