0017 無課金で世界を引いた春


 莉菜はず~っとにこにこして十桜をみてくる。


 十桜がそっちに顔を向ける。

 莉菜はふっと顔をそらして前を向く。


 だるまさんが転んだを三回したとき、


 十桜は莉菜にアイアンクローをカマした。

 おでこを万力のように掴むあれだ。


「あいたたたたた……しぇんぱいぃ……」


 それから何回か冒険者とすれ違う。

 心無い声にもめげず、

 十桜はすこしの目眩と引き換えに、ランダムで現れる隠し扉を見つけた。


 なんでもないダンジョン通路の壁。

 青白い眼には視えてはいるソコに触れると、まるで初めからそこにあったかのように扉が現れた。

 なんの演出もない、そっけない登場だった。

 飾り気はあっても豪華さはない金属製の扉。


 開くと、

 そこは、宝石を散りばめた星空のような世界だった。


 一見、屋外のように見えるが、四方にしっかりと壁があり、星に見えていたのは、【エメラルドゴケ】と【ゴールデンゴケ】の放つ光りだった。


 部屋の広さは学校の体育館ほどだろうか。

 高さもかなりあって、床は植物が石畳を割って這いあがってきている。

 ちいさな草原には目を潤おす花々も咲いていた。

 いたるところにホタルのような魔法生物たちもおどっている。


「……すごい……きれい……すごい……!」


 莉菜はため息とともにつぶやいた。


「……ああ……すげえ……すげえなあ……! 世界だなあ……!」


 十桜も興奮している。


「世界ですねぇ……!」

「これ、クリアーなんじゃねーか……?」

「そうですねぇ……先輩、引き出しちゃいましたねぇ……!」

「ああ、引いたなぁ……! 世界引いたなぁ……」

「世界引いちゃいましたねぇ……」


 ふたりは圧倒されていた。

 わけのわからないワードで通じあっていた。


『ああ、そっすねぇ~世界っすね~わからんけどぉ。あっしはわかりやすよ~わからんけど』






 0017 無課金で世界を引いた春







 このひろい空間の中心には、七メートルほどはある樹木が鎮座していた。

 そこにアイテム反応はあった。

 それは、木の枝にさりげなくひっかけられていて、上着のようだった。



【星降りのジャケット:春】 

 女性専用装備(男性も着用することはできます)


 防御力 :25

 魔法防御:37

 素早さ :10

 回避率 : 5%

 魔力  :11

 精神力 :10

 息吹  :15

 運   :19


『特殊』

・HP+30

・MP+21

・AP+22

・素早さの半分の数値(端数切捨て)が攻撃力に加算される。

 魔法・スキル・アイテムによる上昇値も有効。 



 白い春もののコートのようなそれは、一見してなんでもない装備にみえる。

 だが、その特殊能力の内容は、紛れもなくレア・アイテムのそれだった


「ほい」十桜は手にとったそのジャケットの前を広げて莉菜に向けた。

「いいんですか?」莉菜は目を輝かせた。

「いや、売却してもいいんだが、すげえ金になるぞ?」


 十桜ははんぶん本気だった。

 売れば、漫画を無限に買える(多分)。


「いやです! これ、あたしンです!」


 莉菜は声を張ると、

 着ている上着を脱ぎ、十桜が持つジャケットの袖に腕を通した。

 それから襟を整え、モデルがするようにゆっくりとまわった。


「どうですか?」彼女は、はにかむようにいった。

「ん~、まあ、スピードが攻撃力に、ってのはいいよな、けど、エンチャンターだからなぁ……」十桜はこんなもんだった。

「もうっ! 先輩! ほかにはなんかないんですかァ!?」莉菜は、またほっぺをふくらませた。怒っているはずなのに、まったく怖くはなかったが。

「え? ああ、やっぱ、指輪はきみがはめたほうがいいか」

「指輪?」


 十桜はポケットからソレを出すと、彼女の手をとって人指し指に通した。


「あっ……」莉菜は頬を赤く染めて声をもらした。


 それは、さきほど魔犬がドロップした【オオカミの指輪】だった。

 装備すると素早さが『+2』されるのだ。


 莉菜は指をひろげてそれをながめて、「あの~、これ、戦うとき壊しちゃいそうですよね……」とつぶやいた。

 拳で殴りにくいということだろう。


「ああ、そっかぁ」

「……あぁ~、でも……戦うまでは、つけておこうかな……!」


(え? それ意味なくない……?)


 莉菜は、指輪を見つめているかと思えば、急に明るい声になった。


 彼女の機嫌がよくなったところで、そこでお昼をいただくことにした。

 今日は、おにぎりにおかずとデザートまでついていた。おにぎりは焼肉おにぎりだった。


 十桜は肉肉しいおにぎりにかじりついて、「うまあ~~!!」といった。

 肉の旨味とほどよい脂身。

 タレがそれを包み込み、米の飯と結びつかせていた。


 おかずはブロッコリー、ニンジン、アスパラを塩ゆでにしたやつ。

 あとゆで卵。

 デザートはうさちゃんりんごだ。

 もちろん弁当は二人分あり、全部そらがこしらえてくれたものだ。

 母がやればりんごは鬼の形になる。


 莉菜は「あたしの分まで申し訳ないです……」

 とかしこまっていた。

 十桜は「じゃあ、今日の稼ぎから、弁当の材料費をそらに預けようか」

 と提案した。


「じゃあ、換金したら先輩にお渡ししますね」

「俺? 疑わないの?」

「どうしてですか?」

「うちの母ちゃん、俺を疑うことしかしらねーぞ!」 

「あははは、それは愛情表現ですよ~」

「そうかな~……?」 

「そうですよぉ!」


 ふたりは絶景のなかで食事を終えると、そのまま一服した。

 十桜は水を飲んで息をはくと、目にはいった自分の靴を眺めた。


「おじさまのプレゼント、ステキですね」


 莉菜がつぶやいた。

 それは父が今朝くれた冒険者装備の革靴だった。

 玄関に、短い手紙とともに置いてあったのだ。

 軽くて丈夫そうで、ダークブラウンの色が渋くて格好良かった。

 とても気にいっている。

 莉菜は、水筒に口をつけて息をはくと、十桜に向き直り、頭をさげてきた。


「今朝は、叔母がすみませんでした」


 今朝、食事中に呼び鈴が鳴ったかと思えば、その来客は莉菜の母親の妹だった。

 静岡で母一人子一人で育った莉菜は、十六歳で母を亡くすと東京の叔母に引き取られて暮らした。

 つまり、莉菜の保護者が三日月家にたずねてきたのだ。


「でも、いいじゃん。自分の気持ち、言えたんだろ?」

「……はい……でも、先輩がフォローしてくれたから……」

『ああ~やっと今朝の話がまとめられそうでやんすねぇ、旦那ァ!』


 助手が十桜にしか聞こえない声でしゃべったときだった。

 隠し部屋であるこの絶景の空間がゆがんだのだ。


「わッ、先輩ッ……!!」

「なんだこれ……!?」


 それは莉菜にも見えていた。十桜の目眩ではなく……


 目の前が歪みまくり、

 真っ白になったかと思えば、

 隠し扉の前に戻っていた。

 いや、扉はすでに消えていて、しかし、座標は同じ場所だったのだ。


「ランダムの隠し部屋だからさ、時間限定で消えて、またどっかにいっちゃったんだな」

「そうだったんですか……きれいでしたねぇ……」

「ああ、すごかったな」

「他の隠し部屋もこんなすごい感じなんですかね?」

「いや、規模はいろいろらしい。レア中のレアな部屋の内装情報は秘匿レベルが高くてさ、俺は知らないんだけど、多くは普通の部屋みたいだね」

「そうなんですか……じゃあ、いまのはレア中のレアなんですね」

「そうだね。ラッキーだったんだな」

「また来れるかなぁ?」

「いい子にしてたらまた来れるだろ」

「えへへ、サンタさんみたい」

「サンタかぁ……隠し部屋ってのはさ、その冒険者がホントに必要にしているときに出逢うっていうよ」

「へ~、愛と夢があるお部屋ですねぇ!」

「まあ、ここの部屋は俺のスキルでみつけたんだけどな。……ズルしたんだよ」

「それも出逢いですよ! あんなステキな景色のなかでお弁当いただけたんですから」

「……そうか……そうかもな……レア・アイテムだけが価値じゃないんだな……」

「うふふ、このジャケットもステキですけどね……あ、次も隠し部屋にいくんですか?」

「ああ、とにかく獲りまくって……」


 十桜はそれ以上を言うのをやめた。

 さっきの、お宝を見つけて喜んでいたパーティー、剣士の姿がむねに浮かんだのだ。

 

「……いや、やっぱりやめよう。視えてるんだけど、一週間に一度くらいかな。隠し部屋は」

「どうしてですか?」

「まじめに冒険者してるひとたちがさ、憧れる隠し部屋のお宝をさ、獲りまくっちゃったらバチがあたるだろ? でもさぁ、バチがあたらなくてもさ、なんか、それは、悪いことなんだよ、きっと。だから、隠し部屋はさ、週に一度のお楽しみってことにしようかあって……」

「うふふ……」

「なんだい?」

「なんでもないです!」

「そうですか……バカにした?」

「してないですよぉ!」


『はいはい、青春青春。あ~あ、薄闇に咲いてらあ~、きれいな花がよぉ~……』


 助手は、カップ麺をすすっていた。

 塩味だった。


 そんなボーイミーツガールの前に、ちょっとした再会があった。


「ああッ! ま~た会ったね~! 元気だった~!?」


 タレ目の剣士とそのパーティーにバッタリ会ったのだ。

 

「どうも」

「いやあ、あいかわらずカッコイイっすねセンパイ!」


 彼のタレ目は相変わらずニヤニヤしていた。

 十桜は地蔵にでもなったつもりで嵐が過ぎさるのを待った。


 だったのだが、


「そうです! 先輩はかっこいいです!」


 同じパーティーのメンバーであり、高校の後輩、日向莉菜ちゃんが嵐の中に飛び込んできたのだ。


「え……? あ、なたは……」


 タレ目剣士は、莉菜の登場で急にしどろもどろになった。


「先輩のパーティーメンバーです! 先輩はかっこいいので、これで失礼します!」


 そういう莉菜は、フードをしていなかった。

 レア・アイテムのジャケットには、フードが付いていない。


「いやあ、え~ッ! スゲッ、カワイッ、え~ッ!? ……つーか、なんで、こんな人のパーティーに……?」

「こんな人じゃありません。私の大事な人です!」

「えっ、え~……!? 付き合ってるの? カレシ!?」

「かれし? ……かれ、し? ……では、そろそろ私たちは……!」

「え? なにソレ……いや、ねえ、あの、《SakAba》交換しませんか? いや、しましょう! ぼくはシモジリ アレクサって言います! あ、日本人っす!」

「ちょっとおお!! アレクサァ!! マジ信じらんねッ!!」 

「ウゲエッ」


 莉菜をナンパしていた男は、女盗賊にナイフの柄で殴られていた。


「つーか、ソレ……白の……春モノ……!?」


 その物騒な彼女は、莉菜のジャケットを見て目を丸くしていた。


「ソレ、どこで買ったの!? 獲ったの? 《隠し》で!?」

「そうです。あたしの先輩に獲ってもらいました。では、私たちはこれで失礼します。ごきげんよう」


 莉菜は生徒会長みたいな口調でしゃべると、自身の腕を十桜の腕にグイッと絡ませてきた。

 そして、十桜はスタスタと歩く彼女に引っ張られていった。

 背中に騒がしい声を聞きながら。


「……ソレ、ミレーヌに売ってほしいんだけど……!!」

「あのッ、名前ッ! ……《SakAba》ID教えて――……!!」


 しかし、十桜の耳からすぐに雑音は消えていった。


(う、わッ……すげえ……!!)


 二の腕に、ぼよよんとしたものが押し当てられていたからだ。


「先輩、あたしたち、がんばりましょうね!」

「はい……がんばります」

『ヤレヤレでやんす……』






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