ダンジョンがある日常 ~通勤時間5分以内の労働条件掲げていたら家から30秒のところにダンジョンができてしまった~

上野乃桜木

0001 迷宮の探索者


 西暦二千年代、世界中に魔物の徘徊するダンジョンが次々と出現。


 その数は、二十年で五百以上におよび、

 魔物を狩る冒険者と、出社する会社員が共に通勤電車で揺られる世界になった。


 これは、ダンジョンがある日常を生きる人々の物語である――



 ――都内の地下ダンジョン。

 地下一階入り口付近。通称『溜まり』。


 三日月みかづき 十桜じゅうろうはフロアの壁にもたれかかっていた。


「アレだろ無課金プレイヤー」

「マジかよあいつ……!?」

「ホントにいんだな……」


 嘲笑の声がどこかしらから聞こえる。


 十桜は半キャップのヘルメットにねずみ色のスウェット上下という恰好。


(他人にプレッシャーを与えないドレスコード)


 くたびれたリュックサックを背負い、

 武器のスコップは杖代わりにしていて、

 とても剣と魔法の冒険者には見えない。


(人には見える)


 この溜まり場には、現在七、八組のパーティーがいる。

 彼らは、それぞれに雑談なり、交流なり、会議などをしていた。


(陰口も言ってた)


 皆、剣士、騎士、盗賊、僧侶、魔術士など、

 ひと目でその系統のクラスだとわかる装備に身をつつんでいる。

 なので、上下スウェットの十桜は激しく浮いていた。


「……アイツ、体調悪いんじゃないの……?」


 フロアの誰かがつぶやいた。

 そう、十桜は誰が見てもわかるくらいに体調が悪かった。

 バッドステータス『ダンジョン酔い』が発動していて、

 目の前は回り、ずっと吐き気がしている。

 壁づたいでなければまっすぐ歩くのは困難だった。


「ふぅ~……」

 

 大きく息を吐く。

 笑われるは、目は回るはで散々な状況だ。


 しかし、表情は澄んでいた。


 最低な体調で、周囲の視線にはイラッとする。

 なのに、頭はクリアーなのだ。


 透きとおっている。


 フロアに三つある通路のその先が透きとおって視えている。


 我が家の間取りを知っているかのような、

 永年住んでいる町内を頭に思い浮かべるかのような、

 そんな当たり前のことが初めて潜ったダンジョンで起きているのだ。


(……視える、視える、視える……!! すげえ、すげえ、すげえ……!!)


 その能力がはじまると、身体にある特徴が現れる。

 それは、もたれかかった壁に映っているもので確認できる。


(かっこいい……!)


 灰色の石壁は、かすかに青白い光を反射していた。

 両眼が薄っすらと光っているのだ。


(俺なのにカッコイイ……!)


 薄闇ひろがる魔物の巣窟で独り、不自由な身体を壁にあずけている。

 十桜にとって、このカッコイイスキルこそが、心のおおきな支えだった。


 視える部分はじわじわと徐々に伸びてゆく。


 隠し通路や、日により、時間によりランダムで現れる隠し扉の位置までわかる。

 隠し扉の向こうはレア・アイテムが眠る隠し部屋に繋がっている。


 もう、笑い声なんて気にならない。


 俯瞰映像に切り替えることもできるこのマップは、

 現実の映像情報にデジタル情報を合成した、拡張現実のように十桜の視界に浮かんでいた。


 冒険者や魔物の反応があれば、

 白くぼやけた丸が浮かびあがり、

 時間経過で輪郭が形成され、ワイヤーフレームでそれぞれの形になる。


 十桜はマップ情報が読み込まれるのをしばし待つことにした。

 マップが更新されるのを見ているだけでも楽しいからだ。


(ああ~すげえ~)


 ちょっとした娯楽を享受する十桜に、近づく存在があった。

 三人の冒険者だ。


「すみませ~ん、ちょっとお話いいですか?」


 三人のうちの一人、センター分けの髪型をした剣士の男がきいてきた。


(うわッ……どういう人たち……!?)


「はい……なんですか……?」


 十桜は顔をそっちに向けた。


「無課金プレイヤーさんですよね。

 ボクたち、ナリカセロードっていうパーティーで

 ITube(アイチューブ)チャンネルやってまして、

 動画配信者なんですけどご存知ですか?」

「いや、名前は知ってます……」

「ありがとうございます。

 うちも登録者数もうすぐ10万人行くんで、結構いい感じなんですよ」

「はあ……」

「それで、無課金プレイヤーさんがボクらのチャンネルに出ていただければ、

 10万人まで最速でいけると思うんですよ。

 なので、チャンネル出演お願いしたいんですが……」


 彼は冒険者系動画への出演依頼をしてきた。

 それはいいが、

『無課金プレイヤー』というアダ名を堂々と言ってることに十桜は驚いた。

 しかし、彼にふざけている雰囲気はない。

 どうやら彼は、『無課金プレイヤー』というアダ名を、

 ディスりの言葉とは捉えていないらしい。


(うわ~……)


 十桜はうわ~っと思ったが、とりあえず返事はする。


「いや、そういうのはやらないです……」


 そう言ったときには、すでにカメラを回していることに気がついた。

 緑の髪をした盗賊の男が、

 他二人より三歩下がったところでハンディカムを覗いている。


「時間はあまり取らせませんよ。

 出演料も出しますし、それでいい装備買えますよ?」


 センター分け剣士が軽い感じでそう言うと、

 隣にいる青髪の僧侶が「ハハハハッ」と笑った。


「ね、うちメッチャ金払い良いよね?」


 剣士が僧侶にいった。

 僧侶は笑いをこらえた様子で「うんうん」うなずいている。

 カメラマンの盗賊はニヤニヤしている。


 十桜がカメラのレンズを見つめていると、センター分けの彼が状況の説明をした。


「あ、お兄さんの許諾を取らない限りは、

 コレ流さないんで安心してください。うちは迷惑系とかじゃないんで」

「はあ……」

「お兄さんレベル1みたいですし、

 うちのチャンネル出て装備固めたほうがいいですよ?」


 センター分け剣士はマイペースに話しかけてくるが、

 十桜は彼らのノリがわからないし、

 全員自分をバカにしている感じがしてとても居心地が悪かった。

 なので出演は断るつもりだが、彼らが気持ちのいい人たちだったとしても、

 十桜の答えは変わらなかっただろう。


「俺はいいっす」


 十桜はボソッとつぶやくと、三つある通路の右側に進んだ。

 といっても、壁に手を突きながら、病人同然の動きしかできない。


「……お兄さん、大丈夫ですかぁ?」


 背中で剣士が話しかけてくるが、もう十桜は切り替えていて返事はしなかった。


(モンスターの前に人が来るのかよ……)


 今日の目標は、

 適当なモンスターに出会い、それなりの大怪我をすること。

 そして、生還。

 母親にその姿を見せて、

 ニートの息子は冒険者に向いていないと見せつけること。


 その前に、人間からダメージを貰ったのだが……


 通路にはいる。

 高さ、幅ともに四メートルほどのそこは、とたんに薄暗くなる。

 薄暗いといっても、【エメラルドゴケ】という苔の魔法生物みたいなやつが

 壁や天井に張りついていてうっすら光っているため、

 ダンジョン内は全くの暗闇というわけではない。


 それでも、ほとんどの冒険者は魔法やアイテムで明かりをつけて進む。

 そのほうが魔物と戦いやすいし、奇襲を受けにくいからだ。


 十桜は冒険者登録のときにもらった『安全松明』を使わずに持っていた。

 なのだが、通路と魔物の位置関係を把握できるので、

 それは使わずリュックの中だ。

 しかも、特殊なスキルと関係なく薄暗いはずの通路の見通しがよいのだ。

 これは『ダンジョン適応値』の高さによるものだった。


 数分歩くと、通路の後ろの方に冒険者の反応が見えた。

 数は六つ。

 さっきの『ナリカセロード』というパーティーのものだった。

 騎士と魔術士と、あと剣士がもう一人増えて六人になったらしい。

 

「はぁ~」とため息が漏れる。


 動画出演依頼をまだ諦めていないのか?

 構わず歩くと、彼らは【魔犬】六体とエンカウントして戦闘をはじめた。


(こんな浅いところで六体も……)


 モンスターは基本、ダンジョン入り口から遠く離れれば離れるほど

 そのレベルが上がり、また数も増える。

 彼らがいる地点は、入り口から300メートル程度の距離なので、初心者にはキツイ【魔犬】が六体はなかなかのレアケースだった。


(危ねー……)


 初心者である十桜は、絶対に相手にしたくないグループモンスターだ。

 しかし、彼らパーティーは全員がレベル10台の後半だった。

 当然、魔犬のグループを軽く蹴散らしていた。

 それらの情報も、十桜の青白い眼には視えている。


「よっしゃ~!」

「楽勝ォ~~!!」


 彼らの声が響いた。

 十桜はそれに構わずに進み続けている。

 しかし、その歩みはのろいので、すぐに十桜の周囲は明かりに照らされた。


「お兄さん、また会いましたね!」


 センター分け剣士が十桜の横に張りついた。


「どうしてソロでやってるんですか!? キツくないですか!?」

「いえ、大丈夫です」

「なんでスキルもないのにAP関係がバカ高なんですかぁ!?」

「……」


 剣士は、溜まりのときよりも興奮気味に話しかけてくる。


(どちて坊やかよ……)


 彼らは善良な冒険者だと思う。

 実際、付き合えば良いヤツラかもしれない。


 しかし、


 一人はナチュラルに見下し、 

 三人は舐めていて、

 二人は何も考えていない。


 それがパーティー六人のざっくりとした印象だった。

 あとは、


(あたま、なんもつけないのか……?)


 自分は、ヘルメットを着けている。

 結構重い。

 目眩の身には、想像以上にキツイ。

 それでも、ソロで頭を打ったら終わりなのだ。

 だから重くてもかぶる。

 しかし、彼は“溜まり”から離れても頭部装備をしていなかった。

 髪型が崩れるのがイヤなのか?

 地下一階のモンスターは楽勝だから必要ないのだろう。

 パーティーもいるし。

 

「ね、オレたちのチャンネルに出ましょうよ!」

「いやあ……ちょっと無理っすね……」

 

 十桜はのろのろと進みながら、答える。

 そんな色々とキツイ状況の十桜の視界に、異変が起きた。

 10メートル先の角を曲がったところで、モンスターの反応が生まれつつあった。

 それは、たった今、ダンジョンから産み落とされる途中の個体だ。

 それはいい。

 なにが異変なのかといえば、その魔物の種類だ。


「お兄さん、顔色悪いですよぉ。今日はもう……」


(戦斧(せんぷ)の男……!?)


 それは、地下二階に出現するモンスターの名称だ。

 なのだが、そのモンスターが、

 いままでに地下一階に現れたという話は聞いたことがない。


「……ポーション飲みます? オレ、おごりますよ! あ、ダンビタのほうが……」


(新宿や外国じゃああるみたいだけど、北斎の一階かよ……)


 それでも、

【戦斧の男】はレベル20に近いフルパーティーの敵ではないはずだ。

 彼らなら片付けてくれるだろう。


(いや……レベル表記が……なんだコレ……!?)


 青白い眼に映る、モンスターのステータス表示に違和感があった。

 魔物のレベルは23。

 しかし、その表示は、うっすらと砂が付いているようにざらついていた。


「みんな逃げたほうがいい! おかしなモンスターが来る……!!」 

「え? なんて……!?」


 十桜は注意を促すが、当然、剣士はなんのことわからない様子でいる。


 そのときには、ソイツがかぶる兜の一本角が見えていた。


 十桜は前を向いたまま壁伝いに一歩二歩と下がりながら、


「前ッ! 角のアレ!

 あいつは多分ヤバいやつだ……! 逃げたほうがいい……!」


 パーティーに声をかけ続けるなか、


【戦斧の男】は通路の角を曲がる。

 筋骨隆々な鎧戦士が、ゆっくりと姿を表した。


「ワッ! なんだアレ!?」

「なんで!? 二階のヤツだよなッ!?」


 ナリカセロードの面々がざわつく。

 しかし、


「カメラ回してるな!? すげーッ!!

 二階のモンス撮れるなんてオレたちが初めてじゃねーの!?」 


 録画機器は、なぜか地下二階以降はまったく動作しないらしい。

 なので、この異常事態に彼らの喜びようは半端ではなかった。


「ウオッお宝もすごいぞ!」

「コイツ自体がお宝だしなッ!」

「ナリカセ最強への道の第一歩な!」

「第一歩何回踏み出してるんだよ!」


 十桜が危険を伝えても、誰一人耳を貸さず、モンスターに対して戦闘態勢を取っている。

 魔法やスキルの言葉が飛び交っているのだ。


 最初に仕掛けたのは、フルプレートアーマーの騎士だった。


「うおおおオオオォォ――ッ!!」


 2.5メートルはある斧の戦士に、

 1.9メートル近い騎士が盾を構え突進。   


 衝突。


 騎士は気合を具現化したような光を放ち、

 パァーンと金属と筋肉がブチ当たる音が響く。

 この動作は、相手をよろつかせ、動きの隙を作るスキルだ。

 しかし、敵は攻撃を食らっても動きを止めずに、


 ――ギィンッ


「グアァッ――」


 騎士の叫び声が響いた。

 魔物の斧は、防御魔法とフルプレートアーマーを貫通して騎士にダメージを通したのだ。


「なんで!? コイツ、こんな……!?」

「……癒やしたまえ、上位のヒーリング!」

 

 すかさず、僧侶の回復魔法が唱えられ、

 剣士二人が真横と後方から攻撃をしかける。

 はずだったのだが、


 ――ギュルン


 魔物は一回転して冒険者たちを薙ぎ払ったのだ。


「ウアッ」

「グアァァ――ッ」


 盾構える騎士を含めた前衛の三人は一気に吹き飛ばされ、壁や床に激突。


 十桜は、通路を下がる足を止めた。


(俺だけでも逃げるんだよ……クソッ……なんで初っぱなでこんな……)


 こころの中で愚痴る。

 歯を噛みしめると、ふらつく体を一歩、二歩と魔物に近づけた。

 そのときには、魔術士の詠唱が終わっていた。

 

「……我が敵を燃やせ、フレイムスロウアー!!」


 杖から炎が勢いよく飛び出した。

 魔物は丸盾を構え攻撃を遮断。

 だが、火炎放射はその勢いと放射幅を増した。

 盗賊が、《魔法のオイル》を炎の中に投げ込んだからだ。

 炎は盾を炎上させ、丸太のような左腕を燃やした。

 だが、


(減りが少ない……!)


 青白い眼に映る、魔物のHPが想像以上に減っていない。

 そしてヤツは、左腕を燃やしたまま、魔術士に迫った。

 そのとき、

  

「こっちだァ――!! マヌケ野郎ォォ――!! 」


 僧侶の回復を受けた騎士が吠える。

 これは、自身に敵愾心(てきがいしん)を向けさせる騎士のスキルだ。

 しかし、ヤツはそちらに一瞥もくれず、魔術士に向かって燃え盛る盾を投げつけたのだ。


「ギャッ……」

「シゲ――ッ!」

 

 それから、魔物はカメラを回し続けている盗賊に顔を向けた。

 彼はナイフを複数投げて応戦。

 投擲は鎧と筋肉を通さず床に転がる。

 

「救援は呼んだッ! 逃げろトム――ッ!!」


 センター分けの剣士が盗賊に向かって叫んだ。

 この【戦斧の男】の動きは、のろそうに見えて早い。

 走っても追いつかれるかもしれない。

 しかし、盗賊一人なら逃げ切れるだろう。

 彼は《息吹のアンクレット》というレア装備で素早さを上げていた。

 盗賊は後ろを向いて走りだした。

 そのとき、

 青白い眼に魔物の情報が更新された。


(これは……)


 ヤツのスキル情報だった。


「避けろォ――!!」


 十桜は叫んだ。

 その瞬間、彼は転んでしまった。


 魔物が「オアァァッ――!!」と叫び声を上げたのだ。

 

 それは、まともに喰らった相手を硬直させるスキルだった。

 彼は床にうつ伏せになってピクリとも動かない。

 そこに騎士が駆け寄る。

 だが、


「ウガッ――」


 彼はまた吹き飛ばされてしまった。  

 戦斧の男のノールック斧が決まったのだ。

 次の瞬間、


 グサッ

 

 魔物の背中に、剣が刺さった。

 センター分け剣士の攻撃だった。

 光輝いた彼は、すぐさまバックステップでそこから離れた。

 その瞬間に吹き飛んでいた。

 魔物はすぐさま振り向き、「オアァァッ――!!」と叫びをあげたのだ。


 床に転がる剣士に魔物が近づく。


「クゥッ、痛ってェ……こんな……はずじゃ……」


 剣士は気絶してしまった。

 頭を打ったようだった。

 動きを止めた彼の体に影が落ちる。


 魔物の足音がカツーンと響くなか、


「……キュアー」僧侶が剣士の気絶状態を解いた。

「ううっ……アッ……!!」しかし、彼はまだ動くことができない。

 魔物の金縛りにかかったままだったのだ。

「……上位のサンダーボルトォ!」稲妻走る魔術師の攻撃も、魔物には効果が薄い。

「アヤトォ――!!」騎士は、床を這った状態で剣士にポーションを投げつける。

「…………」盗賊ともう一人の剣士は気絶している。

「……清廉たる我が神よ……」僧侶は、再び状態回復呪文の詠唱をはじめた。


 掲げられた斧は、恐怖の象徴のような形をしていた。

 血を吸うことを仕事にしている。

 そんな形だ。


「……アアアッ……ヤメ、ろ……!!」


 剣士は呻く。

 斧は振り下ろされる。


「ヤメろぉおおオオオオオオオオオ――――――」


 ――ガランッ


 だが、斧は床に転がった。

 丸太のような腕は、肩からブランと垂れ下がっている。


「あッ……あ……」


 まるで、幽霊を目撃してしまったかのように、僧侶は一点を見つめている。

 そのせいで、呪文詠唱は止まっていた。

   

 魔物の背中側、脇の腹にナイフが突き立てられていた。

 その柄を握っているのは、


『無課金プレイヤー』というアダ名でおなじみ、三日月十桜だった。


「レベル1じゃないのかァ……!?」


 立ち上がろうとしている騎士から言葉が漏れる。

 そのとき、魔物の顔がグンと回り、十桜を捉えた。


「オアァァァッッ――――!!」


 キャノン砲のような叫び声が発せられた。


 しかし、


「うるせッ……!!」


 十桜の体は、自身が構えた盾の後ろにあった。

 焼け焦げた臭いのするその盾は、床に転がっていたものだ。 

 これのおかげで体は動かせる。

 なので、ソレをヤツの顔面に投げつけ、


(視えた……)


 青白い眼に映る一点。

 赤いスポットに、ナイフを突き立てる。


 ――スッ


 そこは、鉄板のように硬いはずの腹筋。

 なのだが、豆腐のように簡単に刃が通った。


 横目に丸太レベルに太い腕が見える。

 その塊は、もうすぐ十桜に届きそうなところで止まっていた。


 ナイフを抜き取る。

 大男は直立したまま動かない。

 十桜はなんとなくお辞儀をしていた。


「な、なんでッアンタが……!?」


 センター分け剣士が呻く。

 彼は薄っすらと輝いていた。

 僧侶の呪文が決まったのだ


 十桜は肩で息をしながら、転がっている盾を動かぬ大男の足元に置いた。


「終わったのか……!?」


 上体を起こしながら剣士がつぶやく。


(終わったよ)


 青白い眼には『死亡』の表示が視えていた。


「なんだ!? もう動かないのかッ!?」

「ああ、もう死んでる……」


 騎士の質問に、宙に手をかざす魔術士が答える。


「あの、あなたはっ……どうして、こんな……なんでッ……!?」


 センター分け剣士は立ち上がろうとして、産まれたての子鹿のようになっていた。

 彼は話しかけてくるが、十桜はなにも言わなかった。


(あぁっ……ヤバイ……)


 体はグラグラとふらつき、立ってるのがやっとだ。

 人目がないのなら仰向けになっている。

 剣士が子鹿なら、十桜は午前様の酔っぱらいだろう。

 目の前がぐるぐるして、気持ち悪くて、話しをするのも面倒くさい。


(勝手に借りてすまない……)

 

 拝借していたナイフは、気絶したままの盗賊に返した。

 それと、足に着けていた《息吹のアンクレット》も彼の足に戻した。



 彼らの戦闘中、十桜はしゃがんでいた。

 そして、動くときには、誰かがアクションを起こすのと同時に動いた。


 魔術士が喰らった盾は燃えたままだった。

 火は、彼が耐火呪文を唱えることで自身のローブに付いた炎ごと消火した。

 十桜は、スウエットの袖を長くして焼きたての盾を拾った。

 それでも熱かったのでハンカチも足した。 

 

 ナイフは盗賊が魔物に投げつけたものを拾った。

 ついでに、彼の足に着いていた輪っかも拾った。

 フラフラだが、これで早く動ける。


 十桜は息を殺し、敵の視界に入らず、静かに行動した。

 そして、巨大な怪人を討つことができた。



「あっ、の……マジでッ、出演してもらえませんか……!?」


 剣士はずっと話しかけてくる。

 依頼もまだ諦めていなかったようだ。


「俺、これが終わったら辞めるんで……そういうのはできないです」


 十桜はあたまをさげると彼らの元から離れた。

 すぐに、ドサッと砂の塔が崩れるような音が聞こえた。

 それは、モンスターが絶命して時間が経つと起こる現象だった。


(……ありゃあ、怪我なんてしたら、そこで即終了だったなあ……)


 よれよれのまましばらく進む。

 彼らからだいぶ離れると立ち止まって息をふーとはいた。

 その場に座り込む。


(これはやばい……)

(ちょっと休もう……)


 グルングルングルングルンする。

 しかし、体調よりも気になることがある。


(……あぁ……宝石取るの忘れた……)


 モンスターが砂になると、その中に宝石やアイテムがドロップされるのだ。

 いま戦ったモンスターは地下一階レベルの強さではない。

 それゆえにかなりのお宝ゲットが期待される。

 なのだが、今更あそこに戻るのも恥ずかしいし、体調的にも無理ゲーだった。

 吐きそうだ。

 しかし,クソみたいな体調やお宝よりももっと気になることがある。


(……あの娘……なんなんだろう……)


 その雰囲気に違和感を感じる女冒険者がいた。


(……なにをしたいんだろう……)


 ダンジョンに潜るまえのことがあたまによぎる――

 






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