13. 根啜蟲
“
高価な魔草などの栽培に携わる者は、その名を聞くだけで揃って顔を顰めることだろう。
その悪辣さは留まるところを知らない。奴らはひとたび餌場と定めれば群れを引き連れ襲来し、暴食の限りを尽くして去っていく。
奴らは植物の“根” “
高価な魔草などの栽培に携わる者は、その名を聞くだけで揃って顔を顰めることだろう。
その悪辣さは留まるところを知らない。奴らはひとたび餌場と定めれば群れを引き連れ襲来し、暴食の限りを尽くして去っていく。
奴らは植物の“根”を食らう。ただ、“食らう”のではなく“啜る”のがさらにたちが悪い。根を溶かし、ドロドロにした先から養分をちゅうちゅうと吸い取るのだ。
根から茎、葉の中まですっからかんにしたらそれで終いである。後に残るのは抜け殻になった魔草――そして、
「溶解液でやられちまった土はもう使いもんにならねえ……! 最初から最後までろくな事をしねえ、それが
「あいつらは悪魔だ……可愛い顔して俺達を嘲笑ってるんだ……!」
「……それはそれは」
『とんでもねえ魔物もいたもんだな……』
依頼主である園芸店“ウィルマン農園”を訪れていた。デアナは城壁に囲まれた町だが、なかなかの広さの農地を保有する店のようである。
「俺達が主に作ってるのは魔草だからな。質のいいもんを作るためには虫退治の薬や魔導具は使えねえし、駆除に魔術を使うわけにも行かねえ。かといって鼻の利く
「でもあいつら、減らしても減らしても次々湧いてくるんだ。毎日駆除業者を呼ぶわけにもいかないし……ここ数か月ほど、やけに数が増えたらしくてね。今までうちは被害がなかったんだけど、ついに来ちゃったんだよ」
人不足すぎて急遽依頼を出したらしい。焼け石に水かもしれないが、従業員全員で駆除に専念し鎮静化を図るとのことだった。営業に支障をきたすのならそれも仕方のないことだろう。
ちなみに【
「しかも奴らは戻ってくる。魔物だけに多少頭が回るもんで、いい餌場はあっという間に奴らの間で広まっちまうんだ。畑を囲う柵なんて、結構金かけた魔導具なんだけどよ……どっかしらから入って来やがったんだ……」
「なるほど……」
「こうやって引きずり出すんだ…………この辺にいそうかな」
魔草の畝の近く、従業員の猫耳の男性がしゃがみこみ、トングのような棒状の道具を土に差し込んだ。ぐりぐりと動かしてしばらく、「よっ」と棒を引き抜くと――。
「――キ、キイィィィィィッ」
「これが
「か、可愛い……? まあ、愛嬌があると言えなくも、ない、か……?」
「どっかのアホが飼い始めたのはいいが、夜になると暴れるもんだから放しちまったのが町に入った原因らしいぜ。……全く、ぶくぶく肥えやがって」
「陽の光を浴びたらパニックになるらしくてね、昼間は安全に駆除できるんだよ。念の為、グローブは必要だけどね」
『……俺の方が可愛い!』
(……そうだな。お前の方が可愛いな)
『そうだ! 俺の方がずっとキュートだ!』
超特大の芋虫。黒い大きな目が、確かに可愛いと言えなくもない、かもしれない。模様も特段毒々しいというわけでもなく――しかし、狂ったように暴れ、歯をカチカチ鳴らし威嚇するさまは可愛くは見えない。ぼたぼたと口から垂らしているのは溶解液だろうか。
棒で挟んだ
自前のグローブを身に付け、男性から駆除棒と筒籠を借り受ける。
セレは魔草畑を睥睨した。スン、と鼻を鳴らす――
「――なあ店主さん。いくつか確認させてほしい」
「お、何だ?」
「この畑は魔力を使った駆除ができないんだな?」
「ああ、そうだ。魔草は繊細だからな、周りを囲う柵とかならともかく、違う魔力を近付けすぎるのはよくねえ。だから魔術以外にも植物を覆って守るタイプの魔導具も使えねえんだ」
「じゃあ、揺らすのはどうだ? 魔草そのものじゃなくて、畑全体に衝撃を与えるのは大丈夫か?」
「揺らす……? ……魔草が敏感なのは魔力だからな、それ以外は普通の草だし、たぶん大丈夫だと思うが……」
「んー…………わかった。一つ試したいことがあるから、全員少し畑から離れてほしい」
「え? お、おう……」
『何すんだ?』
(上手くいけば、
女子供を含め、全員が離れたのを確認する。セレが何をしようとしているのか皆目見当が付かず、皆不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
畑の中心に目星を付け、拳を鳴らす――<
《――<
ズシンッ――! “地中”を揺らす一撃。細かく短い振動が足裏に伝い、離れていた農園の人々が慌てた様子で足をバタつかせるのを目端に捉えた。
その衝撃は大気にも及び、肌がびりびりとその強張りを拾う――さて、狙い通りになるだろうか。
――ボコッ、ボコボコッ。
「「「「「――キイィィィィィィッ!」」」」」
果たして、畑という小規模に絞った一撃はしかとその効果を発揮したようだ。地面からボコボコと
衝撃からの陽光を受けて
脇に置いた筒籠を持ち、セレは手早く回収を始める。棒などいらない、今ならグローブで十分だ。
『うおぉぉぉっすげえ! 大漁だぜ!』
「――――とっ、取れ! 回収だ! 急げ! 全部駆除だぁぁぁぁっ!!」
「「「「「ウオォォォォッ!!」」」」」
呆然としていた従業員達が再起動したようだ。店主の号令に呼応する雄叫び――畑はにわかに喧騒に包まれ、それは太陽が真上に登るまで続いたのだった。
を食らう。ただ、“食らう”のではなく“啜る”のがさらにたちが悪い。根を溶かし、ドロドロにした先から養分をちゅうちゅうと吸い取るのだ。
根から茎、葉の中まですっからかんにしたらそれで終いである。後に残るのは抜け殻になった魔草――そして、
「溶解液でやられちまった土はもう使いもんにならねえ……! 最初から最後までろくな事をしねえ、それが
「あいつらは悪魔だ……可愛い顔して俺達を嘲笑ってるんだ……!」
「……それはそれは」
『とんでもねえ魔物もいたもんだな……』
依頼主である園芸店“ウィルマン農園”を訪れていた。デアナは城壁に囲まれた町だが、なかなかの広さの農地を保有する店のようである。
「俺達が主に作ってるのは魔草だからな。質のいいもんを作るためには虫退治の薬や魔導具は使えねえし、駆除に魔術を使うわけにも行かねえ。かといって鼻の利く
「でもあいつら、減らしても減らしても次々湧いてくるんだ。毎日駆除業者を呼ぶわけにもいかないし……ここ数か月ほど、やけに数が増えたらしくてね。今までうちは被害がなかったんだけど、ついに来ちゃったんだよ」
人不足すぎて急遽依頼を出したらしい。焼け石に水かもしれないが、従業員全員で駆除に専念し鎮静化を図るとのことだった。営業に支障をきたすのならそれも仕方のないことだろう。
ちなみに【
「しかも奴らは戻ってくる。魔物だけに多少頭が回るもんで、いい餌場はあっという間に奴らの間で広まっちまうんだ。畑を囲う柵なんて、結構金かけた魔導具なんだけどよ……どっかしらから入って来やがったんだ……」
「なるほど……」
「こうやって引きずり出すんだ…………この辺にいそうかな」
魔草の畝の近く、従業員の猫耳の男性がしゃがみこみ、トングのような棒状の道具を土に差し込んだ。ぐりぐりと動かしてしばらく、「よっ」と棒を引き抜くと――。
「――キ、キイィィィィィッ」
「これが
「か、可愛い……? まあ、愛嬌があると言えなくも、ない、か……?」
「どっかのアホが飼い始めたのはいいが、夜になると暴れるもんだから放しちまったのが町に入った原因らしいぜ。……全く、ぶくぶく肥えやがって」
「陽の光を浴びたらパニックになるらしくてね、昼間は安全に駆除できるんだよ。念の為、グローブは必要だけどね」
『……俺の方が可愛い!』
(……そうだな。お前の方が可愛いな)
『そうだ! 俺の方がずっとキュートだ!』
超特大の芋虫。黒い大きな目が、確かに可愛いと言えなくもない、かもしれない。模様も特段毒々しいというわけでもなく――しかし、狂ったように暴れ、歯をカチカチ鳴らし威嚇するさまは可愛くは見えない。ぼたぼたと口から垂らしているのは溶解液だろうか。
棒で挟んだ
自前のグローブを身に付け、男性から駆除棒と筒籠を借り受ける。
セレは魔草畑を睥睨した。スン、と鼻を鳴らす――
「――なあ店主さん。いくつか確認させてほしい」
「お、何だ?」
「この畑は魔力を使った駆除ができないんだな?」
「ああ、そうだ。魔草は繊細だからな、周りを囲う柵とかならともかく、違う魔力を近付けすぎるのはよくねえ。だから魔術以外にも植物を覆って守るタイプの魔導具も使えねえんだ」
「じゃあ、揺らすのはどうだ? 魔草そのものじゃなくて、畑全体に衝撃を与えるのは大丈夫か?」
「揺らす……? ……魔草が敏感なのは魔力だからな、それ以外は普通の草だし、たぶん大丈夫だと思うが……」
「んー…………わかった。一つ試したいことがあるから、全員少し畑から離れてほしい」
「え? お、おう……」
『何すんだ?』
(上手くいけば、
女子供を含め、全員が離れたのを確認する。セレが何をしようとしているのか皆目見当が付かず、皆不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
畑の中心に目星を付け、拳を鳴らす――<
《――<
ズシンッ――――!
“地中”を揺らす一撃――細かく短い振動が足裏に伝い、離れていた農園の人々が慌てた様子で足をバタつかせるのを目端に捉えた。
その衝撃は大気にも及び、肌がびりびりとその強張りを拾う――さて、狙い通りになるだろうか。
――ボコッ、ボコボコッ。
「「「「「――キイィィィィィィッ!」」」」」
果たして、畑という小規模に絞った一撃はしかとその効果を発揮したようだ。地面からボコボコと
衝撃からの陽光を受けて
脇に置いた筒籠を持ち、セレは手早く回収を始める。棒などいらない、今ならグローブで十分だ。
『うおぉぉぉっすげえ! 大漁だぜ!』
「――――とっ、取れ! 回収だ! 急げ! 全部駆除だぁぁぁぁっ!!」
「「「「「ウオォォォォッ!!」」」」」
呆然としていた従業員達が再起動したようだ。店主の号令に呼応する雄叫び――畑はにわかに喧騒に包まれ、それは太陽が真上に登るまで続いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます