6. 堕欲者

『なあ、セレがさっき言ってたキョジュウ狩りとかシチコクセイ? のグリードってのは、セレの職業なのか?』

「んー、まあ、そうだな」

『それってどんな仕事なんだ?』


 話しつつ、トン、と地面を蹴る。

 充満する血臭を離れ移動する最中、フードの中に入ったエナが話しかけてきた。結構な速度で移動しているのでフードに潜っていたようだが、しばらくすると慣れてきたらしい。


「どんな……か。さっきの怪魔に似た巨獣ってのを狩るのが仕事だな。人を襲う奴を狩ったり、人の町を襲ったりしないように間引いたりする。それが巨獣狩りだ」

『セレの世界にもいるんだな! だから慣れてる感じだったのか』

「そうだな。あの四つ足程度の大きさなら、下から二番目くらいだからよく見る」

『エッ…………セレの世界に行ったら俺、一瞬で死にそう……』


 『下から二番目……』と震えつつ、エナがフードごと自分の体を抱きしめる。

 精霊に抜け毛はあるんだろうか――セレは少しフードの内側が心配になった。


『じゃあよ、シチコクセイのグリードってのは?』

「うーん……そもそも巨獣狩りになるために、まずは堕欲者グリードってのにならなきゃだめなんだ。堕欲者グリードになって初めて、巨獣狩りとか賞金狩りとか、他にもいろいろと可能性が開かれる職業がある」

『グリードってのにならないと無理なのか?』

「無理ではないだろうが、その道でまともに食っていくのは相当厳しいだろうな、荒事の絡む仕事は特に。堕欲者グリード堕欲者グリードじゃない奴が並んでいて、そうじゃない方がわざわざ選ばれることがまずない」

『へえ……手厳しいんだな』

「そうだな。堕欲者グリードになって、私の場合は巨獣狩りになって、そこからだ。巨獣狩りとしての評価は私の堕欲者グリードとしての評価になる。その評価が堕欲者グリードのランクとして、星の数で付けられる。七黒星っていうのは私の堕欲者グリードとしてのランクだ」


 首にかかるチェーンを手繰り、その先に付いたものをエナの方に投げてやる。

 チャリチャリとチェーンの擦れる音と、『何だこれ、かっこいいな!』と弾んだ声を背にしつつ、巨大な木の根をトン、と飛び越えた。


『黒いのにキラキラしてるぜ!』

「そのタグが堕欲者グリードの認可証だ。黒地に星が七つ、それが七黒星を表す」


 『綺麗だな!』とエナが騒ぐのもわからなくもない。七黒星の認可証――黒金の彫金細工は確かにそれ自体にも相当の価値がある。もっとも、セレにとってはただの身分証でしかないのだが。

 堕欲者グリードの認可証には、ランク以外にも個人識別のためのコードも記されている。公的に通じる身分証としても用いられ、堕欲者グリードが殉職した時、亡骸を回収できない場合の代わりとしても機能する。このタグさえあれば大抵何とかなるので、堕欲者グリードとして最初に教えられることの一つに“認可証を紛失しないこと”というものがあるくらいだ。


『七黒星ってランクでいうとどれくらいなんだ?』

「一番上だな。一ツ星から五ツ星へ数が増えていって、その上に六白星、六黒星、七白星、七黒星だ」

『へぇー……って、セレって一番上なのか!? 只者じゃねえとは思ってたけどよ。あ、これ返すぜ』

「捻れてんのをまず戻せ。首が締まってる」

『おわっすまねえ! ひっくり返しすぎた!』


 短い付き合いでわかったこと。エナは馬鹿ではない。だがとても単細胞――否、一途で気風のいい精霊である。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ふと、視界の端に動くものを捉えた。

 少し遠く、小さな気配をいくつか感じる。こちらを観察しているようだ。


「小さいのがちらほら増えてきたな」

『魔物か魔獣だな。セレが気になるんだろ、見たことねえ強そうな奴だってな』

「魔物……魔獣? 怪魔以外に種類があるのか?」

『ああ。怪魔を一段弱くしたのが魔獣で、一番下が魔物だ。ちなみに怪魔より上、一番強いって言われてんのが神魔って言うらしい。俺は見たことねえけどよ』

「結構種類があるんだな」

『魔物には人と共生してるのもいるんだぜ。従魔って言うんだ』

「ふぅん……魔物、魔獣、怪魔に神魔。全部“魔”が付くんだな」


 巨獣と似たような分類なのだろうか。残念ながら人と共生する獣種さいじゃくなど聞いたことはないが。こちらの生物は知能が高いのかもしれない。


『魔力がある生物って意味だぜ。正確に言うと、どんな生物でも微量の魔力は持ってるんだけどな』

「どんな生物も……植物もか?」

『ああ。何なら空気にだって魔素……魔法や魔術の源になる物質もあるんだぜ』

「空気に……? 確かに、何か含むものがあるのは感じるが……魔力とはどう違うんだ?」

『んー……魔力ってのはそもそも魔素を従える力なんだが、魔力は分解されると魔素になるんだ。だから元の性質は似たもんなんだと思うぜ』


 ――混ぜ物のような空気の違和感は“魔素”だったのか。

 『この森は魔素が濃いんだ』とエナは続けた。質量のある空気という感覚はあながち間違いではなかったらしい。


 ぷち、と目の前の植物を手折る。魔物よりは小さいが、確かに魔素に似た何かを感じる。精霊は魔力が高いと言っていたが、エナから感じるそれは確かに大きい。

 初めは霧のように曖昧だったが、意識をしてみれば、その輪郭をはっきり捉えることができた――なるほど、これが“魔力”か。


「で、なんでこの草を摘もうなんていきなり言い出したんだ?」

『ぐっふっふっふ……よくぞ聞いてくれた』

「何だよその笑い方……」

『見よ! 俺のパーフェクトプラン!』

「おい、今どっから出した」


 手のひらサイズのくせに態度がでかい。バサァッとどこからともなく取り出した葉っぱ――本精霊の三倍はありそうなそれをセレに掲げる。


「……“魔力のある植物は人気。場所を教えてアピール”。何だこの……メモ?」

『ずっと旅の連れを探してたって言っただろ? 旅の妄そ――シミュレーションは完璧ってわけよ』

「エナ……お前……」

『そんな哀れんだ目で見るな! と、とにかくだ。俺の調べだと、この草……というか、魔力のある植物は人に人気なんだ』

「人気?」

『森に入ってくる奴らは大概こんな感じの魔力のある草を摘んでいくんだ。んで、それを売るんだぜ』


 突然草を摘もうなどと言い出した時は何かと思ったが、理由がちゃんとあったらしい。セレはこちらの通貨を当然ながら持っていないので、換金性のある物はありがたい。

 細かい文字でびっしりと埋められたメモからは、エナのこれまでの努力を感じられる。自身を売り込むための下調べからその後の展望まで、いろいろ妄想――シミュレーションをしていたようだ。


『この辺はまだ森の深めの場所だからな、きっといい値がつくはずだ!』

「お前さ、そういう知識はどこで覚えたんだ? 町には行けなかったんだろ?」

『ああ、町には行けなかったぜ。でかい町なんかは特に、俺が精霊だって勘付く奴がいるかもしれないからな。だから小さめの村で、魔法で姿を隠してこっそり観察を――』

「…………」

『だからそんな目で見るなって!』

「村ではバレないのに、こそこそする必要はあるのか?」

『精霊とはバレなくても、魔物だって勘違いされるんだよ。こんなキュートな見た目だからな、そこらじゃ見ないってのもあって、女子供や金目当ての連中に追われるわ追われるわ……』

「…………」

『ダアァァッ! とにかくこの先に町がある! まだまだ掛かるし急ごうぜ!』

「へいへい」


 目標への第一歩を踏み出したからだろう、エナの士気は見るまでもなく高い。

 しゅるりとメモをどこかに仕舞うと、興奮を隠さず高らかに声を上げる。


『初めて正面から人の町に入るんだ……へへっ楽しみだぜ!』


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