8. ボレイアス大陸最北の町 デアナ
(……通れたな)
『……ああ』
(……魔法、バレなかったな)
『……ああ』
(……大丈夫か?)
『……ああ』
(…………話聞いてないな?)
『……ああ』
しばらく放置しよう――感動にうち震えるエナはさておき、目前に広がる光景に暫し立ち尽くす。
ボレイアス大陸最北の町、デアナ。
この辺りで一番大きな町だとはエナからも聞いていた。ボレイアス大森林に一番近く、森の資源目当ての人々がたくさんいるのだと。魔物などを防ぐためか城壁は高く立派なもので、外からは何も見えなかったが――。
『うおぉぉぉぉついに入ってやったぜえぇぇぇ!!』
「後頭部がうるさい! エナ、お前落ち着け!」
肩からフード、剣の柄頭へとびょんびょん騒がしい。狂喜乱舞するエナを宥めつつ、改めて周囲を見渡した。
セレ達が通った北門はボレイアス大森林に近く、砦の役割も兼ねているようだった。出入りするのも大森林や周囲の平原が目当ての人々のみ――門の職員曰く
町に入った人々を出迎えるように広がる大通りには
町に入る前、門を通る人々をまじまじと観察するのは控えたが、さすがにもう許してほしい。
セレと同じ“人間”も確かにいる。しかし、ざっと半分以上は違った。
――屋台の前、犬のような耳と尾を付けた男。その隣には猫らしき尾の男。
その男達と話す、鼠のように丸い耳と尾を付けた背の低い女。大通りには、他にも違う獣の耳と尾を生やした人々がたくさんいた。
――セレの背の倍はあろうかという大きさの、角を生やした巨漢がのしのしと歩いている。
その巨漢の右肩に乗る石ころ――のような、巨漢とお喋りしている人形(?)達。似たような人形集団が、人の目線程の高度でふよふよ道を飛んでいるのもちらほら見える。
さらに左肩に乗る小さな人――背中に羽が生えているが、あれは“精霊”や“妖精”とは言わないのか?
――盛況そうな飲食店、テラス席を忙しそうに駆け回る女性の耳は長い。
同じく給仕をする女性の背には翼、さらにもう一人は目立った特徴はないものの、耳がつんと尖っていて人間ではなさそうだ。
――武具屋の店内、背の低い店員と話している男の頭には立派な角、その隣の客の下顎からは立派な牙が生えていた。
『はぁ……はぁ……セレ、大丈夫か……?』
(それはこっちの台詞だ……正気に戻ったか?)
『ふー…………ああ、大丈夫だ。ちょっと興奮しすぎたぜ……』
(ちょっと……?)
<
情報量が多い――セレの知る“町”とあまりにも情景が違いすぎて、エナではないが混乱しそうだ。
『へへ、やっぱ村とは人も物も数が段違いだぜ! なあ、これからどうする?』
(どう、か……。お前はやりたい事はないのか?)
『正直今は満たされすぎて何も思い浮かばねえわ。体を抑えるので精一杯だわ』
(ソッカァ……)
とはいえ、セレも特に考えていない。目下の目的は情報収集とこちらでの生活手段を確保することだったが、金に関しては先程の買取分でしばらく持ちそうだ。
(そうだなぁ……まあ、適当にブラつきながら考えてもいいだろ)
『そうなのか?』
(ああ。金の目処は付いた。急かされることもないし、店を覗きながら進もう)
『おお! 俺、人の作ったもん食うの初めてだ!』
(食いながら暴れんなよ……? あ、宿探すのだけは忘れないようにしないとな)
セレは今無職だ。“七黒星の
思えば、
果たすべき責務もない、最近の悩みであった
元より楽観的な性分なのだ。小難しく考えるのも苦手であるし、今は目の前のことだけを考えていればいい。
(ま、なるようになるさ。……あ、あれ美味そうだな、何の肉だろ)
『屋台飯ってやつだな! 見たことあるぜ!』
(食べてみるか。肉は久々だな)
『俺なんて食ったことねえぜ!』
(……精霊って草食……いや、だとしたら肉食べて大丈夫なのか……?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
精霊は雑食だった。また一つ、この世界の雑学が増えてしまった。
『こっちの門には入口が二つあるんだな』
(荷馬車も通るからだろう。一般の通行人と分けないと検問も大変だろうしな……というか、馬以外にもいるな。あれは従魔か)
店先を覗き、屋台飯を摘まみつつ道なりに進んでいると、東門通りという大通りに出た。
東門と西門は広場を挟んでほぼ一直線で繋がっているらしく、交易路になっているためか、北門通りよりも華やかな雰囲気の店が多かった。
(にしても……やっぱり
『ああ、セレが巨獣狩りってやつだからか?』
(いや…………ほら、皆いちいち入門税払ってないだろ。あれがたぶん“
『あ、本当だ。皆腕とか服とか見せてそのまま通ってんな』
門兵の話だと、特定の
税自体はそれほど掛からなかったが、今後を考えると
(どれだけこっちで過ごすかわからん以上、どっちにしろ仕事は欲しいしな――確か北門を進んで右だったか……案内板を見る限り、西門通りから北門通りに向かって進めば着くな)
『
(みたいだな。よし、行ってみるか)
なお、寄り道をしすぎて、ギルドにたどり着く頃には昼をとうに過ぎていたのは余談である。
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